第33話 一方その頃母国では(4)~とある下っ端たちの井戸端会議~



 突然のアルド廃嫡。

 その事実を受けて最も揺れたのは、上層部――ではなかった。


 アルドの働きは地味だった。

 が、現場にとっては必要不可欠だったのだ。

 だからこそ、彼の不在に最も危機感を覚えたのは下っ端たちだった。




「殿下もその周りの奴らも、執務が滞っている事に気付いてないのか、それとも見ないふりなのか……」


 昼休み。

 そのような、いわゆる『ここだけの内緒話』が聞こえ出す。


 もしグリントの取り巻きが近くに居ようものなら、いかにも大問題になりそうな発言だ。

 しかしそれを止める者が居ない辺り、みんな同感なのだろう。

 それどころか、追従して誰かが「あぁ、あれだろう?『国内農場補助金法』。国が今年中に形にすると宣言して、アルド様持ちになってたやつ」と口を開いた。


 すると訳知り顔で、それにまた一人答える。


「そう、それ。アルド様が持っていたヤツでは多分それが直近のヤマだった筈なんだけどなぁー……」


 遠い目でそう言った彼が何故そんなに詳しいのかというと、何を隠そうその件の当事者の端っこを齧っていた人物だからだ。



 この『国内農場補助金法』。

 要は国家プロジェクトと言っていいほどの規模と重要度であるため、その計画自体も関係者も数多く居る。

 それこそ末端まで数えると何十人も。

 だから彼と似たような境遇の人間がこの場に、もう一人居るのも必然と言っていい。


「それならたしかつい先日、アルド様が俺の部署に調整をしに来てたなぁ。確かアレ、廃嫡になる前日だったと思うけど」


 思い出したように言った彼は、先の人とは別部署のやつだ。

 その声に、「え?」という声が返る。


「『つい最近調整に来てた』って言うんなら、この後もまだやる事が色々あるじゃないのか?」

「まぁそうだなぁ。アルド様はあくまでも上手く行ってなかった各課の橋渡し……というか、監督と調整役だったしな」


 まだまだあったさ。

 彼は少し投げやり気味にそう答えた。


「で? それを次に王太子になるグリント様は勿論それを引き継いで――」

「る訳ないだろ? あの人は今、自分の見栄張りで精一杯だし」


 そう言えば、周りはみんなしきりに「そうだよなぁー……」と呆れの声を上げる。


「普通なら頼まれなくても、アルド様が居なくなったらその穴を自分が埋めようとしてしかるべきだと思うがな」

「噂じゃぁグリント様、その手の話は全くしていないらしい。それどころかご自身の仕事も一部ストップさせてたらしいぞ?つい昨日まで」

「え、もしかして先日あった立太子の儀にかまけて?」

「かまけて」


 うんと頷いた一人に、またみんな揃って一斉にため息を吐く。


「どうすんだよ、万が一にでも間に合わなかったら。だってアレ、いろんな課を跨いだ案件だったろ?」

「あぁえーっと、うちの『農業課』の他にも確か、法律制定のアレコレで『法律課』、制定後の周知の件で『広告課』。それから法律に従って提出された申請書の内容を吟味する『審査課』に、実務処理をする『経理課』。あとは……どうだったかな」


 そんな風に指折り思い出していく男に、隣のヤツが「うへぇー……想像しただけでもやる気なくなるー」と言いつつ右手をシッシッと振った。


「まぁどちらにしても、アルド様が居た時にはまだうちと法律課の間で草案を作ってた所でさ」

「え、ヤバくね?」

「やばいさ。その上この先まだ沢山の課が連携していかなきゃならないんだから余裕なんて無いさ。この間も『どうにかギリギリ間に合いそうだな』なんて話していたところだったし」


 そんな深刻で致命的な話をしつつ、しかし誰もが食べ物を掻き込む手を止める事は無い。


 そうでなくとも上層部連中たちは今、グリントにゴマをするのに忙しい。

 仕事を全部下っ端に丸投げしている始末なので、お陰で元々のアルドの仕事が進まなくても他の仕事で立て込んでいる。

 愚痴りたいからわざわざ定刻に食堂へと顔を出しているだけで、本当ならばご飯を食べる時間さえ惜しい。


「それってさぁ、もし間に合わなかったらどうするん?」

「勿論先に言った期限を引き延ばすんだろ」

「まぁそうなったら国民への信頼はがた落ちだよなぁ。実際にあの法律、一部の国民からは死活問題を解決するためのものだしなぁー……」

「え、もしかしてソレって遅れたら人の生き死にに関係するんじゃぁ……?」

「そうだよ。だからこそ、行き当たりばったりな提案と無理な期限でも! 原案を出したグリント様が『無理だ』って言って投げたののしわ寄せを被った形になっても! アルド様は文句ひとつ言わずに引き取ったんだろうが」


 そう言った彼は「やっぱり凄いよなぁ、アルド様は」と、少し誇らしげに頷く。


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