第34話 一方その頃母国では(5)~シンが呟いた予言の言葉~
が、ここで誰かがまたこの件で何かあるどエピソードを思い出したようである。
「そういえば、アルド様が前にちょっと零してたなぁー。『案そのものは至極真っ当で国民に寄り添った良いものだけど、下手をすると一部が私腹を肥やす為のハリボテになり下がる』って」
「なぁそれってもしかして『何か悪さが出来ちゃうかも』って事なのか?」
「え、それじゃぁ本当に困ってる相手には金が届かず、一部の人が私腹を肥やすって事にならないか?」
「だからアルド様が尽力してたって話だろ?」
慌てた声に「お前ちゃんと聞いてたのかよ」と突っ込みを入れる別の声。
それを皮切りにして周りからは小さな笑いが巻き起こり、場が少し和んできた。
そんな空気になってくると、中にはこんな軽口を叩き始める人も出てくる。
「それにしてもアルド様、まるで最初から目指す理想があったみたいにこの計画に邁進してたけど、もしかしてアレ元々はアルド様が考えた案だったりしてな」
「それをグリント様が横取りした?」
「あー、まぁ無きにしも非ずかな」
「グリント様なら確かにやりそー」
「それで結局自分でその尻拭いもできなくて途中で投げ出す、って?」
とここまで誰かが軽く言い、その後数秒間の沈黙。
おそらく全員がその図をきっちり思い浮かべたんだろう。
その結果。
「「「「「何ソレヤベェな」」」」」
と、判を押したかのような綺麗なハモりが作り出された。
因みにこのやり取り、実際には存外的を射ているのだが、もちろんそれを彼らは知らない。
だからその計画をぶんどったグリントを裏で後押した人物がいた事も、それがアルドの元婚約者・バレリーノであった事も、彼女の目的が正にその計画を杜撰なまま形にし自分の金策手段に使おうとしていた事なんて、なおさら知る由も無い。
「現実的じゃない計画に、『ただ悪戯に仕事を増やされただけだ』って非協力的だった文官たち。それもアルド様が引き継いでからは、軟化してきてたのになぁー……」
誰かがまた、しみじみとした声でそう言った。
アルドの廃嫡を惜しむような事を言うのは、今の城内では空気的に許されない。
が、幾ら国王陛下であっても、臣下一人一人――特に末端の人間である彼らの本音までは塗りつぶしきる事など出来ない。
「……俺さぁ前に、ご本人に言った事があるんだよ。『殿下のお陰でどうにかこの件も纏まりそうです、ありがとうございます』って。そしたらあの方、一体なんて言ったと思う? 苦笑してさぁ、『もしかしたら、それは神から得た恩恵のお陰かな』っだってさ」
「『恩恵』って、あれだろ? 教会で神から賜る」
その声に、みんながそれぞれに頷く。
恩恵。
それは教会で行われる『祝福』という儀式で得られる個人特性のようなものである。
本来は個人の資質や性格・経験に起因して与えられる事が多い。
「あぁ確か、殿下が貰った恩恵って『調停者』だったっけ。『周りを従える王族に周りと取り持つ調停者なんて必要ない』とかよく言われて……って、いってぇ!! 蹴るなよ!」
「お前がしょうもない事言うからだろ!」
「いや別の俺はそんな事思ってねぇよ! 単に『周りがそう言ってたよなぁー』っていう話じゃん!」
蹴られた脛を涙目になりながら抑える彼を半ば無視して、話はまだ少し続く。
「まぁアルド様はそれだけ謙虚で周りを立てる事を知ってる人だったっていう事だな」
「根っから善良っていうか、だからこそ周りも付いていくっていうか、それは決して『恩恵』の有無に関わらないっていうか」
「それで言えば、グリント様ってどう思う?」
「えー?」
「えー……」
「「「「「……」」」」」
その沈黙が答えだなと、きっと誰もが思っただろう。
「……なぁ俺さ、この国に一番必要な王族こそアルド様だったような気がしてならないんだけど」
誰からともなくそう言って、それに他の者も続く。
「ソレを言うなよ」
「そうだよ所詮俺たちは下っ端、上の人に何か言える訳じゃないんだから」
「言うだけ
そう言って、みんなしてから笑いする。
「なぁそう言えば、グリント様の婚約者ってあのバレリーノ様になったんだって?」
そんな話題が持ち出されて、今まではずっと止まっていたみんなの食事の手が一斉に再開される。
「あー上司が零してたけど、あの人の家は有力過ぎるくらい有力だし、そもそもバレリーノは王太子の妻になるっていう話だったらしいから、一部貴族は『さもありなん』って感じらしいって」
「えーでもグリント様はそれで良いのか? つまるところ、アルド様のおさがりみたいなものじゃないの?」
もし『敵』に聞かれたら間違いなく不敬罪に処されるくらいには、無礼な物言いだった筈だ。
が、幸いにも彼の言葉に同調したり苦笑したりする者こそ居はしても、反発する者は居ない。
お陰で誰も彼の疑問を否定せずに、むしろそれを前提として話は続く。
「それがどうやら、『アイツよりも俺の方がバレリーノには相応しい!』って言ってるそうだぞ、グリント様」
「え、それってもしかして、グリント様はずっとバレリーノ様に思いを寄せてたって事?」
「さぁ? それはどうだろう。貴族同士の政略結婚な訳なんだし、そんな単純な話でもない気はするけど」
まるでどうでもいいかのようなその声に、一連の話をずっと黙って話を聞いていた一人が重い口をやっと開く。
「まぁそれは、所詮王族たちの問題だからな。俺達のあずかり知るところじゃない。それよりも今の俺達が見るべきは、積み上げられてる仕事の山だ」
そう言って彼が、一足早く席を立った。
するとちょうど今しがた完食した他の面々も「そうだなぁー」とそれに続き。
残されたのは、まだ三口くらい食事がトレイに残っている一人だけだ。
彼は先ほどからちょっと余計な事を言っては周りに呆れた様な顔をされたり脛を蹴られていた男。
悪いヤツではないのだが、軽口が過ぎるのが玉に瑕だ。
「えっ、ちょっと待って! 俺まだ全部食べてないー!」
「お前は話に夢中になってるからだろう? 早く行くぞ、掻き込んじまえ」
「ちょっ、待って待って!」
そう言ってから慌てて残りを口に掻き込み、彼もみんなのしんがりにつく。
そんな中、彼らの先頭を歩くアルドの友人シン・ヴィッツヴォールは小さな声で呟いた。
「こりゃぁこの国がアルドの追放を後悔する日も近いかもな」
「ん? どうした?」
「――いいや何でも」
誤魔化すようにシンが言うと、聞いてきた彼は「そう?」と言って引き下がる。
特に気にする様子もない彼は、まさか彼のこの呟きが一種の予言になる事などとは、まさか思ってもいないだろう。
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