第四章 悲観する機械
第17話 遺言
私が作った「あなたが居なくても大丈夫」という標語は、労働者たちの意欲を奪い、深刻な人材難を招いた。それを良しとしなかった
そんな社会的な変化の中、5月初頭、私に小さな異変が訪れる。
(あれ? なんだこのメール)
業務中、私にアプリインストールの依頼メールが届いた。
「
「ああ、必須だ。うちでも社員のストレスマネジメントを始めるらしくてな」
アプリの説明書によるとそれは、パソコン利用者のストレス状態をモニターするもので、パソコンに常駐して、タイピングの調子や、打っている文章のニュアンスから、AIが利用者にかかってるストレスを算出するものなのだとか。
「へえ~、なんでこんなものを?」
「今、いろんな会社で流行ってるからだ。ってのが本当のところなんだろうけど、社長は『社員の精神衛生のため』なんて言ってたな」
これも、私の言葉と
「そうですか。じゃあ、これでストレスが
「さあな。やってる感を出してるだけかもしれん」
「な、なるほど……」
その頃、株式会社システイマーにはあまり仕事がなく、私はサクっとストレッサートレーサーの設定を終えた。
――その日の夜。
「ふー、ただいまー」
(って、独り暮らしなのに言ってもね。さーて、今日は面白いことを思い付いだぞっ。タダノートに書いておこーっと)
私はパソコンデスクの上のノートを手に取った。思い付いたことはなんでも書く。それが私の習慣になっていた。
かりかりかりかり……
(このノートももう、最後のページか。しかし、分厚いノートだな。結構書いてるつもりなのに1年も持つとはね)
かりかりかりかり……
(ありがとう、
その日、
それから更に1ヶ月ほどが経過し、6月、
「おじいさまが、入院!?」
「はい、神主は以前から不調を訴えていましたが、肺炎で……このところ、気温の変化が激しかったからですかね」
そう語るのは、
「そうでしたか。私が声優の仕事にかまけていたばかりに……」
「いえ、
「やめましょう。誰が悪いとかそういうことではありません。それで、皆はこのことを?」
「いえ、まだ、
「そうですか。では、父と母には?」
「お話ししております。
「もしもの時? それほど祖父の容体は悪いのですか?」
「神主は現在意識を無くしており、そのままという可能性も」
その時、島本の電話が鳴る。
「失礼、電話が」
「どうぞ」
「もしもし、私だ。……そうか、では
「どうなさいました?」
「神主の意識が回復したようです」
「そうですか、それで、容体は?」
「面会は可能だそうですが、予断を許さない状況とのことで」
「わかりました。すぐにでも面会に向かいます」
「承知しました。神主は
「はい。では、お言葉に甘えて。参りましょう」
――30分後、
「おじいさま!」
「おお、
「はい、倒れられたと聴いて、居ても立っても居られず」
「まあ、そう慌てるな。とりあえず座りなさい」
「おじいさま、それで、お体の調子はいかがでしょうか?」
「ああ、ちょっと苦しいな」
「そうですか。私が代わって差し上げられたら」
「ははは、
「だって、おじいさまに代わる人間なんていないのですよ?」
「
「はい、わかっています」
「しかし、人の力ではどうにもできない、慰めることすらできない苦しみも存在する。それに加担しているのもまた人だ。己の欲望を満たすことだけを考える者、富の独占を企てる者、怠惰に生きる者、他人を踏みにじって平気な顔をしている者がいる。人々が互いを傷つけずに幸福を手に入れるには、欲望に打ち勝つ精神と、互いの協力が不可欠だ。しかし、それを全ての人に求めるのは不可能なのかもしれん」
「な、何を仰っているのですか?」
当惑した表情の
「遺言だよ」
「そんな。やめてくださいまし! おじいさまの身体はすぐによくなります!」
「
「そんな……」
「悲しい顔をしないでくれ。いいか、これは皆平等に訪れることだ」
「平等……ですか」
「そう、平等だ。言うまでもなくな。取り乱すようなことではない。私は生涯を賭けて人類の幸福のために尽くしてきたつもりだ。しかし、全ての人が平等に幸福になるには、課題が多すぎてな。私は叶わぬ夢を見ていたのかもしれんよ」
「いいえ、おじいさまが叶えられなくても、私が……」
「
私が他人の幸福を願うのは、神主の立場以上に、他人の不幸を見ていられない、精神的な弱さからくるものなのだよ。それを誤魔化して、厳しい現実から目を逸らすために慈善事業に手を出したんだ。皆には私の独善的な思想、ワガママに付き合わせてきたということだ。
理想を押し付けられて苦しんだ者もいるだろう。すまないことをしたと思っている。だから、私の死を契機に、
「おじいさまは恥じることの無い、立派なことをしてきました。私だって、おじいさまの意志を受け継いでいます」
「そうか、そう言ってくれるか。ならばもう、私に思い残すことはない。ゴホッ! ゴホッ! ……話し過ぎたようだな。少し疲れた。すまないが、眠らせてくれないか?」
「はい、おじいさま……」
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