第9話 希少魔物は一捻り。



 剥き出の牙を剣で跳ね除けても、俺の切っ先は幸いブレる事はない。

 

 思った程の衝撃では無いなと思ったのは、多分師との鍛錬のお陰だろう。



 剣の師との訓練の日々は、実に過酷なものだった。


 俺の剣の師・レングラムは、子供相手でも決して手を抜くことなどしない男だった。

 そのお陰で俺は今までたったの一度だって、彼の膝に泥をつけた事が無い。

 

「レングラムとする時は、一撃から手が痺れるんだよなぁー……」


 戦闘中であるにも関わらず、そんな事を呟く余裕は十二分に存在している。


 彼との手合わせでは、まず一撃目で手が痺れる。

 勝負はその後、どれだけ彼に打ち込めるのか。

 今思えば、あれは『ベストじゃない状況下でどれだけ剣を振るえるか』という、自身の限界を超える為の訓練だったんじゃないだろうか。


 きっとあれがあったからこそ、こんなにも魔物とも戦闘にも余裕が出ている。

 手がしびれる事もない現状ではちょっと拍子抜けしたような気持ちになるが、今は後ろに守るべきモノがある。

 余裕があるに越した事は無い。



 と、そんな風に考えを纏めた時だった。

 敵が「グァウッ!」と吠えながら、こっちに向かって飛び掛かってくる。



 俺は瞬時に自分の中の力を練り上げ、まるで膜の張る様にそれを剣へと纏わせた。

 そして。


「なるべく早く――片付ける!」


 敵に向かって一閃する。


 魔力を伴ったその斬撃は、魔獣の固い皮膚にも届く。

 鋭くなった切っ先は容易に肌に傷をつけ、襲い掛かってきた最初の一匹が悲鳴のような声を上げた。

 続けてもう一匹果敢な魔獣に一太刀浴びせる。

 すると後の二匹はおそらく警戒心を抱いたのだろう、俺から距離を取った後今度は自身の中で力を練り始めた。


 魔力だ。

 今しがた自分がやったのと同じ原理。

 しかしこの魔物たちは俺の様に武器に魔力をコーティングさせて攻撃するなどというまどろっこしい真似はしない。


(こちらが森林に被害を与えないようにと配慮しているのを良い事に……!)


 魔法には様々な属性があるが、俺が得意とするのは火である。

 氷の魔力を扱うコイツらとの相性はいい物の、だからといって考えなしにぶっ放せば周りの木々が焼け落ちる。


 否、それだけならばまだ良い方だ。

 最悪森は火事になるだろう。

 そうなれば、森に住む獣たちは散り散りになり近くの町に被害が出るだろう。

 もしかしたら、育った大火が町を襲う……という事もあるかもしれない。


 どちらにしろ、それはマズい。


 

 魔獣たちは、俺から距離を取って今正に練った魔力を解放しようとしているところだ。


 この距離ならば、俺の剣は届かない。

 しかし、切りかかりに行けばおそらく、魔法発動と同時に切りかかる事となる。

 

 俺だけならばそれでも良かった。

 しかし今、俺は後ろに庇うべきモノがある。


 敵を倒した代わりに後ろで彼女が怪我を負うのはいけない。


 「甘い」とか「物事にはある程度の犠牲がつきものだ」とかいうヤツは居るだろうが、俺自身が「それでは意味がない」と思うんだから仕方が無いのだ。


 

 練り上げられた奴らの魔力が、ツララのような氷を幾つも作る。

 何もなかったただの虚空に浮いたそれらはすぐさま俺目掛けて発射され、俺は密かに気合を入れた。


 飛んでくる氷たちは、3匹分で計20弱。

 それを真っ直ぐ見据えながら、俺は一言「『火よ退しりぞけよ』」と詠唱する。



 イメージは、火の壁だ。

 それを一閃した刃の切っ先に『置いてくる』感覚で展開させれば、俺と魔獣の間の空間にほんの一瞬、高密度の炎が高く立ち上る。


 それが盾になり、全ての氷が瞬間的に蒸発した。

 すぐに下火になった火をまっすぐ突っ切り、地を強く蹴って天敵である炎に怯んだ敵たちの懐へと突っ込んで、敵影に一撃、二撃。

 仕留めた時に「やはり首を狙うのが手っ取り早いな」と判断し、それ以降は一撃目で奴らの首を跳ね飛ばす。


 それからは、実に楽な作業だった。

 スパッ、スパッと斬り伏せて、あっという間に4匹全ての制圧は完了だ。




 が、残念な事に周りの木々に火が燃え移っている。

 思いの外高く大きくなってしまったあの火のせいだろう。


(苦手なんだよなぁー、剣と魔法の両立っていうのがさ)

