第二節:『勇敢職』になってみた

第35話 朝目が覚めたら、さぁ4つ目を果たしに行こう!



 

 日の光の眩しさで、俺はゆっくり目を開けた。


「なんか異様に眩しいと思ったら……カーテンちょっと開いてるじゃん」


 呻くようにそう言いながら、ゆっくりと体を起こす。


 カーテンはちゃんと引いていたんだが、残念なことにほんのちょっと開いていたカーテンからの光がピンポイントで、寝ている俺の顔に直撃する位置に来ていた。


 もしかしたら俺の安眠を妨害したい誰かからの呪いかもしれない。

 頭の中でそんな不平を抱きながら、ゆっくりと伸びをする。



 と、伸びをした後、脱力した手が不意に触れたモフみに「ん?」とそちらを見ると、何故かそこにはクイナが居る。


 この部屋にはベッドが2つ存在している。

 そして俺達は昨日の夜、ちゃんとそれぞれのベッドに寝た筈だった。

 

「なのに何で、お前はこんな所に転がってるのか……」

 

 小さく「はぁ」とため息を吐いたのは、クイナが夜中に俺のベッドへと潜り込んできたとのだろうと思ったからだ。


「うぅーん……ぅん?」

「おはよう、クイナさん」

「おはよう、なの」

「で、キミは何でこっちで寝てるの?」

「……自然の摂理、かもしれないの」

「お前、意外と難しい言葉を知ってるな」


 尻尾をモッフモッフと愛でながら、俺は思わず感心してしまう。

 が、別々に寝てたのに朝起きたら同じベッドになるような摂理って一体何なのか。

 

「いやいや絶対、寒かったか寂しかったかの2択だろ」

「……おトイレに行って帰ってきたら、あっちまで行くの面倒で」

「たった2、3歩の距離が?!」


 どれだけ億劫だったんだよ?

 そう思って朝っぱらから思わず驚いてしまったら、クイナがそれにフフフッと笑う。

 笑い事じゃない。

 

「ちゃんと自分のベッドで寝なさい」

「何で?」

「狭いから」

「狭くないよ?」

「俺が狭いの!」


 不思議そうに首をかしげる彼女にそう言ってやると、クイナが「むぅーっ!」と頬を膨らませる。


(……まぁ寝てる間に入られたから、実際に「窮屈だな」と思ったのは起きてからだけど)


 それは言わないでおこうと思う。

 じゃないと、クイナの事だ。

 その内端から俺のベッドで一緒に寝ようとし始めるだろう。

 何事も甘やかしすぎてはならない。


 ……などと理由をつけてはいるものの、結局俺は、この状況に戸惑っているだけである。



 今までの俺は、大きなベッドでも一人で寝ていた。

 親と川の字になって寝た事なんて全く記憶にない事もあり、人の気配があると上手く寝付けない事にクイナと同じ部屋で寝泊まりするようになって初めて気付いた。

 相手が誰とか関係なく、同じベッドで寝る程近くに誰かが眠る隣でまさか眠れる自信なんて無い。


 つまりはただの慣れの問題だ。



 まだ眠そうなクイナの頭をナデナデしつつ、俺はため息を吐きつつ「そろそろ起きろよ?」と声をかけた。


「今日は俺の『やりたい事』の4つ目に付き合ってほしいんだ」

「『やりたい事』っ!」


 俺の言葉にクイナがガバッと起き上がり、頭の上に置いていた俺の手が一緒に跳ね上がる。

 一体何が彼女のテンションをそんなに爆上げさせたのかと思っていると。


「今日もお肉を食べに行くのっ?!」


 ……ははーん。

 コイツ、また美味しいものにありつけると思っているな?

 きっとあの串焼きの件で味を占めちゃったんだ。


「俺のやりたい事が全部食べ物関係だと思うなよ? 今日は別だよ」

「えーっ?!」

「まぁ帰りにまたあの屋台に寄って行ってもいいけどな」

「行くの!」

「はいはい、でも先に朝食な!」

「朝食!!」

「早く顔を洗って着替えちゃえー」

「はーい、なの!」


 ピョンッとベッドから飛び降りて、クイナはいそいそと外着に着替える。

 さぁ俺も外出の準備をしよう。




「という訳で、やってきました!」


 円柱状の大きな建物を前に、俺はそう胸を張った。


 朝食を『天使のゆりかご』で済ませ一直線でやってきたのは、どの国にも必ず同じ形、同じ色、同じ看板で存在するある施設。


「ねぇアルド、ここは何……なの?」


 小首をかしげる彼女にはきっと、今まで全く縁のない場所だっただろう。

 そんな彼女に、俺はニッと笑ってみせる。


「冒険者ギルド! 時には依頼者の生活を助け、時には冒険者の生活を支える、お仕事の斡旋所がここだ!」

「ほぉーっ!」


 若干テンションが高い俺に、クイナは上手い事相槌を打ってくれる。


 そう。

 ここが俺のやりたい事の4つ目を叶えるための場所。


「俺はここで、『冒険者』になる!」


 それが俺の夢だった。

 


 昔、英雄譚を読んだことがある。

 冒険者が町を救うというお話で、騎士たちが絶体絶命になった時にどこからともなく現れて人々を魔物の脅威から守り、仕事を終えたら颯爽と居なくなる。

 

 国の危機を救うアウトロー。

 その背中がカッコ良くて、幼心に憧れた。


 大人になった今になっては、別にそんな町や国や世界を救うなんて大きな事など出来なくていい。

 ただちょっと頑張って、それによって誰か一人の明日の役に立てた上で報酬を受け取れたならそれはとっても凄い事だと、自分の仕事でどれだけの人が救われているのか分からないような仕事をしていた俺は思っている。


「どっちにしても、手持ちの金はやがて無くなる。稼ぎ口は必要だし、後ろ盾も基盤も経験だってまだ無い俺が就ける仕事にも限りはある。その点、冒険者なら問題ない!」


 それこそ冒険者登録へのハードルは低い。

 俺も一応レングラムのお墨付きは貰っているから、それなりの戦闘は出来るだろう。

  

 それに、冒険者ギルドに来る依頼は、何も戦闘系だけじゃない。

 町の掃除や護衛、採集作業など、内容は多岐に渡る。

 それに、何より。


「今の俺は何者でもない。俺もクイナも、身分証は持ってた方が良いだろ」


 という事で、諸々の理由を携え、いざ突撃だ。



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