第5話 18年目の新事実。



「お兄さんは一人なの?」

「そうだよ、気ままな一人旅。でも俺はこう見えて、剣も魔法も使える強い旅人だ、だから一人でも大丈夫なんだよ」

「強いの?」

「うん強い。その辺に出るクマくらいまでなら素手でもどうにかなるな」

「えー?」


 元王太子らしい細腕でビシッとガッツポーズを決めてそう言えば、彼は「本当ー?」と言いたげな顔でケタケタと笑ってくる。

 そんな彼が微笑ましくて、「あぁ実は俺、割と子供が好きらしい」と生まれてこの方18年目の意外な事実に気が付いた。


「ローグくんももし本当に旅に出たいんなら、まずは沢山食べて寝て体を鍛えて、強くなってからじゃないダメだな!」


 そう言ってあげると、彼は自分の細い腕を見つめながら「そうかぁー」なんて納得している。


 多分これで当分は、母親に旅をせがむ事は無く自己研鑽に勤しむだろう。

 そんな風に思っていると、彼は「じゃぁ」と顔を上げる。 


「これからお兄さんはどこ行くの?」

「隣の国に行く予定なんだ。知ってるかな? 『ノーラリア』っていう国なんだけど」

「えー? 知らなーい」


 少年がそう言って「どこなのー?」と聞いてくる。

 が、俺は少し答えるのに躊躇した。


(ノーラリアはちょっと特殊だからなぁー。下手な教え方をすると後でこの子が親に怒られたりするかもしれないし……)


 せめて彼の両親がどういう思想の持ち主なのかが分かれば安心なんだろうが、もちろん初対面である。

 思想なんて知る筈も無い。


 そんな風に困っていると、おそらくその空気を感じたのだろう。

 母親が話を変わってくれる。


「ノーラリア国はね、色んな種族が仲良く暮らしている場所なのよ」

「色んな種族?」

「そうよ。人族の他にも、エルフにドワーフ、獣人、魔族。その他にも数は少ないけど竜族とか人魚族とか、色んな外見と風習の人たちが皆一緒に住んでいるの」


 その説明に、俺は密かに胸を撫でおろす。

 

 彼女の説明は、ノーラリアに対して好意的なものだった。

 種族差別をする人間もこの国には少なくないので、彼女がどうかちょっと気になっていたのである。

 が、偏見が無くて何よりだ。


 俺だって思想が個人の自由だという事は理解しているが、やっぱり自分が良いなと思っている事が悪し様に言われるのは聞きたくない。


「でも僕、まだ人族以外見たことなーい」

「この国では人族以外の入国は認められていないからね」


 そんなやり取りをしている親子をちょっと微笑ましく思いながら眺めていると、同乗者たちもみんな子供の無邪気な様子と母親の好意的な説明をどこか微笑ましげに眺めていた。

 

 幸いにも、同乗者の中に差別主義者は居ないらしい。

 俺は、そう密かに安堵した。



 この国には『他種族差別』というものが存在していて、それを少なからずそれを増長させてしまっているのがこの国の『他種族入国禁止令』だ。

 

 実は過去にコレを撤廃しようとした事があるのだが、その差別主義者の筆頭があのバレリーノの家であり、金をばら撒いて方々に裏工作をされてしまってこの試みは結局否決されてしまった。



 この国を見限り権力も放り投げた今となっては、猶更この国の制度を変える力は無いが、幾ら法律で縛ろうとも人の心は縛れない。

 なるべくならば理不尽な優劣で人を蔑み貶める事が無い世の中になればいいのになぁと願うばかりだ。


 と、そんな事を考えていると、服の端をツンツンと引っ張られる。

 

「それで、隣の国には何しに行くの?」


 純粋な丸い瞳が俺を真っ直ぐに見ていた。

 そんな彼に、俺は笑いながら言う。


「願いを叶えに、かな?」

「『願いを叶えに』……?」


 商売とか冒険とか、はたまたどこに行きたいとか。

 おそらくそんな、もっと具体的な話が出ると思ったのだろう。

 ローグがコテンと首を傾げる。


 その後ろで母親までもが同じように首を傾げていたもんだから微笑ましすぎて、込み上げてくる笑いを「いや失礼だから」と堪えるのに苦労する。


「そ、そうだよ。俺にはずっとやりたくて、でも出来なかった事があるんだ。だからそれをしに行くんだよ」


 口の端が少しフヨリと浮いてしまったが、どうにか誤魔化せたと思う。

 

「その『願い』? は、ノーラリアに行かないと出来ないの?」

「うーん、そういう訳じゃないんだけど……」


 含むところの無い素朴な瞳にどうしても嘘は付きたくなくて、だからちょっと言い淀む。



 正直言って、俺のやりたい事はどれも、あまり場所に関係なく出来てしまう。

 最初に叶った願いが『乗合馬車に乗ること』だったのがいい例だ。

 しかし、それでも。


「自分で行きたいと思った国、だからかなぁ」


 自分の居場所をせっかく自分で決められるんなら、行きたい場所に行きたいし、やりたい事をやりたいんだ。

 そう答えれば、良い笑顔でローグは「そっかぁ!」と返してくれた。


 その目がまるで憧れのものを見るように輝いていて、少しだけ擽ったい。

 だけど悪い気はしなかった。




 乗合馬車では、人が頻繁に乗り降りする。

 話し相手になってくれたあの少年もあれから2つ先の停留所で、母親に手を引かれながら降りていった。


 最後に手をブンブンと振るその姿は、実に可愛らしくって、「あの高慢ちきな荒金使いとの子供は欲しいと思わなかったが、この先誰か相手が出来れば子供を作るのも良いかもしれない」と思わせられるくらいには、別れは寂しいものだった。



 こうして馬車は進んでいく。

 

 道中は実に平和だった。

 天気が悪くなることも無く、馬車を引く馬もきちんと働き、ほぼ定刻で停留所へとたどり着く。


 しかし3つ先の停留所へ向かう途中の道すがら、とあるアクシデントが俺達を襲う事になる。


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