第51話 スライム、美味しくクッキングー!
俺の目の前では今まさに、ある種の命の駆け引きが繰り広げられている。
こちらに背中を向けたままの、薬草類をモグモグ中の敵。
にじりと距離を詰めるクイナ。
敵の方はこちらを気にする必要も無いくらい強い――という訳では無く、単に気付いていないだけの最弱種だ。
しかしクイナは戦っていた。
自らの欲望と、内包魔力と。
が、多分それが良くなかった。
魔力に手こずるあまり足元が疎かになり、結果落ちていた細い木の枝をパキンッと踏んでしまう。
一体どこから聴力を確保しているのかは分からないが、この音でスライムがクイナの存在に気付いた。
ピヤッと驚き、逃げようと慌てて地面から大きくポヨヨンと跳ねる。
しかしクイナも負けてない。
逃げかけた獲物に、「ふのーっ!」という掛け声なのか何なのかよく分からないものを上げながら、逃げる背中に襲いすがる。
そして血相を変えた丸くて瑞々しくてプニュンとした緑色のソレを、腕の中にギュッと閉じ込めて――。
「スライム、取れたのぉー!」
きちんと原型を留めたまま捕まえられたそれを覗き込んだクイナがパッと、俺に向かって顔を上げる。
キラッキラの得意げな瞳と目がかち合った。
嬉しそうな表情に、教え子の急成長。
そんなもの、保護者としても先生としても嬉しくない筈がない。
頑張りが報われた成果に、俺も「おぉーっ!」と声を上げた。
魔力制御を教え始めて、まだ僅か8日目。
俺が3か月はかかったソレを、彼女はこの短期間で習得してみせた。
まだかなり気を張っていないとダメなようで、多分この状態も短時間じゃないと維持できない。
現に既にもうコントロールが揺らぎ始めているところだが、進歩が凄まじいのは確かである。
やはり彼女には魔法の才があるんだろう。
今まで何度もチャレンジしてきて、その度に爆散させたスライムの魔石を見回すへちょりとさせながら拾っていたクイナ。
お陰様でその度に魔石を冒険者ギルドに持ち込んで小金稼ぎをしていたが、それも今日で卒業か。
そう思えばちょっと……いや、かなり感慨深い。
「良くやったなぁ、クイナ」
記念すべき初勝利に、頭をナデナデしてやると、少し照れたように「えへへーっ」と言ってクイナがすり寄ってくる。
見下ろせば、腕の中に居るスライムが今もなお逃げようと懸命にもがいているのが見えた。
が、まさかやっと捕まえた獲物をクイナが逃がす筈はない。
大切そうに抱きしめられたスライムの脱走より、魔力制御の集中が切れて再び爆散の憂き目に合う可能性のほうが高い。
そう判断し、スリープの魔法でスライムの抵抗力をゼロにする。
と。
「これでスライム、食べられるの!」
ちょうどタイミング良く、クイナがそうニコッと笑った。
ここでスライム、ついに終了のお知らせである。
因みにあれから調べたんだが、スライムは食用に出来るらしい。
冒険者ギルドでお世話になっているあの受付のお姉さん・ミランに至っては、「あぁアレとっても美味しですよね」と軽い口調で言っていた。
スライムは、どうやら特に獣人たちが好んで食べるものらしく、お菓子感覚なんだとか。
外見的特徴が特に無いのでてっきり人族だと思ってたんだけど、実はミランは獣人とのハーフだったらしい。
家ではおやつに頻繁にスライムが登場していたらしくって、彼女自身も好きなんだって。
「種類によって味わいも違うので、色々な食べ方がありますよ? まぁ一部のスライムには毒がありますから、食べる時には気を付けないといけませんが」
そう言って笑った彼女に俺は「クイナに危ないものを食べさせるわけにはいかない」と、姿勢を正して詳しく聞いた。
すると、特に気を付けるべきなのはポイズンスライムとパラライスライムの二つらしい。
「ポイズンスライムは毒を内包しているので、きちんとそれを取り除く手順を踏まないと後で毒に当たります。パラライスライムも同様ですが、こちらについてはあのピリッと感が堪らないという事で、敢えて解毒はせずに大人の方々の酒のおつまみになる事もありますよ」
とはいえ、そもそもが最弱種なので毒性もそれほど強くない。
万が一解毒に失敗してもすぐに命に係わるような事は無いらしく、健康体な大人にとってはちょっと調子が悪くなる程度、子供やお年寄りなどが当たってもポーションで十分対処できるくらいとの事。
その答えにちょっとだけ安心しつつ、「ふむなるほど、パラライスライムか」と俺は密かに独り言ちる。
今度、一度くらいはチャレンジしてみないといけないな。
「この辺でいうと出会える可能性が高いのはブルースライム・グリーンスライム・ロックスライムの三つですが……ロックスライムはあんまり食用向きではありませんね、何せ固いですから。でもあとの二つなら、普通に美味しく頂けますよ」
「そうなんですね、安心しました」
とりあえず、クイナが狙っているグリーンスライムは大丈夫そうだ。
そう思いながらお礼を言えば、彼女は「いいえ」と微笑んで「また分からない事があれば何でも聞いてくださいね」と言ってくれた。
流石は人気の受付嬢、こんな質問にも丁寧に答えてくれる上に「またどうぞ」と言えるこの余裕。
受付嬢の鏡だよなぁ。
お言葉に甘えて、何かあったら今後も遠慮なく頼らせてもらう事にしよう。
という事で、その時に一緒に『ちゃんと俺でも作れる「甘くておいしいの」のお手軽調理法』は聞いてきた。
材料だって揃えて準備は万端、あとは実践あるのみだ。
「じゃぁ行くぞー。『スライム、美味しくクッキングー!』」
「のーっ!」
掛け声と共に片手をグーに握って空に向かって突き上げると、クイナが俺の後に続く。
片手持ちになるが、スライムはぐっすり夢の中で最早逃げる手段を持たない。
哀れ、スライム。
「まずスライムから核になる魔石部分を取り出します!」
「の!」
あらかじめ買っておいたまな板をマジックバックから取り出して、クイナに「ここに乗せろ」ジェスチャーで示す。
するとまるで餅つきの相棒かのようなスムーズさで、スライムをそこにポテンと置いた。
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