第3話 星宮 澪織

 どうしてこんなことになったのか。私がSNS「コトリゴト」に書き込んだ言葉は、私の意図に反する意味で拡大していった。みんな、自分はコミュニケーション強者だとでも言いたげに、「コミュしょうが悪い」と言っている。ネットニュースでもこの話題は取り上げられた。そこでも、「コミュニケーションが苦手な方にも問題がある」という論調ろんちょうが幅を利かせる。3月も下旬にさしかかる時期、その影響はリアルにも及び始めていた。


「すみません、先輩」


「ん、なんだ?」


 これは、昼休みに街に出た会社員、男性2人の会話である。


「ポイ捨てはダメですよ」


「ポイ? ポイって金魚すくいで使うアレか? そんなもの俺は捨ててないぞ」


「空き缶です。今ポイ捨てしましたよね?」


「馬鹿野郎、俺は置いただけだよ。ポイってのは投げた時の音だろ?」


「同じことです。ゴミは持ち帰って分別するものだと、条例で決まっているんですよ?」


「お前コミュしょうの癖にこういう時だけよく喋るよな。コミュしょう健常者けんじょうしゃに意見していいと思うなよ」


 このように、他人をコミュしょうと決めつける者も居た。2人は先輩後輩の関係、一方的にもなろう。それでも後輩は食い下がる。


「話をそらさないでください。僕のことはともかく、これは持って帰りましょう」


「何、いっちょ前に正義感燃やしてんだお前? なんで外で出たゴミを持って帰らなきゃならないんだよ? 俺だってゴミ箱があればそこに捨てるよ。でもな、今、町中どこを見たってゴミ箱なんてないだろ? 店の中ですらないんだぞ? 仕方がないだろうが」


「社会のルールに反しています。ダメです」


「あのなぁお前、あれ見てみろよ」


 先輩が指さした先には、ゴミ拾いをしている集団が居た。それは、「星神輿ホシノミコシノ会」を名乗る慈善事業じぜんじぎょう団体。団体の最終的な目標は全人類の幸福で、それを叶えるための一環として清掃活動を行っていた。彼らのお陰で街は清潔に保たれているのだった。


「ここに置いておけばあいつらが片付けてくれるだろ? だからいいんだよ」


「良くないですよ! 人として間違っています」


 語気を強める後輩に、先輩は呆れる。


「いいか? あいつらの中に巫女装束を着た金髪が居るだろ? あんな恰好じゃゴミを拾いにくいだろ? そでは邪魔だしはかまも汚れる。なんであんな恰好してるのかわかるか?」


「ど、どういうことですか?」


「ありゃコスプレだよ。目を引く格好で宣伝してるんだ。ボランティアとかいうけど寄付は受け付けてる。会員も増やしたい。つまり、金のためにやってるんだ」


「そうだとしても、それとポイ捨ては関係ないんじゃ?」


「まだわかんねえのか? 街にゴミが無いとあいつらは活動を続けられないんだよ。だから、俺がわざわざゴミを作ってやってると言ってもいい」


「そんな、じゃあせめて、あの人たちに直接渡して……」


「はぁ、だからお前はコミュしょうなんだよ。直接渡したらゴミ拾いにならないだろ? 何事も手続きが必要なんだよ。パチンコ屋は直接金出さないだろ?」


「それでも、やっぱりおかしいと思います」


「お前もいい加減しつこい奴だな、コミュしょうなんだからもう黙っとけ。二度と口答えするんじゃねえぞ」


 結局、後輩は黙らされ、空き缶は放置されてしまう。それを拾いながら、去り行く会社員2人の背中にうれいの視線を送る女性が居た。彼女の名前は星宮ホシミヤ 澪織ミオリ。彼女は声優として活動する傍ら、星神輿ホシノミコシノ会の幹部を務めていた。彼女はその団体のトップ、星宮ホシミヤ 恒彦ツネヒコの孫であり、24歳の若さで多くの会員を従えていた。


澪織ミオリ様、気にしてはいけません。我々は人々の幸福のために必要なことをしているだけです」


「山本さん!」


 澪織ミオリの鋭く輝く青い瞳が、活動を共にする会員へと向けられる。


「はい!」


「あの方は何故、罵られていたのでしょうか?」


「え?」


「ですから、何故あのような不当な扱いを受けていたのでしょう? あまりにも一方的ではないでしょうか?」


「そ、そうですね。最近あのような人が増えていると、ニュースにもなっておりました」


 会員の冷や汗を見た澪織ミオリは、平静を取り戻す。


「すみません。取り乱してしまいました。ですが、あのような方のためにも、我々は活動を続けなくてはなりません。今は目の前の問題を片付けましょう」


「はいっ、そうですね」


 街の清掃活動に戻る澪織ミオリと会員たち。しかし、澪織ミオリの表情にはまだかげりが残る。それは、自分たちの活動に対する、侮辱ぶじょくを耳にしたからであった。


「あの人、宣伝だなんて……」


 夕刻、帰宅した澪織ミオリは、ブツブツつぶやきながらパソコンで「コミュしょう」と検索する。


(酷すぎる、こんなの許せない!)


