第4話 お節介がやってきた
3月下旬、ある日の朝、私はシステムのリリースを徹夜で終え、会社から駅へ向かっていた。そこに待ち受けていたのは、SNS「コトリゴト」に端を発する騒動から行動を起こした
「どうしました? 救急車呼びますか?」
「……うう、すみません。大丈夫です」
「大丈夫じゃないようですね。私にできることはありますか?」
「気にしないでください。自分で歩けます」
私はアスファルトに手をつき、立ち上がろうとしたが、力が入らなかった。
「そんな体調で無理しないでください。救急車、呼びましょう」
「帰って少し寝れば良くなりますから。こういうのは慣れてまして」
「でも、あなたのような人、見過ごすことはできません」
「放っといてください。あなたには関係ないじゃないですか」
「放っておけません! 私はあなたのように苦しんでる人々のために活動しています。あなたのような方が酷い目に遭っているのに、放っておけると思うのですか? あなたにも幸せになる権利はあるんですよ」
私は自分が見下げられているように感じて、頭に血が上った。
「馬鹿にしないでください! 私が不幸だとでも? 私だって自分なりにちゃんと生きています! あなたは赤の他人にそんな世話を焼いて、暇人なのですか!?」
「暇人っ!? 私がそんな風に見えるのですかっ!?」
「周りを見て下さい。みなさん仕事に向かっているでしょう? 毎日遅刻せずに出勤することがいかに大事なことか、暇なあなたにはわからないのでしょうね」
「くっ! こっちが優しくしていればそのような言い草!」
「気に障りましたか。どうせ私はコミュ障ですからねっ」
私は目を細め横を向き、少し口を尖らせて吐き捨てた。
「そうやって、自分を卑下して逃げて、弱者を気取らないでください!」
「気取ってなんていませんよ。私なんて助けてもらう価値もありません。それだけです!」
「ぐっ! 価値? 価値ですって!? あなたは人間が価値で計れるとでも思ってるんですかっ!! はぁ……はぁ……!」
息が上がるほど
「……ごめんなさい。でも、そんなに大声出さなくても、みんな見てますよ?」
朝のラッシュ時に叫んでる
「……とにかく、命はみな等しく尊いものなのです。あなただってその貴重なひとり。どうか、助けさせてくださいっ!」
怒った矢先、地面に膝をつき
「なんでそこまで……とにかく、救急車は必要ありません。気持ちはありがたいですけど、あなたに迷惑をかけるほどのことじゃ……」
私は
「わかりました。救急車は呼びません。でも、せめて家まで付き添わせてください。もし、ホームから線路に落ちでもしたら……」
「……寝覚めが悪いですもんね。わかりました」
私は少し目を逸らしながら
「では、参りましょう」
「なんか、恥ずかしいですね」
「朝に帰宅するのに慣れてるとは、あなたのお仕事はなんなんですか?」
「……はぁ、どこで降りるかわからないのですが」
その疑問をよそに、私は
「あ、降ります! 降ります!」
社会人の習性であろうか。目的の駅に到着すると自然に目が覚める。私は隣に
「ああっ、ちょっと待ってください!」
「もう、無理しないでください。ほら、つかまって……」
「すみません……」
私は
「なにしてるんですか?」
「ああ、いえ、タクシーを呼ぼうと思って。ご自宅はどちらですか?」
「ああっ、そんなに遠くありません。ここから10分ですっ!」
「そうですか。ならば……」
「なっ、何するんですかっ」
「ふふ、さて、道案内、お願いしますねっ♪」
なぜか彼女の顔はほころんでいた。私のナビに従って、彼女は私の自宅へと向かう。
「しかし、軽いですね。ちゃんとご飯食べてるんですか?」
確かに私は150cm、40kgと、標準的な女性より痩せていた。え? 40kgをひょいっと?
