第四節:クイナ、ついにスライム戦(物理)

第50話 魔法の才能



「それで今は、冒険者の依頼と並行してその訓練もしているの?」

「そうなんですよ」


 宿屋・天使のゆりかご。

 その食堂で夕食を食べた後、俺はちょっとまったりしつつマリアとそんな話をしていた。


 隣のクイナは今日もモリモリお肉を平らげて、その後嫌いな野菜たちも苦い顔でちゃんと食べて、今は頬っぺた落ちそうになりながらご褒美プリンの真っ最中だ。


 とてもご機嫌なのはフワフワ尻尾がゆるゆると揺れているのと耳がピコピコしているの、そして何より緩み切った顔面から見て明白だ。

 彼女の前に座る店主兼コックのズイードは「これだけ美味しそうに食べてくれれば作った甲斐があるよねぇー」と子供を通り越してまるで孫でも見るかのような目になっている。


 おかしいな、ズイードは見た目の実年齢も俺と比べてそう上じゃない筈なのに。

 もしかしてコレが既婚者と未婚者の雰囲気の違い……なんだろうか。


「それで、どうなの? クイナちゃんは」


 そうマリアに問いかけられて、俺は思考を彼女に戻す。


 彼女は「何が」とは言わなかった。

 しかし何のことを言ってるかなんて、言わなくたってもちろん分かる。




 クイナに「魔法を教えてやる」と約束してから、今日で6日目になった。


 一日中魔力操作ばかりしていると飽きるので、魔法に関する基礎知識と半々で教えているんだが、思いの外熱心な生徒への欲目を除外してみても――。


「才能があるよ、クイナには」


 俺はそう断言できる。



 もちろん俺は、魔法のスペシャリストと呼ばれるには程遠い人間だ。

 特に戦闘中の剣との魔法併用時には細かな出力調整が出来ないくらいには才能が無い。


 持っている魔力が大きいからと言って、使いこなせなければ意味がない。

 そういう意味で、俺には最低限の魔法行使力と自分の中の膨大な魔力を制御する力こそ手に入れても、他人の魔力を感知したりするのは下手だ。


魔法自体の才は乏しい。



 クイナがスライムを爆散させた時に魔力漏れに気が付けたのはあくまでも、自分たちの身を脅かす脅威が迫る可能性がある場所に身を置いていたお陰だろう。

 

 「王子だったのにそんな武人みたいなことが出来るの?」と思われるかもしれないが、「護衛される側だっていつ刈られるか分からないという緊張感も持つべきだ」というのが、彼の信条だ。

 そもそも魔法よりも剣の方に才能があった俺の師は、魔法も合わせてレングラムが請け負っていた。

 彼もそう器用な方ではなくどちらかというと力押しな魔法の使い方をするから、多分この大雑把さは師匠譲りだ。


 その事自体には別に不満なんて無い。

 が、この才能を前にすると、やっぱりきちんと伸ばしてやりたいと思うのは必然だろう。


「コイツは好奇心が強いし、知る事にもどん欲だ。覚えも早い上に目的の為には努力だって惜しまないとなれば、成長速度が速いのも頷ける。そもそも使える魔力量自体が多いから、やる気さえ続けばいつまでも練習できるし」


 まぁその目的というのが食い意地を満たす為だっていうのが、なんともクイナらしいんだけど。

 そう言って笑えば、マリアに「あら親バカね」と言われてしまう。


「親バカって何ですか。大体俺は、クイナの本当の親って訳でもないですし」

「え? そうなの?」

「はい。この街に来る一週間前くらいにたまたま魔獣に襲われてるところを見つけて保護して。で、放り出すのも可哀想だから獣人が虐げられないここまで一緒にやってきたっていう」


 言ってしまえば成り行きだ。

 そう告げると、何故かマリアにものすごく驚いた顔をされた。


「確かにアルドくんって若そうだから『もしかしたら親子ではないのかも』とは思っていたけど、てっきり付き合いは長いんだと……」

「え? そう見えますか? あぁでもクイナはちょっと人懐っこすぎる所があるからなぁ」


 この警戒心の無さじゃぁそう思うかも。

 今までの彼女を思い起こして、俺は思わず苦笑する。


 が、どうやらマリアは別の考えを持ってるようだ。


「そう? 私には、アルドくんだから懐いてるように見えるけどなぁ」

「えー、どうなんだろう」

 

 俺だけ特別……みたいな実感は特にない。

 まぁ確かに俺には駄々を捏ねるけど、それは他の人に駄々を捏ねる機会が無いっていうだけだろうし。



 実際には、『懐かれている』と言われて悪い気はしない。

 王太子時代の俺には決してあり得ない評価だからちょっとくすぐったくはあるけれど、嬉しい事には変わりない。


 が、それと同じくらいクイナにはクイナの自由がある。

 それを尊重してやりたい。

 


 大方の準備が整いつつある今、もしかしたらクイナの裏事情をスムーズに聞いてもらえた今が、相談を持ちかけるにはちょうどいい時なのかもしれない。 


「あの、マリアさん。後でちょっと聞きたい事があるんですが……」


 ちょっとだけ声を潜めてそう言えば、マリアはキョトンとした顔になる。


 多分「別に今聞いてくれても良いのよ?」という事なんだろうが、出来ればクイナの居ないところで話がしたい……という気持ちは、まだプリンに夢中なクイナを俺が気にした事でどうやら伝わってくれたらしい。


 もう大分見慣れたエンジェルスマイルで「分かったわ。じゃぁ後で」と俺の願いを聞いてくれる。



 ここに泊まり始めてから、今日でちょうど一週間目。

 宿泊を延長する話だけは先にマリアにしていたが、まだお金は払ってない。

 後で持ってくる時に、ちょっと話をしてみようと思う。


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