 

 そう思いながら、俺は「あー……」と頭を掻く。



 昔から、何かを同時進行するのが苦手だった。

 それも歳を重ねる事にマシになって来てたんだけど、剣と魔法の両立は今でも苦手で一緒にやろうとするとどうしても魔法の規模感とか狙いとかが中々定まりにくくなる。

 それが今回、懸念していた事態を引き起こしそうになっているという訳だ。



 仕方が無いので、手荒い真似で俺は対処する事にした。

 まずは燃えている範囲の木々を剣でひとなぎ。

 瞬間、俺を中心にした一帯がまるで伐採でもしたかのようにスパンッと根元近くから切れる。


 さらにそれを切り刻み、地面に落ちる前に全てを風魔法でふわりと浮かせて空中一か所に集めるとスッポリ綺麗に水魔法で包んでやれば、燃え移った火は根本から、ジュゥッという呆気ない音を立てて消え失せた。



 後処理までし終わって、俺はまるで準備運動を終えた様な疲労感で「ふぅ」と小さく息を吐く。

 そしてクルリと踵を返し自分が背中に守っていた子に目を向けた。


 剣を鞘に納めつつそちらに行けば、小さな体がもっとギュッと小さくなる。

 多分警戒してるんだろう。

 だけどとりあえず確認しないといけない事がある。


「怪我は……っと、擦りむいてるな」


 ゆっくりとしゃがみ込んで呟いた。

 見た所、そのくらいの怪我で済んでいるようだ。

 でももしかしたら見えない所に打ち身があるかもしれないし、そうでなくとも見るからに精神的にも肉体的にも衰弱していた。


 まぁそれも仕方がない。

 だって、幾らニメートルほどのそう大きくない個体だったとはいえ、この子はまだ見た感じ6、7歳の子供なのだ。

 彼女からしたら十分大きくて怖くて、そんなのから命かながら逃げておいて疲れない方がむしろおかしい。

 

「実はちょっと悩んだんだけど、王都で馬車に乗る前に携帯食と一緒に買っておいてよかったよ」


 そう言いながらおもむろに、肩から下げていたカバンを開けてゴソリと探る。

 そうやって取り出したのは、青い液体が入った小さな小瓶だ。


「とりあえずこのポーションな」

 

 蓋を開けてやってから彼女に「飲んで」と言って渡せば、最初の内は窺うようにこちらを見ていたその子だったがやがておずおずと口をつける。



 瞬間、彼女の体がボウっと光った。

 それと同時に足についていた擦り傷が、まるで最初から無かったかのように全て消える。


 おそらく彼女も自身の体で、何かしらの効果を実感をしたんだろう。

 驚いた顔で手をワキワキとし始めた彼女の様子に、「もしかしてポーションを飲んだの初めてなのか?」と思ってしまう。

 

 というのも、一番ランクの低い低級ならばポーションなんてそう珍しいものじゃない筈なのだ。

 中でも粗悪品に至っては、平民でも十分手が出せる金額だ。

 確かに効果は薄いけどそれでもちょっと怪我なら直せるので、粗悪品には粗悪品の需要が十分にある。


 だからこのくらいの年の子がポーションの効果を珍しがるなんて、滅多に無い事の筈なんだけど――。


 と思った時だ。

 彼女が顔を上げた拍子に、被っていたフードがパサリと肩に落ちた。


 その瞬間、理解する。


「君の境遇を考えればその反応も頷けるけど……どうしてこの国に居るんだ? なのに」


 そう尋ねると、彼女はおそらく「自分が本来ここに居てはいけない存在なのだ」という事を、きちんと理解してるのだろう。

 黄金色の獣耳を頭にペタンと伏せたその少女が、肩をビクリと震わせながら薄紫色の瞳に絶望を映して俺を見た。


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