第37話 血が一滴、必要です。
思わずバッとクイナの方を見る。
だってそうだろう?
初めて出会ったあの時のクイナは、あれだけ絶体絶命でだったのに。
……否、もしかしたらあの時は武器を持ってなかったから?
持ってたらもっと対抗出来たんだろうか。
でもあの身のこなしは、どう見ても素人のソレだったのに。
そんな風に思っていると、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言葉を続けたのだ。
「クイナ、お魚さんと戦うの!」
「お魚さん?」
「うんなの! 木の板の上に乗っけてこう、『テイッやぁ!』ってするの!」
と言いながら何やらジェスチャーしているが、その手つきはどう見ても魚を捌く図でしかない。
普段は魚を捌く機会なんて皆無だったが、前に我が師・レングラム率いる遠征軍に着いていった時に一度、横で川魚を捌くところを見せてもらったから間違いない。
この感じだと『木の板』というのは多分まな板で、魚を捌くのを『戦う』と言っているのだろう。
(母親辺りがそう言ってたのかも)
そんな風に想像しつつ思わずクスリと笑ってしまうと、正面で小さく似たような気配がしたのでそちらを見てみる。
すると受付の彼女も俺と同じく、微笑ましいものを見たような顔になっていた。
少しだけ、「子供に付き合わせてしまって悪いな」と思う。
だけど彼女も不快ではなさそうだから、多分大丈夫なんだろう。
そう思いながら、俺は自分の登録情報を最後まで書き切った。
一つ息を吐いて視線を上げると、お姉さんの方はもう既に書き終えていた。
おそらく魔法の記載もなんかがない分、ちょっと早く終わったんだろう。
「すみません、ありがとうございました」
クイナの相手をしてくれた事にお礼を言いつつ自分のを渡せば、微笑みながら「いいえそんな」と言ってくれる。
「私も楽しく書かせてもらいました。ギルドで和める事なんて、早々無い事ですからね、むしろ役得だったなぁと思ってるんです」
そう言って、彼女は小声で俺に囁く。
「ここに来るのは大体顔が厳ついか、体がゴツいか。自由奔放か、粗雑なのか。大抵そんな方ですからね」
なるほど、確かに。
周りのメンツを見てみればそう言いたくなる気持ちも分かる。
が、お願いだから突然耳元で囁かないでいただきたい。
俺の好みからは外れてるけど、それでもやっぱりこういうのってドキッとしてしまうから。
なんて事を、ちょっと動悸がし始めた胸を押さえて思った時だ。
クイクイッと手を引っ張られる。
「クイナは楽しかったよ!」
「まぁお前はそうだろうなぁ」
鼻をフンスッと鳴らして言ったクイナに俺は、ちょっと苦笑してしまう。
話し声からそんな気持ちは終始駄々洩れ状態だった。
第一、だ。
相手をしてもらったクイナは構ってもらったようなもの。
あんなに色々優しく聞いてもらって、もしその感想が「つまらなかった」とかだったなら、間違いなく平謝り案件だ。
グリグリと上からクイナの頭を撫でてやれば、ちょっと嬉しそうに俺に髪の毛をグシャグシャにされる。
流石に可哀想なので自分で荒らしておいてアレだけど手櫛で直してやっていると、ちょうど先程俺が書いた書類に目を通し終ながら、受付のお姉さんがこう告げる。
「アルドさん……ですね。うん、内容に不備はありません」
そう言って、彼女は次に冒険者についての説明を始める。
「この内容は登録後に変更することも可能ですのでご安心ください。特に使える魔法や武器などは、随時更新しておきますと直接指名の幅が広がるので有利になります」
「直接指名?」
「はい、たまに『一定の能力がある方にこの依頼を斡旋してほしい』とおっしゃる依頼者がいらっしゃいます。その場合は名前などの個人情報は伏せたまま、能力と経験値などを元にギルドから個別にお声掛けさせていただく事があるのです。普通のお仕事よりも報酬額も上がりますので、会員の方には情報の更新をオススメしています」
その声に、俺は「なるほど」と独り言ちる。
「因みに直接依頼を断ることは……?」
「基本的には可能です。しかし国や領主からの依頼となりますと、断った後にちょっと面倒なことになる可能性もありますね。……っと、これはオフレコのお話ですが」
そう言って笑う彼女は、おそらくいい人なのだろう。
クイナへの対応を見ていても思ったが、どうやら彼女は一人一人により添えるタイプの働き手らしい。
「それでは手早く登録をしてしまいましょう。血を一滴、こちらに頂けますでしょうか?」
「あ、はい」
言われて反射的に頷いたが……血?
え、どうやって?
一瞬そんな疑問が頭を過ったが、差し出された物を見て納得する。
そこには三角柱の置物がある。
先がかなり尖っているので、指先なんかをプツリとやれば血は採取できるだろう。
まず俺がやって見せて、後にクイナも続かせる。
とってもとっても嫌そうな顔をしたクイナだが、こればっかりは身代わりにはなれないので我慢してもらうしかない。
恐る恐る三角柱の先を触りプクゥッと盛り上がった赤い血をどうにか採取しホッとしたら、かなり涙目でいじけ顔のクイナが残った。
「どうしたその顔」
「怖かったし、痛かった……」
恨めしそうに見上げる彼女に、思わず苦笑するしかない。
が、ずっといじけられていてもちょっと面倒になる気がするから。
「……終わったら、あの串焼き屋さんに寄るか」
その声で、クイナの耳がピクリと上がった。
よしいい感じだ。
じゃぁここでもう一つ、ダメ押しをしておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます