第36話 えっ、出来るの?!



 ギルドのドアを押し開くと、そこは『新しい世界』だった。



 ガヤガヤという人々の声、雑踏に、金属鎧の軋む音。

 その雑多な音たちを裏切らない程、建物内には人でごった返している。


 その中を、俺はクイナの手を引き歩く。

 周りからの「何だ?」という目は、子供を連れているからだろうか。

 それとも俺が、弱っちい見た目だからなのか。

 幾らレングラムのお墨付きがあるとは言っても、筋骨隆々な体型じゃない自覚はある。

 ひょろい男と子供の二人組。

 そう思えば、ベテラン達の目から見ればさぞかし場違いに見えるだろう。


 

 朝だからか、依頼を受ける人達が多いらしい。

 特に「依頼受注ブース」と書かれているカウンターの前には人が並んでいて大盛況だ。

 しかし俺達は、そちらにはまったく目もくれずにその隣の空いているブースに入って告げる。


「すみません、冒険者登録をしたいんですがー……」

 

 ブースにはちゃんと「冒険者登録」と書かれているが、忙しい時間だからか中には誰も居なかった。

 しかしすぐに奥から女性が来てくれる。


「おはようございます! ……えっと、もしかして再登録ですか?」

「おはようございます。いえ初めてなんですけど……」

「そうなんですね! 失礼しました」


 俺の言葉に彼女はニコリと微笑んで謝ってくれた。

 

 別に謝ってもらう必要は無かったが、何でそんな事を聞いたのだろう。


 人族らしい彼女の方には、特に悪意は無さそうだ。

 しかしだからこそ気になって聞いてみる。


「もしかしてこの歳で初登録って無理だったり……?」

「あぁいえ、全然そんな事は。ただ、お客様の年齢だと初登録に来られる方は稀ですので、もしかしたら登録証を無くしたり、一回失効した後の再登録なのかなぁと。その場合、手続きがちょっと異なるんです」


 どうやら手続き上の事を気にしての事だったらしい。

 「あぁなるほど」と頷くと、「まぁ嘘をついても手続きの途中で分かるんですが、最初からお聞きしておいた方がスムーズなので」という言葉が返ってきた。


 まぁ確かにそうだろう。

 彼女の言葉に納得しつつ、ちょっとホッと胸を撫でおろす。


 なるべくなら、妙な偏見やレッテルに晒されるような事態は避けたかった。

 だからどうやらそうではないと分かって、ちょっとだけ冷えた肝が落ち着いた。

 

「では、登録情報をここに記載しないといけないのですが、共通語は書けますか?」

「あ、大丈夫です」


 そう言って受け取り、一人分しか無い事に気が付いた。


「すみません、もう一枚くれませんか?」


 そう言いながら隣に視線を滑らせれば、誰のための物なのか、おそらく分かってもらえたのだろう。

 

「あぁ、かしこまりました。ちなみに、お嬢様は共通語は?」

「いえ」

「じゃぁ代わりに私が書きますねー」

「助かります」


 お言葉に甘える事にすると彼女は「いえいえ」と優しく笑った後で、クイナに視線を向け「色々教えてくれないかな?」と言った。


「うんなの!」

「ありがとう。じゃぁまずは、お名前を教えてもらっても良いかなぁ?」

「クイナなの!」


 クイナは「はいっ!」と手を上げ、とっても元気に質問へと答える。


 少し緊張しているだろうか。

 少し硬い声を聞きつつ、俺は俺で自分の情報を紙に一つずつ書き込んでいく。


 名前に、性別、前職……は書くと大変なことになるのでまぁいいか。

 どうせ『任意』って書いてるし。


「性別は女の子……で、種族は獣人族で良いのかな?」

「そうなの! クイナはキツネなの!」


 これまた元気のいい声だった。

 故に騒がしいギルド内でも丸聞こえで、周りがみんなザワリと揺れる。


 俺は思わず「あー……」と左手で頭を支えた。

 忘れてた。

 金色の毛のキツネ族は希少な事を。



 種族欄は『人族』『獣人族』『エルフ族』などのように選択制になっていたので全然気にしてなかったんだけど、確かに会話でやり取りすれば、こういうリスクも存在する。

 

 当初のクイナとの約束は「種族については聞かれなかったら答えない」というものだった。

 実際に今回は聞かれて答えた訳だから明確に約束を破った訳じゃないんだけど、まさか「獣人か」と聞かれて「キツネ族だ」と答えるなんて。

 この子の種族に関するプライドは、思いの他強かったらしい。



 手元から顔を上げると、クイナの相手をしてくれている受付のお姉さんと目が合った。


「な、なんかすみません……」

「いえ、こちらこそ……」


 申し訳なさそうに謝る彼女だって、まさかクイナがこんなにも無警戒に大事をしかも元気よくでカミングアウトするなんて、夢にも思わなかったのだろう。

 逆に何だか申し訳ない。


「一応『あんまり言いふらすなよ』とは言ってるんですけど、彼女には彼女のプライドがあるらしく……。まぁそういう訳ですので、どうかお気になさらず続けてください」

「分かりました」


 困ったように笑いながらそう言えば、俺が気にしていないと分かってホッとしたのだろうか、彼女も笑って聞き取りを再開してくれる。


「えっとじゃぁ……クイナちゃんは魔法は使えるのかな?」

「うーん、良く分からないの」


 言いながらフルフルと首を横に振るクイナに、お姉さんは頷いて「なし」と書く。


 そうだろうなと、俺は思った。

 道中俺が主にお風呂の為に使った魔法たちを、クイナは終始珍しそうに見ていたのだ。

 そういうものに触れる機会さえなかったに違いない。


 まぁどちらにしても、クイナにあまり戦闘力は期待してない。

 この子には危なくない仕事をしてもらい「稼ぐ」という事を覚えてもらうつもりだけど、今回の登録はそれよりも身分証を持たせてやる事の方が重要だ。


 そう思ってたから、驚いた。


「じゃぁ剣術や棒術、格闘術は?」

「剣術って何?」

「刃物を使って戦う事……かな?」

「はっ! クイナそれ出来る!!」


 えっ出来るのっ?!


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