第二節:モフッ子との出会い

第4話 早速一つ叶いました。



 徒歩で城下に下りた俺は、必要物資の補充をした後速やかに馬車の確保に向かった。


 使うのは、個人の馬車ではなく乗合馬車だ。

 今まで当たり前のように乗っていたロイヤル用の馬車よりも、揺れが大きく尻が痛い。

 が、ガタガタガタガタ揺られながら行く道中は、俺の心も弾ませた。



 出発前に立てた「やりたかったけどずっと出来なかった事をしてみよう」という目標は、数えてみればちょうど10個存在したのだが、その内の一つに実は『乗合馬車に乗ること』というのがある。

 そう、俺は今一つ目の目標を絶賛満喫中なのだ。



 もしかしたら「曲がりなりにも一国の王太子だった人間の『ずっとやってみたかった事』が、そんなちっぽけな事でいいのかよ」と思う人も居るかもしれないが、そんな事は無い。

 「人がひしめき合う馬車に自分も一緒に乗る」という行為は王太子には絶対に叶わぬ夢だった。


 だってそうだろう。

 そうでなくとも王族の乗る馬車がすし詰め状態になる事を許す筈が無いというのに、一緒に乗るのは他人同士だ。

 警備上、絶対にありえない。


 馬車でだけじゃない。

 どこでだって、王族はすし詰めになったりはしない。

 そもそもすし詰めなんて状態に出会う事がごく稀だ。


 そんな中、視察の時にチラッと見ただけのこの乗合馬車は俺にとって『すし詰め』の代名詞であり、コレが俺にとっての紛れも無い『すし詰め初体験』という訳だった。


 

 実際に体験してみると、確かに狭いし近いし熱かった。

 が、凄い人口密度の中、例え肩がぶつかっても誰一人として嫌がるどころか気に留める気配すら無いというこの状況は、とても俺を安心させた。


 実際には多分、単にコレに乗る全員が「乗合馬車とはそういうものだ」という認識を持っているだけなのだろうが、俺にとっては互いに互いの存在を許容し合っている様に思える。


 それは一種の連帯感や仲間意識を芽生えさせるものであり、俺にとってはそれが何だか無性に嬉しい。

 そして、そう思える今がとても楽しいと思えていた。


 まぁしかし、それもこれも王城での暮らしとのギャップがあればこそなのだろう。


 例えばパーティーなどで同じ皿から好きな物を取って食べる事があったが、そんな風に食べた所で腹を割った関係性にはなれやしない。

 みんなが腹に何か一物隠していて、別の方を向いていた。

 連帯感なんて皆無だった。


 だからこそただ乗り合わせているだけなのに互いにある程度許し合って譲り合っているこの状況は、とても心地が良かったのだ。


 

 と、何やら視線を感じた気がしてそちらの方を見てみれば、隣に座っている男の子が俺をジーッと見つめてた。

 何で見てるのかは分からないがとりあえずニコッとしてみると、彼は「ねぇねぇ」と俺に声を掛ける。


「お兄さん、どうしてこんなギューギューなのに嬉しそうなの?」

「えっ」

「こらローグ、お兄さんが困ってるでしょ! ……すいません」


 嬉しそう?

 そんなににやついてたか。


 そう思いながら顎のあたりに手を当てると、お母さんなのだろうか。

 彼の向こうに座った女性が申し訳なさそうに謝ってくる。


 そんな彼女に、とりあえず「あぁいえいえ」と笑って言い、ローグと呼ばれたその子に対して「実は今日、俺にとって初めての旅の門出なんだ。だからちょっと嬉しくてね」と答えてやった。


 彼女は謝ってきているが、俺はむしろ話しかけてきてくれて嬉しかった。

 ちょうど時間を持て余してるし、王太子だった時には知らない子供からこうして気軽に話しかけられる事なんて、一度も無かった事でもある。



 俺が言葉を返した事で、母親な少し安堵しながら俺に会釈してきた。

 もしかしたら「息子の相手をしてくれてありがとうございます」という事だろうか。

 そう思い、俺も「いえいえそんな」という思いで彼女に対して会釈し返す。



 一方ローグは、俺の答えにキョトン顔でまた聞いてくる。


「お兄さんは旅人さんなの?」

「うん、今日から旅人さんだ」

「へぇー! 凄い!!」


 目を輝かせたローグに俺は「何が凄いんだ?」と疑問に思った。

 すると彼が「僕も旅したいけど、お母さんに『まだダメ』って言われたの」と教えてくれる。


 なるほど、そういう事なのか。

 だったら旅人に興味を持つ気持ちもよく分かる。

 しかしローグは見た所、だいたい4、5歳といった所。

 一人旅には、確かにまだちょっと早い。


 

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