第11話 旅は道連れ世は情け
多分この子は、隣国・リドニア帝国からの亡命者なのだろう。
あそこは獣人を合法的に奴隷として扱っている国だから、自由を求めてこちらに不法な亡命をするのも分かる。
が、おそらくここも二人の目的地という訳では無かったのだろう。
それは彼女が母から聞かされている目的地が示していた。
彼女が『ニョッキ山』と言っているその場所の正解は、おそらく『ニョシキ山脈』。
そしてそこにあるのが、俺の目的地でもあるノーラリアである。
「多分君のお母さんは、帝国からこの国を経由してノーラリアに行くつもりだった……」
子供と一緒に安心して暮らせるような国に行こうと思うなら、ノーラリアに行くのは道理に叶う。
もし人脈が無いにしても、奴隷にされる心配も追放される心配もしなくていい。
そう考えれば天国のような場所である。
相手は身寄りを無くした子供。
他種族だけど、だからこそ見つかったらただじゃ済まないし、折角助けた命が無碍に扱われるのも喜ばしくない。
その上目的地は同じだから寄り道するまでも無い。
(丁度この馬車の旅で「実は結構子供好きだった」って事を自覚もしたし、道中暇だし……っていうのはきっと、全部言い訳なんだろうなぁ)
思わずそう独り言ちて苦笑する。
結局のところ、放っておけない。
放り出したくない。
そんな自分のエゴがあるだけだ。
「あのさ、俺と一緒に来る気はある? ちょうど目的地が同じみたいだし」
「……へ?」
「一緒に行けば、多分今より怖くも心細くも無くなる。なんてったって、俺は君より強いしね」
そう言って、右手をスッと差し出した。
「道中は、俺が君を助けてあげられる。国に着いた後の話はまた着いたらするとして、君の自由を縛らない事は今ここで約束しよう。だから……どうかな?」
俺の言葉に目をパチクリとさせながら、彼女は言葉を聞いている。
そして全てを言い終わった後、薄紫の彼女の瞳が俺の顔と差し出した手を何度も何度も行き来して、やがておずおずとこう聞いてきた。
「あの……お鍋にしたり、しない?」
縋るような上目遣いで、しかし真面目にそんな事を聞いてきた彼女に、俺は思わず口元を綻ばせる。
可愛らしさに思わず笑ってしまいたいのは山々、だけど多分今が重要な局面だ。
だから努めて真面目な顔を作り。
「しない、絶対に」
そう誓って。
するとそれから数秒間の沈黙の後で、彼女はコクリと頷いてくれた。
「じゃぁ行こうか」
「……うん、なの」
差し出した手に、恐る恐る小さな手が乗せられる。
そこに確かな体温があって、彼女がもう一人になる事が無いようにと俺はその手をきちんと握った。
「そうだ。俺はアルド。君の名前は?」
「クイナっていうの」
「そうか、クイナか」
そんなやり取りをしながらチラリと隣の彼女を見やる。
耳の他に尻尾もあった。
それが歩みと共に緩やかに、まるで少し体のバランスを取るように揺れている。
「うーん、耳からして犬……いや、尻尾がちょっと太いから狐、かな?」
「うん、狐なの」
「そっか。何か食べられないものとかは……」
「クイナはね、何でも食べるいい子なの。けど、お肉とお菓子が大好きなの!」
「あ、お菓子は無いけど、お肉なら干し肉が――」
グゥー。
「……」
「何か今、お腹が勝手に返事したな……?」
「してないの」
「いやしたろ」
「でも、どうしてもって言うんなら、食べてあげても別にいいの」
そう言った彼女の耳はピコピコ尻尾はファサァーッと動いていて、情報収集はしている様だが少なくともさっきまでの警戒に縮こまった彼女よりは、随分とリラックスし始めているように見える。
(もっと最初は緊張を露にされるかと思っていたから正直言って拍子抜けだが、彼女の元々持ってる人懐っこい気質がこういう反応をさせるのか……?)
そんな事を思いつつ、まぁとりあえずは俺と一緒に居ることが大きなストレスにはなっていないようなので、内心でホッとした。
手を繋いで、俺とクイナは森を歩く。
目指すのは、先程降りた馬車が止まっているあの場所だ。
馬車に着いたら、まずは彼女が森で獣に追われていた事を話そう。
そして、一緒に乗せてもらって出発だ。
実際に出たのは想定していた獣ではなく魔獣だったが、それを正直に話してしまったら町に行った時に事情聴取されるかもしれない。
今はクイナを連れてるし、俺は元王太子だ。
そうなれば、十中八九面倒事になるだろう。
そういうのは出来れば避けたい。
(流石に魔獣の出現を知らせないのはどうかと思うし、出る直前に町の人に「死骸があった」とでも言っておこう)
そう言っておけば多分誰かが確認に来て、その後どこか然るべき場所に報告を上げる事になる。
今の俺に出来るのは、せいぜいそのくらいの事でしかない。
俺はそう思考を締めくくり、実際その段取り通りの行動を取った。
後日、アルドの伝言を受けた住民は冒険者に調査を依頼し、現場にやってきたBランク冒険者の一団は思わず絶句する事になる。
「どうなってんだ……」
リーダーの男がそう呟いたのは、ガイアウルフ亜種の死体が4頭も転がっているから――だけじゃない。
その死体を中心にして円状に伐採された、一部焦げた沢山の木々。
しかも残っている幹を見る限りかなり太い物ばかりだった筈なのに、辺りに転がってる残骸は全て少し大きめの薪くらいの長さ太さで切り刻まれ落ちている。
どう考えても普通じゃない。
「ぅわっ!」
「どうしたっ?!」
後方で仲間の悲鳴が聞こえて、彼は慌てて振り返った。
もしかしたらガイアウルフの生き残りかコレをやった犯人がまだ居る可能性があったからだ。
が。
「ったく、何なんだよこの足元はっ! ぬかるみ過ぎてて歩きにくいったら!!」
「ちょっとー、こんな所でこけたりしないでよー?」
「俺だって好きでズルった訳じゃないわ!」
陽気にそんなやり取りをする彼らに思わず、安堵と呆れが入り混じったため息を吐いて空を仰ぐ。
探知魔法を放ってみたが、脅威はもうここには無い。
が、この光景は尋常じゃない。
それだけは間違いなかったのである。
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