第25話 3つ目の『やりたい事』は、大惨事。
まぁとりあえず、おいしく食べれそうで良かった。
そう思っていた所に、クイナが男を見上げて言う。
「この街に来て初めてのご飯なの! 一番おいしいの頂戴なの!!」
「おっそうなのかい? じゃぁ一番良いのをあげなきゃなぁ!」
子供であるクイナの我儘に笑顔で付き合ってくれる辺り、風貌はちょっと怖い系だが思いの外良い人のようだ。
一応「この子がすみません」と謝れば、彼は豪快に笑いながら「あー、良いの良いの」と言ってくれる。
「可愛いなぁ。お嬢ちゃん、幾つだい?」
「8歳、なの!」
「そうかぁ、今が可愛いお年頃ってやつだなぁー」
そんなやり取りをしながら、香ばしく焼けた串が2本取り上げられて。
「ほら嬢ちゃん、熱いから火傷するなよ!」
「ありがとなの!」
ホクホク顔でその串を受け取ったクイナを見つつ、俺は密かに「クイナって8歳だったのか……」なんて事を思う。
見た目年齢で6、7歳かなとは思ってたけど、そういえばちゃんと聞いた事が無かったと今更ながらに気付いてしまった。
と、そんな俺にも串が差し出される。
「はい、兄ちゃんも!」
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ串と入れ違いにお金を渡し、クイナ「じゃ、行くか」と告げる。
すると彼女は薄紫色の瞳をキョトンとさせてつつ首を傾げた。
「食べないの?」
「勿論食べるよ。でも言っただろ? 『俺のやりたい事に付き合ってくれ』って」
言いながら、歩き出す。
するとまだ良く分かっていないながらも、付き合ってくれる気はあるらしい。
彼女の為に開けておいた右手を、小さな左手がギュッと握ってきた。
道行く人々の顔は、もう既に良くは見えない。
落ちかけた夕日に照らされる視界は少し薄暗く、こちらに向かって歩いてくる人の顔は逆光もあって黒い影になって見える。
それでもまだ沢山の人がメインストリートを往来していて、その人込みに俺達も紛れる。
嬉しかった。
この景色の一部になれている事が。
誰も俺達を振り向いたりしないこの状況が。
だってそれは今までずっと、俺が決して味わう事の出来なかった事だから。
そして俺が『ずっとやりたかった事』は、その延長線上に存在する。
「……俺、ずっと『街での歩き食い』っていうのをしてみたいと思ってたんだ」
呟くように、3つ目をカミングアウトした。
するとクイナが俺を見上げてこう聞いてくる。
「歩き食いって、歩きながら食べる事……なの?」
「うん、その通り」
「やりたいんならすれば良かったのに」
「それが簡単に出来れば良かったんだけどな……」
心底不思議そうなクイナに、俺は少し苦笑する。
以前の、王太子だった頃の俺にはそもそも、城下へ降りる事さえ許されてはいなかった。
視察として道を通る事はあっても、安全性を考慮すれば今の様に人に混じって歩くなんて許される筈が無かったし、市井の物を口にするなんて事も言語道断の類だった。
そんなダメとダメが組み合わさったかのような『歩き食い』なんて経験、まさかさせてもらえる筈が無い。
しかしこれは、クイナが知らない世界の常識だ。
そして別に知らなくていい。
「俺が前居た所は、クイナが思う『当たり前』が叶わない場所だった。そういうルールだったんだよ」
必要な所だけを掻い摘んで教えてやると、キョトンとした顔で「そうなの?」と言ってくる。
それに頷けば今度は「むぅ」と唸りながら何やら考え、憂鬱そうに言葉を吐いた。
「それって何だか、とってもとっても窮屈そうなの」
「そうだな、俺もそう思う。でも今は、俺ももうそのルールから解放された。だから良いんだ」
そう言って、俺はまだ湯気が立ち上る串焼きにかぶりつく。
するとタレの香ばしさと共に、肉の中に閉じ込められた肉汁がジュワッと溢れてきて。
「あっふ(熱っ)!!」
突然の事にビックリして、軽くパニックを起こしてしまう。
噛み切った肉が口の中で、舌を攻撃して痛い。
超痛い。
さっきは「熱い」って言ったけど、もう痛いとしか思えやしない。
「なら出したらいいじゃんか」ともしかしたら思うかもしれないが、せっかく初めての『歩き食い』なんだし、痛みで味とかイマイチ分からないんだけど、多分肉自体は美味しい。
そういう理由で半ば無意識に、「口から出す」という選択肢は全く思いつかなかった。
だからどうにか熱さから逃げようと、口の中で肉ハフハフと転がした。
正直言って、涙目だ。
そうやってどうにか食べられる熱さまで温度を下げる事に成功し、改めてモグモグと咀嚼する。
「ふん、ほいひい。はめははふほほはひはへる(うん、美味しい。噛めば噛むほど味が出る)」
肉だけじゃない。
味付けに使っているタレも良い。
城で出る料理には大抵香辛料がたくさん使われていたんだけど、それとはまた「コンセプトが違う味付け」という感じだ。
なんかこう、ちょっと脂身が多くてコッテリ気味の肉の味を邪魔しない、最低限の絶妙な味付けという感じだ。
何だかのど越しの良いアルコールが飲みたくなる。
……まぁ今はクイナも居るし、実際には飲まないけど。
しかし、それにしても。
(正直言って、「熱さ」をかなり舐めてたわ~。そもそも熱さに注意するとか、今までは無かったし……)
そんな風に一人言ちる。
今まで出てくる料理たちは全て毒見が必要だったから、俺の口に入る頃には既に冷めてしまってた。
だからそういう危機意識を抱く機会が無かったのだが。
(熱いって、痛いんだなぁ)
生まれてこの方18年と少し。
この時俺は、初めてそんな事を知ったのだった。
因みにクイナはと言うと。
「めっっっっちゃ熱いから気を付けろ?」
「うんなの! ……(モグモグモグモグ)……おいしいの!」
「あ、そう……」
俺なんかよりもずっと熱いものの食べ方が上手だった。
そして俺の口の中は、この日一日水を飲む度にピリリと痛むことになる。
(こりゃぁちゃんと熱いものを上手く食べる練習、しないとダメかぁー……)
何だかちょっと恥ずかしいので、クイナにも内緒で俺は密かにそんな目標を立てたのだった。
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