第22話 ちょろクイナが俺は心配




 ノーラリアに入ったとはいえ、ここはまだ国の端。

 目的地である首都までは、まだ少し馬車で走らなければならない。

 

「遅かったな、なんかあったか?」


 乗り込む際に御者にそう尋ねられ「偶々兵士に顔見知りが居た」と答えると、彼は特に怪しむ様子も無く乗車を急かした。

 

 俺たちが馬車に乗り込めば、最後の乗客だったのだろう。

 馬車はゆっくりと再出発する。


 この馬車の終点は、この国の首都・イリストリーデン。

 あと2日も掛からない距離にある都市だ。




 国に入ってから一日と15時間もすれば、遠くの方に豆粒のような建物群が見えてきた。

 周りが平地で邪魔するものがちょうど進行方向に無いのに加えて天気の良さも手伝った結果の景色だ。

 俺達は実に幸運である。


「見ろクイナ! 見えてきたぞー」


 俺がそう教えてやれば、クイナの耳がピヨッと立った。

 狭い馬車の右側席から俺が居る左側席にピョンッと飛び移り、俺が覗いていた窓に鼻がペシャンコになりそうなくらいひっつけて外を見る。

 

「おぉー! ……?」

「ん? どうした?」


 一度は喜んだ筈なのに何故か耳がへチョンと下がったクイナにそう尋ねれば、彼女はその両眼に至極残念そうな色を灯して言った。


「何かとってもちっちゃいの……」


 その言葉に一体何の事を言っているのか分からなくて、俺は一瞬キョトンとした。

 が、数秒遅れで理解する。

 

 なるほど、つまり今見えてる大きさの街だと思った訳だ。


「大丈夫だぞ、クイナ……っ、それはただまだ距離があるからでだな……っ」


 頑張れ、頑張るんだ俺。

 耐えろ、笑うな!


 確かにずっと目指してきた街が、例えば本当にあんな「もしかしたら踏み潰しても気づけないんじゃないだろうか」と思わず不安になるような大きさだったとしたら、俺だって落ち込むだろうけど!

 耳も尻尾も肩も顔も、全部ショボーンてなっちゃうだろうけど……!


 でもクイナはあくまでも真剣にまるで「もう世界は終わりなの……」みたいな感じで絶望してるんだ。

 だから絶対に。


「近くに着けば、フッ」


 笑っちゃぁ。


「ちゃんと大きく……フフッ」

「んむーっ! アルド、何笑ってるの?!」

「わ、笑ってない、笑って……ブッフハハッ」

「笑ってるのーっ!!」

「グフッ!」


 怒ったクイナが俺の横腹に頭から突っ込んできた。

 そのままドリルの刑に処してくるから、結構これが地味に痛い。


「痛い痛いゴメンって。ほら干し肉あげるから!」

「んんんーっ!」

「何っ?! 干し肉でも釣れないくらいのご機嫌斜めだと?!」


 まさかのクイナが好物に誘われないとは。

 どうやらかなりのオコらしい。


 だけど早く何か対策を打たないと俺のわき腹、もしかしたら本当に抉れちゃう可能性がある。

 痛い。


「な、なぁクイナ? 俺は別にお前をバカにした訳じゃなくてだな。その、お前があんまり可愛い反応してくるからつい――」

「……可愛い?」


 俺がとりあえず言い訳を並べてみると、クイナが一つのワードに反応した。


 そうか、『可愛い』か。

 まぁ確かにクイナだって女の子なんだし、そういう褒め言葉は嬉しいのは当たり前か。

 しかしこの子、食い物以外にも反応する事あるんだなぁー。

 

 新たな発見が嬉しいような、新たな弱点を見つけてしまって心配度が増したような。


(コイツ、街に着いた後で誰かに「キミ可愛いね、甘いお菓子を上げるから一緒に来ない?」とか言われたらホイホイついて行っちゃいそうなんだよなぁー……)


 今は俺も、旅のお供兼一応クイナの保護者のつもりだ。

 その辺を心配しない訳にはいかない。


 俺と出会ってまだほんの数日だというのにこの懐きようなんだから、猶更。



 が、まぁそっちの話は今はとりあえず置いておく。

 今この瞬間の俺は、未来の脅威よりもわき腹の鈍痛の方がよほど気になる。


「あぁ可愛い、クイナは可愛い!もう世界一!」

「世界一?」

「あぁ、むしろ宇宙一!」


 食い付いてきた彼女を懸命に、努めて真面目な顔で褒めてやれば、彼女は「ふぅん」と言って視線を下げる。


 お陰で表情は見えなくなったが、それもほんの数秒の事だった。



 些かの沈黙の後、クイナの頭が俺の膝にちょっとした重みと一緒に転がってきた。

 あっちを向いているせいで表情はまだ見えにくいけど。


(あ、こりゃぁ機嫌直ったな)


 その結果は、頭の上でピルピル動いている耳と、ファッサファッサと動く尻尾。

 これらを見れば、まさに一目瞭然だ。

 


 とりあえず何とかなった……。

 そんな安堵と共にちょっとした疲労を感じながら、俺は目の前の頭を撫でつつ窓の外へと目をやった。




 馬車は少しずつ、しかし確実に首都に近付いていっている。


 俺はこの街の城下に降りたことは無いし、もちろん交流を持ったことだって無い。



 だからこそ不安で、しかし少し楽しみだ。

 

 一体どんな物があって、どんな人達が居るんだろう。

 そしてそこで俺は、どんな事をするんだろう。


 今までは道中急いでいた事もあって街歩きも何かと控え目だったけど、首都ではやっと堂々と平民街を歩く事が出来るだろう。

 平民として、ただ純粋に。



 やりたい事も沢山ある。

 なんてったって、まだあと8つもやりたい事が渋滞中だし、クイナについても今後の事を色々と考えなければならない。



 

 なんていう事を色々考えていると、ダンノが声を掛けてきた。

 

「そういえば首都に着いた後、アルドさん達はどこに宿泊するのか決めておいでで?」


 その問いに振り向いて「あぁいえ、着いてから探そうかと」と言えば、少し曇った顔が返ってくる。


「しかし着いた時にはもう夕方でしょう?」

「それは確かにそうなんですけどねー……」


 それでも伝手が無いんだから仕方がない。


 「もし宿が埋まっていたら、最悪野宿も在り得るかなぁ」なんて思っていると、ダンノが「うーん」と小さく唸った。


「アルドさんは宿にお金は掛ける派ですか?」

「え? あ、いいえ。寝れれば特に」


 王太子だった頃は勿論ふかふかのベットで寝ていたけれど、それはそういうベッドしか用意されていなかったからだ。

 別にそこに拘りは無いし「ベッドの固さが変わったら眠れない」とか、そんな繊細な体でもない。

 

 見た所クイナも特に現状で不自由はしてないようだから、猶更俺はそこに必要以上の金を掛ける気は無かった。



 そんな気持ちを一部隠して要所だけ伝えると、彼は「ふむふむ」と頷いた。


「ならば、街の西にある『天使のゆりかご』という所に行ってみると良いでしょう。とてもいい宿なんですけど、多分今日も空いてます」

「えっ、そうなんですね。助かります! じゃぁちょっと行ってみよう」


 良い情報を手に入れた。




 

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