第5話 不思議な力
朝帰りする私に付き添ってくれた女性、
「コトリゴトの『ひなたん』というのは、あなたのことですね?」
図星であった。私のハンドルネームは「ひなたん」。そして、そのひなたんに向けられた
「な、なんのことでしょうか?」
「とぼけないでください。あなた、『ドラゴンフルーツちゃん』のフィギュア、持ってますよね?」
「このひなたんさんの写真、この部屋ですよね? あのパソコンデスクの上」
「ごめんなさい。勝手に見てしまって。食材が無いか探していたのですが……」
「ああ、いえ、でも、そのフィギュアを持ってる人なんて、いくらでもいるんじゃ?」
私は悪あがきを試みる。
「いませんよ。このキャラクター、人気ないんですもの。フィギュアが出ても、パンツの柄が気持ち悪いって」
「"人気"ですか」
「私があの駅に居たのは、この子のキーホルダーを付けた人を探していたからで……」
私は大変なことに気付いた。
「あれ、カバン……ない! あっ、あなたが持ってるんですか?」
「やっぱりなんですね。私、カバンなんて言ってませんよ? あなたはカバンなんて持ってませんでした」
「え? じゃあどこで……」
記憶を辿ると、会社を出た時には既に身軽だったことを思い出す。
「あー、会社に置いてきちゃったみたいです」
「そうですか。無くしてなくて良かったですね。で、あなたがひなたんさんなんですね?」
私は
「はい、その通りです。でも、なんで私なんかを探して?」
「あなた、スマホは見てないんですか?」
「あ、ああ、ずっと仕事してて、触ってなくて……」
私は壁際のハンガーにかけてあるスーツのジャケットから、スマホを取り出した。
「あっ、通知来てます! 『コメントがつきました』って」
そこには本名でコトリゴトに登録している
「『どうお考えでしょうか?』ですか。やっぱり、最近話題になってるあれは、私のせいなんですかね?」
私は
「話題になり始めた時期もそうですし、差別的な
「やっぱりですか。で、でもっ、私のフォロワー、ゼロなんですよ? そんな人の言葉が人に悪影響を与えますかね?」
「えっ?」
「ほ、本当ですね。なぜですか? フォローを断ってるんですか?」
「そんなことしてませんよ。私は必死に自己アピールして、フォローも沢山したけど、誰ひとり私をフォローする人なんていませんでした」
「不可解なことがあるものですね。しかし、あなたの言葉が人々に影響を与えたことは事実でしょう。問題はあなたの文章にあります」
「問題ですか……」
「はい、この文章、自分で読んでみて貰えますか?」
「ああっ、はい。えっと……人間はざっくり2種類しかいないと思う……コミッ、コミュニケーショ、ンが下手で悩んでる人と、コミュニケーションが下手でっ、じゃないや、なことに気付いてない人。下手なことに気付いて……ない人の方が得してるんじゃない? そんなの、そんなの不公平だよ……」
私はその時、しかめっ面をしていた。
「どうですか?」
「……よくわかりませんね」
「その通りです。その文章はよく読めばちゃんと意味が通りますが、人が瞬時に理解できる情報ではありません。大抵の人はあなたと同じように、よくわからないと感じてスルーすることでしょう」
「でも、最初はいいコメントもついてたんですよ」
「それは、文章を読むことに慣れ親しんだ、ごく一部の人を納得させたに過ぎません。あなたの書き込みが広まるにつれて、よく読まずに反応する人が増えたのでしょう」
「そういうことですか。でも、私は今話題になっていることとは、逆のことを書き込みました。なぜこんなことに……」
「それは、あなたの文章が人の不安をかきたてたからですよ」
「不安をかきたてた?」
「そうです。あなたの文章は難しい言い回しで、意味ありげで、人の心に不安を与えるものだったのです。不安に対する人の反応は大まかにふたつ。ひとつは悩んだり落ち込んだりすること。もうひとつは怒り覚えることです。怒りを覚えた人は、『コミュニケーションが下手』というわかりやすい部分にだけ反応してしまったのでしょう」
「怒りがみんなを狂わせたってことですか?」
「いえ、狂ってなんかいませんよ。それが普通なのです。人は不安に対して、それを解消するために悪者探しを始めるものです。そうやって自分を守っているんですよ」
「私は落ち込む方だと思います」
「そうですか。それもまた、自分を守るための反応です。ともあれ人は、不安をそのままにしておくことはできないのでしょう」
「わかりました……ごめんなさい。人を不安にさせる言葉を使ってはいけませんよね。私はただ、話を聞いて欲しかっただけなんです。私は人を安心させることを言えるようになります」
「ええ、あなたのその言葉、しかとこの耳で聴きましたよ」
「これ、私の言葉……」
「はい、みなさんにも聴いてもらおうと思いまして」
そこには、「ごめんなさい。人を不安にさせる言葉を使ってはいけませんよね。私はただ、話を聞いて欲しかっただけなんです。私は人を安心させることを言えるようになります」と、書き込まれていた。
「あはは、参ったなあ……」
「この謝罪でフォロワーも増えるかもしれませんね」
「いや~、もうSNSは
「私が見てましたけど」
「それは、私が悪いことをしちゃったからで」
「あなたは悪くありませんよ。あなたの言葉にはきっと、人の心を動かす不思議な力があるんですよ」
「力ですか。なんかマンガみたいな話ですね」
「マンガの能力者はもっと目立つものですけどね。あなたはさしずめ、"
「なんですか、それ?……ふふふっ」
「ふふ……あはははははっ」
「あははははははっ!」
私たちは何故かふたりで笑っていた。
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