第10話 震えるぼっちの獣人少女



 まるで死刑でも宣告されたかのようだ。

 そんな風に俺は思った。


 この怯えようじゃ俺が彼女を虐めているかの様な感じだ。

 お陰で思わず俺も眉尻を下げてしまう。

 

「お願いだからそんなに怖がらないで、大丈夫だから。……俺はただ、君が今置かれた状況をちょっとでも多く把握して、出来れば君の助けになってあげたいと思っているだけなんだ」


 声色と口調を出来る限り柔らかくできる様に心がけて、俺はゆっくりとそう告げた。



 本来ならば、まだ無邪気な年頃の筈だ。

 それがこんなに、魔物の脅威がなくなった後までこんなにも警戒しているという事は、多分そうせざるを得ないような人生を歩んできたという事なんだろう。


「もちろん君が『助けなんて必要ない』って言うんなら無理強いはしない。でも、さっき君は追われていたし、実際に死にそうにもなった。もしかしたら困ってるんじゃないかなと思ってさ」


 どうかな?

 そう言いながら、俺は彼女の顔を見る。



 今の俺はもう何の権力も持たないただの平民で、鶴の一声なんて使える筈も無い。

 しかしだからこそ、この国の法律に必ずしも縛られる必要もなくなった。


 勿論ルールを守る事は大切で、この国においてルールと呼べるものの内の一つが法律である事実は変わらない。

 しかし俺は、もうこの国を出ていく身だ。


 ルールを守る必要はない……とは言えないが、誰にも迷惑を掛けない存在なんだったらこの女の子をこっそり助ける事くらい、してもいいんじゃないだろうか。

 そう思えるくらいには、俺にも良心というものがある。



 控え目な俺の言葉に申し出に、少女は怯えながらも口を開いた。


「……お母さんは『人間に会ったらすぐ逃げなさい。人間はみんなすぐに襲いかかってきて、あっという間に鍋にして食べちゃうから』って」

「うーん、そうかぁー……」


 告げられた彼女の言葉に、俺は軽く天を仰ぐ。



 正直言って、どんなに獣人好きでも嫌いでも獣人を鍋にするような人間は流石に居ない。

 が、母親がそんな極端な事を言った理由も分かる。



 この国は、人族以外の入国は禁止している。

 そしてもし見つかった場合の措置は、元居た国へと強制送還……という名の『放り出し』だ。

 元居た国での生活が成り立たないからこそ、さぞ生きにくいだろうこの国に潜ったんだろうに、その内情は当たり前だが考慮されない。

 

 それだけじゃない。

 もし誰かに見つかってしまったら、迫害を受ける事もあるだろう。

 もしそれが差別主義者だったとしたら、最悪殺される事にだってなるかもしれない。


 この国では奴隷の所有を禁止しているが、ここは人族の国で他種族は居ない前提で、適用される範囲は人族だけなのである。

 

 中には「居ない筈のものをどう扱っても、居ないんだから問題ない」なんて屁理屈をこねる連中も居て、もし他種族を奴隷のように扱っている事が知れてもそのへ理屈が適用されて罰を受けない事が多い。

 万が一見つかったとしても使っていた本人が被るのは、精々他種族民を取り上げられるくらいの事だ。


 対して他種族民の方は、奴隷生活からは解放されるがその代わりに雨風凌げる場所と辛うじて貰えていた食料源を失って、国外へと放り出される。

 その後苦労する事なんて目に見えているだろうにも関わらず。



 きっと彼女の母親は、そうならない様にする為、あんな極端な事を言ったのだ。


 人間に出会ってしまった時に恐怖でも何でも良い、彼女がすぐに逃げられるように。



 そこに確かな母の愛を感じ、俺は「まぁそうかもしれないなぁー」と彼女の母の言を肯定した。

 と、彼女は大きくビクついて顔を腕で抱えつつ身を縮めて震え出した。


 だから慌てて「でも大丈夫」と、まるで呪文のように唱える。


「だって俺がもしその気なら、君はもう鍋になっちゃってるところだよ? だって俺、君よりは多分強いからね」


 言い聞かせるように、諭すようにそう言うと、怖れに瞑っていたあの瞳がおずおずと俺を見て言う。


「それは、そうかもしれないの……」


 良かった。

 ちょっとは納得してくれたみたいだ。


 まだ体も震えているがちょっと弱まった気もするし、俺もちょっと安心しつつ最低限の事を聞く。


「君は、そのお母さんと二人なのかな?」

「二人……だったの。でももう居ない。『ていこく』から逃げてきて、ここに来るまでの途中でお母さんは『お星さまになるから』って。『お星さまになったらいつでも見守っていられるから』って……。だからもう、夜しかお母さんには会えないの……」

「そっか……」


 なるほど、そういう説明があったのならば、母親との別れはもしかすると突発的なものではなかったのかもしれない。

 そんな事を思いつつ、俺は更に聞いていく。


「じゃぁ君は今、一人っていう事で良いのかな?」

「うんなの……。お母さんが『ニョッキ山の方に向かって行くのよ』って言ってたから、そこに向かってる途中なの」


 そう言って遠くに見える山を指差した彼女に、俺は「そうか。君はお母さんの言いつけを守ってるんだね」と相槌を打ってから考える。

 

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