「食べてますよ。ご飯ならいつも冷凍してストックしています。あ、たまにパンも食べるんですよ」
「それだけですか? 野菜や肉も食べないとダメですよ。ましてやダブル炭水化物なんて重罪です」
「ああ、そうなんですか? いや、上司が奢ってくれる時は野菜や肉も食べますけど……」
「うーん、もしかして、食べるのが好きじゃないんですか?」
彼女が私を見ると、私は彼女の腕の中でとろんとした目をしていた。彼女は無理に話しかけず再び歩き出す。
「……けれどーなみだはー、いらないー……♪ ぼくらにはー、ははがいるー、ちちがいるー……♪」
私はゆりかごのような彼女の腕の中で、寝息混じりに歌を口ずさんでいた。
「へいわでー、ゆたかなー……♪ あ、そこ左に曲がって、右に見えるマンションです……
私は途切れそうな意識をつなぎとめ、最後の案内を終える。
「あの、鍵、開けてもらえますか?」
少し目を覚ました時、私は自分の部屋の目の前にいた。私はポケットから鍵を取り出して扉を開ける。部屋の中、壁にかかった時計の針は、9時30分を指していた。そこで私の意識は完全に途絶えた。
――目を開くと、私はベッドの上で布団の中に居た。窓から見える空はオレンジに染まり、とても綺麗だった。
(そっか、あれからずっと寝てたのか。会社は今日は明け休ってことになったんだよね)
冷静に考えていると、透明感のある声が私の耳をくすぐる。
「あら、起きたんですね。では、ご飯にしますか」
そこにはニットを着てジーンズを履いた、やけにカジュアルな
ピッ……ゴソゴソ……トントントントン……
「な、何してるんですか? 勝手に
私はベッドから起き上がる力もなく、
「人を
「そんな、いいですよ、そこまでしてくださらなくて」
きゅ~ぐるぐるぐる……
私の言葉に反して私のお腹は欲望に正直だった。
「ふふっ♪ ここまでさせておいて、追い帰すつもりですか?」
あなたが勝手にやったんでしょう、そんな言葉も出てこなかった。諦めて窓の外を眺めていると、
――15分後
ピーッ!
「さて、できましたよ」
「よいしょ……」
「自分で起きられましたね。よかった」
私はYシャツ1枚の姿だった。いつの間に脱いだのか、そんなことは気にならなかった。
「えへへ、本当にいいんですか?」
「もう用意できてるのに、それ言います?」
にっこりと微笑む
「って、大盛ですね。みそ汁も……じゃあ、いただきます」
「召し上がれ。私も、いただきます……」
私はこの時、ご飯の美味しさを始めて意識した。
「なんですかこれ? 黄色いお花?」
「それは菜の花です。野菜と卵と漬物は、近所の農家さんの無人販売所で買ったんですよ」
ほろ苦い春の味がした。ぬか漬けのカブも香ばしい。
「美味しい……ありがとうございます。料理お上手なんですねっ!」
「どういたしまして。でも、これは素材を切り揃えて煮ただけですから、手間はかかってないんですよ?」
「そうなんですねっ、でも、素材の味が生きてるって言うんですかね? ものすごく美味しいです。……はむはむっ、ごほっ!」
「ふふ、そんなに慌てないでください」
私は夢中で
「ごちそうさまでしたっ! ホントに美味しかったです!! ……あ、食材を買ったお金は?」
「いいんですよ。気にしなくて。ただ、あなたを助けたかっただけです」
「うう、なんというお節介さん……なんか、お母さんみたいですね。もしかして、
「……あはは、なんですかそれ? でも、あなたのその顔が見られたので嬉しいです」
彼女は目を閉じ、噛み締めるように言った。
「あれ、そんな変な顔してましたか? でも、本当に助かりました。駅でのことは謝ります」
頭を下げる私に、彼女も頭を下げる。
「いえいえ、私も申し訳ないことをしました……コホン、では、本題に入りますか……」
「ふえ……?」
「コトリゴトの『ひなたん』というのは、あなたのことですね?」
先程とは打って変わって、鋭い眼差しを向ける彼女を目の前に、私は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。
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