第45話 爆散スライム、泣いたクイナ


※一部残酷表現があるかもしれません。

 あまり深くスライムに感情移入せずにお読みください。


――――

 


 目の前にピョンッと姿を現したのは緑色のプルルン素材だ。


「グリーンスライム、かな」


 スライムには色々な種類がある。

 図鑑で得た知識によるとそれぞれに食の好みがあるらしく、その好みと種類がどうやら符合しているらしい。

 しかしその起源は未だに解明されていない。


 元々は同じ生物で、個体の食の好みによって体内に取り入れるものが偏った結果色や性質が変わるらしいという説。

 そして、生まれた時から種類は個体毎に決まっていて、それぞれに必要養分が違うから食べるものの種類が異なるという説。


 どちらの説も拮抗して支持者がおり、その解明になんと『スライム研究家』と呼ばれる一部の変人――もとい大の大人たちが、日夜議論を戦わせる職業があるらしい……という話を、前に王城で世間話がてらに伝え聞いた事がある。

 

 結局のところ『卵が先か、鶏が先か』という話をしているとの事だ。


 俺にはあまりその面白さは分からないが、少なくともそういった方々にとってはかなりの難題であり楽しい議論の対象なんだろう。



 ともあれアレは色的に、グリーンスライムに違いない。


 この辺は草葉が生い茂ってるから餌にも事欠かないだろうし、そもそも薬草を根こそぎヤラれないようにするためのスライムの間引きらしいから、この種類がここに居るのはむしろ自然な事である。



 どちらにしろ、スライムは見つかった。

 内心で少し安堵しながら「ほらクイナ」と振り返る。


「ずっとお前が楽しみにしてたスライムが――」


 瞬間、俺の隣を風が駆けた。


 止める暇も無い。

 地を蹴ったクイナは、獣人の身体能力なのか。

 瞬間的にトップスピードにまで乗って、5メートルほど先に居たスライムの方へと突進し――。


 パンッ。


「あ」


 両手でギュッと捕まえたところで、スライムだったモノとクイナに悲劇の音が炸裂した。


 否、違う。

 悲劇はクイナ、スライムには悲惨な末路が訪れた。


 まるで風船が割れるかのように、彼は見事に弾け飛んでしまった。

 慌てて追いかけた俺の太ももにさえゼリー状の緑がペチャリと貼り付いたんだから、ゼロ距離だったクイナの被害はそれよりあっただろう。


 今日の彼女は午前中に新調したばかりの服を着てた。

 新しい服をあんなに喜んでたんだから、こんな汚れ方をしたらショックもさぞかし大きかろう。


「「……」」


 2人して無言なった中、ペタンと地面にへたり込んだ彼女の膝の上から時間差で、スライムの核だった筈の小さな魔石が地面にコロンと転がり落ちる。


(えーっと……一体どうフォローしたら……?)


 彼女の背中にそう思う。



 まぁ一応討伐証明部位である魔石はゲットできた訳だし、やっぱりここは「討伐成功だ、おめでとう」?。

 それとも俺以上に全身をベッチャベチャにされたんだから、「大丈夫か? まぁ冒険なんて服が汚れてナンボだからな。大人の階段一つ登ったな!」の方が良いのか?


 うーん、分からん。

 っていうかそもそもコイツ何であんなにスライム討伐したがってたのか。


 そう思ってハッとした。


(もっ、もしかして『魔物をペットにしたかった』とか?!)


 そんな想像に青ざめる。



 スライムが子供のペットにされる事は、平民周りでは割とある話らしい。


 本当は狩猟の相棒にもなれて躾けられる犬なんかがペットとしてはベストだが、スライムならば子供でも簡単に捕まえられるし、種類を選べば脅威度もかなり低い。

 

 その上餌に困る事も少ないから、飼う負担もかなり少ない。


 安全で、金もかからずに育てられる。

 見た目もまぁ、プルルンふよふよとしてて愛らしい。

 だから初めてのペットにスライムを拾い、親に隠れて育てたりしている子供も居る……というのはシン情報だ。


 クイナが同じような事をやりたいと思っても、そうおかしな話じゃない。



 しかし、もしそうならばこれはまさしく悲劇だろう。

 だってそれって、つまりはこれから仲良くしようとしていた相手がその、ちょっと言い難いけど……まさかの目の前で爆散しちゃった訳だしな。


 あぁ、一体なんて言って慰めれば良いんだ。


 「今回は縁が無かったんだろう」?

 「他にもスライムはたくさん居るさ」?


 ……どうしよう、なんか好いた相手に振られたばかりの友人を慰めているような気分になってきた。


 なんて思っていると、クイナがグリスと鼻をすすった。

 見れば顔から、ポタポタとしずくが落ちている。

 

 ……泣いている。



 や、やっぱり『ペット』が正解かーっ!!


 えっ、どうする? どうする?! どうすればいい?!

 何て言って慰める?


 そう思った時だった。


「せっかくの甘くておいしいクイナのが……」

「は?」


 あまりにも予想の斜め上を行くその言葉に、俺は思わず声を上げる。


「スライム、楽しみにしてたのに……」


 グスリ。

 涙声で鼻をすする彼女に俺は、思わず呆然としながら思う。


 え、スライムって食べられるの?

 と。



 いやまぁ確かに、オークだってあんなに美味しい串焼きになった訳なんだから、別に魔物が食用として用いられる事自体に疑問がある訳じゃない。

 が、スライムが食べられるっていう話なんて、少なくとも俺は聞いた事が無い。


 うーんでもなぁー、クイナは美味しくいただく事を本気で夢見てるみたいだし、口ぶりからすると食べた事があるみたいだし。


 そんな風にちょっと考えた結果。


「……いやまぁ、とりあえず体洗うか」


 俺の中の冷静な部分がそんな英断を下してくれた。

 確かすぐ近くに川が流れていた筈だ。

 とりあえずそこでクイナを洗えばいい、と。


 へたり込んだクイナに手を差し出せば、彼女は涙声で「ゔんなの」と頷きつつ握り返された。


 因みにだけど「スライムが本当に食用に出来るのか」については、安全に配慮して念のため後でちゃんと調べます。


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