 彼女はネット上で加熱するコミュしょう叩きをの当たりにする。しかし、聡明そうめいな彼女は、人を信じる心を捨てていなかった。


(でも、この人たちは話題に悪乗りしているだけ。原因を作ったのは誰なの……?)


 その話題の発端を追求する澪織ミオリ。正義感に燃える彼女が辿り着いたのは、当然、私の投稿であった。


「人間はざっくり2種類しかいないと思う。コミュニケーションが下手で悩んでる人と、コミュニケーションが下手なことに気付いてない人。下手なことに気付いてない人の方が得してるんじゃない? そんなの不公平だよ」


 澪織ミオリは、私のアカウントのフォロワーがゼロであることに疑問も持たず、どういった意図で投稿をしたのか問い質そうとする。


「この投稿が発端になって、差別的な振る舞いをする人が増えています。このことをどうお考えでしょうか?」


 だが、アカウント名「ひなたん」こと私に、スマホを触る余裕などなかった。


「すいません! すみません!」


「すみませんじゃすまねーんだよ! お前の謝罪に価値なんてないんだよ。これ終わるまで帰れないからな」


 その日私は、システムのリリース中に不具合が発覚し、帰宅することも許されない状況だったのだ。


「もう! なんで返事しないの!」


 澪織ミオリ苛立いらだちを口にする。一方、私は終電を過ぎて尚、リリースのため手を動かし続けていた。澪織ミオリ苛立いらだちの矛先を、リアルの私を特定することに向け始めた。


(この人、自分のこと、たくさん投稿してる……)


 私が自己アピールのためと書き込んだ、数々の情報を追う澪織ミオリ


「私、23歳なんですよ」


「私の代わりに仕事してくれるシステム作りたいな。そんな時間ないけど」


「この電車、昔は隣に走ってる電車と同じ黄色だったけど、人の血を吸いすぎてオレンジになったのかってくらい人身事故が多いんだよね」


 澪織ミオリは、私が社会人であることを知り、通勤ルートを特定して行く。


(多分、あの駅なんだろうけど、何か決定的な情報が欲しい。写真はないのかな?)


 私が投稿した書き込みは100件を超えていた。澪織ミオリはスクロールを繰り返し、1枚の写真で指を止める。


(これって、ドラゴンフルーツちゃん!?)


 そこには私が所持しているフィギュアが写っていた。それは、澪織ミオリが声優として初めて担当したキャラクターだった。


「この子、私のお気に入りのドラゴンフルーツちゃん。人気はない!」


 私の書き込みには遠慮がなかった。果物をテーマにしたアニメのキャラクターで、リンゴやミカンなどのメジャーなフルーツの中にドラゴン。そんな、空気が読めていない感じが好きだった。澪織ミオリは更に投稿を追い、私がかばんにドラゴンフルーツちゃんのキーホルダーを下げていることを知る。


(この人、会ってみたい!)


 彼女は当初とは違う感情から決意する。窓の外には日が昇り始めていた。


(会えるかわからないけど、行ってみよう)


 通勤中の人に紛れるためスーツに着替えた彼女は、通勤ラッシュを掻い潜って私の会社の最寄り駅にやってきた。


(ドラゴンフルーツちゃんのキーホルダー……)


 彼女は改札を出てすぐ横、案内板の前で待ち合わせをする振りをして、改札を出る人々のかばんに目を光らせていた。


 その頃、私はやっとのことでリリースを終え、会社を後にしていた。


「うっ、まぶし……」


 朝の日差しが目に突き刺さる。徹夜明けの私には精神的なダメージも大きい。しかし、私はなぜか身軽さを感じていた。私はそれを達成感からくるものだと信じて疑わなかった。私はこれから出勤する人々をうように歩き、駅を目前にしていた。


 ふらっ……


 一瞬意識が途切れたかと思うと、私は地面に尻餅をついていた。改札から出てくる人々は私を避けて通り過ぎて行く。気が動転どうてんした私は、そのまま数秒間動くことができなかった。見上げてみれば、相変わらず太陽が眩しかった。


「大丈夫ですかっ!」


 私の目の前に、日光をさえぎる影が現れる。ズレたメガネを直すと、スーツ姿の女性が私を心配そうに覗き込んでいた。彼女は尻餅をついた私に駆け寄ってきたのだ。青く輝く瞳と、ポニーテールに束ねた金髪が美しく目に映る。そう、それは星宮ホシミヤ 澪織ミオリ、その人であった。

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