第52話 念願スライム
「魔石を中で先に砕くとスライム消滅しちゃうからな。砕かないように、こうやってナイフで――」
言いながらクルンッとナイフで核の部分をくり抜くと、特に何の抵抗も反発も無く核は綺麗に摘出できた。
後にはプルンっとしたボディーだけがまな板の上に残っていて、それを見たクイナが小さく「おぉーっ!」と声を上げる。
因みに核は、討伐部位として後でギルドに提出する。
これで実入りも少しは入る。
一石二鳥のおやつ時間だ。
「で、これを一口大にスライスしていく。クイナ、お皿出しといてー」
「分かったのー!」
クイナの口は俺よりずっと小さいので、彼女に合わせて2センチ四方に切っていく。
角切りにして小さな声で「『水よ』」と唱え、ちょうどクイナの顔の大きさと同じくらいの水球を一つふわりと浮かせた。
「おぉーっ! 水魔法なの!」
「クイナも魔力制御を覚えたからな、もうちょっと練習すればこのくらいは普通に出来るようになるぞ」
「えーっ! クイナやりたいの!」
「じゃぁまた練習しようなぁー。とりあえず今はそれで手を洗ったら切ったやつをお皿に入れるの手伝って」
「はーいなの!」
元気よく返事をしたクイナは手洗いタイムを終えるとすぐにスライムを切り続けている俺の隣にやってきて、せっせとお手伝いをしてくれる。
「スッライムー、スッライム―、スラスラスラスラ、スラスラリー!」
「何だそれ」
「スライムの歌!」
「誰の作曲?」
「クイナ! 渾身の一曲なの!」
「『渾身』とか、一体どこで覚えて来るんだか」
「難しい言葉を知ってるな」と思わず笑ってしまいながら、俺は地道に角切りを続けクイナはそれを木をくりぬいて作った椀にポトポトと入れていく。
そして一足先に全部を切り終えた俺は、またカバンの中を漁ってとある小瓶を取り出した。
「花蜜っ!」
それを見て、クイナの尻尾がビビンッと立つ。
喜んでいるのは一目瞭然。
その反応にクスリと一つ笑いながらクイナが盛ってくれたスライムの上から小瓶の中身を円を描いてかけていく。
とろぉりと落ちていく金色の蜜が、陽光に照らされてキラキラと輝いた。
ソレを掛ければ、出来上がり。
『甘くておいしい』スライムの完成だ。
「ほらクイナ、スプーン」
そう言って木のスプーンを手渡すと、クイナは薄紫色の目を花蜜に劣らずキラキラさせてこちらを見てくる。
まるで『待て』されているワンコのようだ。
……いやまぁキツネなんだけど。
「食べて良し!」
「いただきますなのーっ!」
俺の号令に被るくらい食い気味に叫び、スプーンを振り上げ勢いよく掬ってパクリといった。
そして「うぅぅぅーん!」と、モグモグしながら両頬を押さえる。
「支えてないと、絶対頬っぺた落ちちゃうのー!」
うっとりしすぎて耳までヘチャァンと
どうやらめっちゃ美味しいらしい。
ミランから教えてもらった、切って花蜜をかけてみただけの簡単レシピ。
お気に召したようで良かったが、そんな風に喜ばれると俺だって期待しちゃう。
ドキドキしながら、俺も一つ食べてみた。
瞬間、花蜜の甘くて柔らかい香りが鼻を駆け抜ける。
「んっ、これは……!」
スライム自体には、それほどの甘さは無い。
が、ひんやりプルルンとしたスライムは瑞々しくて、歯触りとしては思ったよりも弾力があるけど歯に纏わりつく事も無い。
それでいて最後に爽やかな草の香りが最後に口内を浚い、食後はサッパリ。
ついもう一口食べたくなるような、シンプルながら飽きない味だ。
思いの外美味しくて、俺は思わず驚いた。
が、すぐに「これは良い」とモグモグモグモグ咀嚼する。
が、そんな俺よりも尚喜んでいるのがクイナである。
念願のスライムだ。
俺が一匙食べる間に三匙食べているクイナの喰いっぷりを思わず苦笑しながら見ていると、不意に彼女の視線が上がる。
俺の目に気付いたのか、目が合った瞬間彼女は満面の笑みで「美味しいのーっ!」と言ってくる。
嬉しさが弾けたような笑顔だった。
まぁ爆散させて泣いてしまったくらい『甘くておいしい』スライムをご所望だったクイナである。
きっと苦労してやっと食べられたこのおやつには、嬉しさも美味しさも
面倒な工程があるのならともかく、ただ核をくり抜いて切るだけだ。
調理自体もそう大変な事じゃないし捕まえる事への危険性もかなり低い。
微々たるものとは言っても核は実入りになるし、必要経費と言えばせいぜい花蜜くらいという実に経済的なおやつだ。
甘いもの好きのクイナの為のご褒美おやつに、今後採用していこう。
「今度はクイナにも作り方を教えてやろう」
「やったーなの!」
教えると言ってもちょっとナイフの使い方を教えるだけだ、そう難しい事でもない。
冒険者をしていれば、討伐部位を取るためにいずれはナイフ使いも必要になる。
自立の為の第一歩として、教えてやるのが良いだろう。
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