第18話 神主を継ぐ者

「そうか、そう言ってくれるか。ならばもう、私に思い残すことはない。ゴホッ! ゴホッ! ……話し過ぎたようだな。少し疲れた。すまないが、眠らせてくれないか?」


「はい、おじいさま……」


 それから、星宮ホシミヤ 恒彦ツネヒコが目を覚ますことはなかった。彼の死を知ったのは、澪織ミオリとその父母と、星神輿ホシノミコシノ会の幹部の一部のみだった。そして、澪織ミオリの父、コノエは人知れず計画を立てていた。彼は訃報を聴いてすぐ、星神輿ホシノミコシノ会の上級幹部のみを集めて会議を開いた。


「皆に集まってもらったのは他でもない。ここにいる皆が知っているように、私の父、星宮ホシミヤ 恒彦ツネヒコは亡くなった。しかし、それを限られた者にしか知らせていないのには訳がある。私はまだ、星神輿ホシノミコシノ会全体に、神主の死を公表すべきではないと考えているのだ」


 幹部のひとりがすぐに反応した。


コノエさま、それはなぜですか? 会員のみなさまにも、神主の逝去せいきょをいち早くお伝えしなくては!」


「うむ、それが正しいだろう。しかし、組織にとって望ましい結果をもたらすとは限らない。星神輿ホシノミコシノ会は大きくなり過ぎた。神主の存在と影響力はあまりに偉大だ。その死を知ることで衝撃を受け、絶望に暮れる者が現れることだろう。それに、跡継ぎの問題もある。神主の立場を継ぐ者には、それ相応の器が必要だ」


 別の幹部が、椅子から上半身を乗り出して、割って入った。


「そ、それは、コノエさまが神主となればよろしいのではないでしょうか? まさか、その資格がないとでも?」


「私だって神職の資格は持っている。形式上の神主になるのは何も問題が無い。しかし、星神輿ホシノミコシノ会における神主となれば話は別だ。私には星神輿ホシノミコシノ会を象徴するほどの存在にはなれない。父は器が違ったのだ。父の代わりをできるような人間はいない」


「何を弱気なことを、他の人間ならばいざ知らず、コノエさまならば立派に神主を継げることでしょう。それに、今までだって、決議を行ってきたのは神主でしたが、実際はコノエさまが……」


「それを言わないでくれ。私がそうしてこれたのも、父のカリスマあってのこと。それに、父だって自ら納得した上で、自分の言葉で会員たちに語り掛けてくれていた。そう、今まではそれでよかったのだ。しかし、私はこれを契機に、星神輿ホシノミコシノ会は変わるべきだと考えている」


「と、言いますと?」


澪織ミオリのホームページのお陰で、我々は多くの研究機関を引き入れることができた。その中に人工知能、いわゆるAIの研究をしている機関がある。私はもしもの事態に備え、AIに父の人格を再現させる用意をしていた。


 星神輿ホシノミコシノ会に必要なのは、ひとつの組織にまとまるための指導者だ。それが人間であれ、機械であれ、間違いを犯さなければ問題はない。そしてAIは、人間より的確に判断を下すことができる。それによって、星神輿ホシノミコシノ会の結束を、更に盤石なものにするのだ」


「待ってください、それはなりません!」


 ひときわ清楚で凛々しい声が上がる。その声の主は澪織ミオリだった。


澪織ミオリよ、何がいけない? AIの発展は日進月歩だ。最初は気象を予測するシステムだったそうだが、その的中率たるや神懸っていた。それは、膨大なデータとその統計によるものだ。それを疑似人格の形成に転用できるんだ」


「そのようなこと、いくらお父さまが星神輿ホシノミコシノ会のためと仰ろうと、看過することはできません」


「神主は星神輿ホシノミコシノ会の決裁権を持っているだけだ。会員は自分の意志で活動している。それが何故だかわかるか? 神主の理想に共感し、神主を尊敬しているからだ。神主無くしては、星神輿ホシノミコシノ会は存在し得ないのだ」


「人を導くのは、人の意志でなくてもいいと言うのですか?」


「いや、むしろ人にはできないことだ。情動に左右される人間よりも、機械の方が確固たる意志を突き通すことができる」


「ですが、いつかおじいさまの死を隠し通せなくなる時が来ます。その時はどうするおつもりですか?」


「別に永遠に隠しておく訳ではない。AIが神主を演じきれると判断した時点で、AIには神主、星宮ホシミヤ 恒彦ツネヒコとして遺言を述べてもらう。『自分の死後、AIに星神輿ホシノミコシノ会の決議を委ねる』と。それから、落ち着いた頃に亡くなったことにすれば、神主の死による悪影響を最低限に留めることができる。


 父は死後も会員たちの心の中で生き続ける。多くの人々はこれまで、神を信じることで心を守ってきた。これからは、父が星神輿ホシノミコシノ会の神となるのだ!」


 澪織ミオリは父に軽蔑の眼差しを向けた。


「正気ですか? 神を作るだなんて……!」


「何を言う? 神は皆、人が作ったものだ。必要だから作ったんだ。私はそれと同じことをするだけだ。永遠に生き続ける理想と、人に道を指し示す機械が、私たちの未来を明るく照らしてくれるはずだ」


 澪織ミオリは目を伏せて席を立った。


「……そうですか、もう何も申し上げることはありません。お父さまがそう仰るなら、それを証明して見せてください。ただし、それで起きることによっては、私も動きます」


「ああ、それで良い。早速、準備に取り掛かるぞ!」


 澪織ミオリは父の言葉を聞き終える前に、会議室を後にしていた。


 こうして、澪織ミオリの父の決断により、神主はAIの疑似人格にすり替えられた。


 神主は、動画サイト「IaMovieアイアムービー」に「神主チャンネル」を開設し、毎週動画配信を行っていた。澪織ミオリの父は、AIに神主の姿と動作、声を再現させて、ライブ配信に臨んだ。


「夏が近付いてきました。油断していると熱中症になる恐れがあります。暑さを感じたら水分補給と、冷房の使用を検討してください。皆が心穏やかに過ごされることを切に願います。さて、来週の天気ですが……」


 視聴者のコメントにも即座に反応する神主。それがAIにすり替わっているなどと考える者はいなかった。何週も放送を続けるうちに、時折天気予報を挟んだりしたものの、AIは一般視聴者のみならず、熱心な星神輿ホシノミコシノ会の会員をも完全に欺いていた。それは、澪織ミオリの父、コノエの予想を大きく上回るものだった。


 事の行方を見守っていた澪織ミオリも、自分の目を疑っていた。


(ここまで見分けがつかないなんて……父は今頃笑っているのでしょうね)


 澪織ミオリの父の計画は順調だった。それとは裏腹に、澪織ミオリは不安を募らせていった。

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