第16話 私の真意
「あの『あなたが居なくても大丈夫』という素材を作ったのは、あなたですね?」
突然私の部屋に現れた
「な、何を言ってるんですか? そんなこと……」
その時私は
「このメールアドレス、あなたのですよね?」
スマホを私の目の前にかざす
「あの、なんでそれが私のメールアドレスだと?」
「あなたは私にホームページの素材をメールでくださいましたよね? その時のアドレスがこれだったのです!」
メールソフトは一度受信したメールアドレスを、名前と共に連絡先に保存する。そして、メールソフトにメールアドレスを入力すると、自動的に入力は補完される。
「このメールアドレスを入れたらあなたの名前が表示された。それでわかったのです」
「えっ、そんなはずは……ああっ!」
私は気付いた。私が自宅でメールを送信するときは、会社のアドレスと、プライベートのアドレスを切り替えながら使っている。
「なぜあのような素材を作ったのですか?」
「つい出来心で……いえ、そうです、テレビ、テレビのせいですよ! あとポスター!」
「あの、違うんです! いや、違わないけどっ、あーもうっ」
「何か、事情があるのですか?」
「いえっ、事情ってほどではないんですが」
「あるんですね。わかりました、聴かせてください」
「あの素材を作った頃、私はテレビを手に入れたばかりで、コマーシャルに面食らってしまったのです」
「それはどのような?」
「24時間働くためとか、風邪でも休まないようにとか、薬のコマーシャルです。なぜ無理して働くことがいいことみたいに言われてるのかと」
「そうですか、私も見たことがあります。無理して働くことを美化している。確かにそう捉えることもできますね」
「あと、この会社のポスターです」
私は、スマホで社員教育ポスター販売業者のサイトを表示し、
「なるほど、働けることに感謝しなければならないと。確かに極端ですが、あなたが作った『あなたが居なくても大丈夫』というのも、極端な話ですよ」
「はい。私も今ではそう思います。憎しみのようなものですかね。やり過ぎてしまったようです。コンビニもろくにやっていない。これが私の言葉によってもたらされた末路なのでしょうか?」
ピンポーン♪
その時、部屋の呼び鈴が鳴った。
「あ、すみません。はーい!」
私は玄関へと急いで、扉を開いた。
「こんばんは、
「ありがとうございます」
「ここにハンコを」
「はい」
「ありがとうございました。またご利用ください。それでは失礼します」
私が
「あ、このお茶菓子美味しいんですよ。召し上がって下さい」
荷物の中から、お菓子を取り出して、ちゃぶ台に広げる私。
「ありがとうございます。しかし、あの通販サイトは今ものすごい勢いで成長してますね」
「お店に行ってもやってないことがありますからね。注文すれば予定通り届くんですから、みんな利用しますよ」
「結構おいしいですねこれ。もぐもぐ……」
「あ、お茶もどうぞ」
「ごくごくっ……すみません。話を戻しましょう。ともかく、あなたが作った標語の影響で、国の政府までもが動き、多くの労働力が失われた。これは由々しき事態です」
「そんな大袈裟な、とも言えないですね。本当にどうしてこんなことになったのか」
「なってしまったものは仕方がありません。それにあなただけを責めるつもりもありません。この社会の風向きが変わってきたということなのでしょうか」
「わかりません。ただ、無理して仕事することが正しいという風潮は、やっぱり苦しいです」
「わからなくもありませんが、何か理由があるのですか?」
私は一瞬黙り込んでから、俯き目を伏せて、静かに口を開いた。
「私、いつも思ってたんです。みんな頑張らなきゃいけない、そう言われれば言われるほど、みんな追い詰められていくんじゃないかって。頑張って、頑張るだけじゃ足りなくて、他人を敵視して、利用して、ハッタリや嘘も使って競争して、いつでも自分と他人を比べて、優劣をつけて、勝った人は立場を必死に守って、負けた人は追い打ちをかけられて、みんなつらくなって、引き返せなくなる。だから、もうやめてって、もう頑張らないでって言いたくて……でも、その考え方が間違っていたのかもしれません」
その時、
「そうですか。でもそれは間違ってなんかいません。そう考えるのは、あなたがとても優しい人だからです」
「違いますよ」
私は顔を上げ、
「え?」
目を丸くする
「私は優しくなんかないです。『やさしい』は『やさしい』でも、『Easy』の方の『易しい』、つまり甘いんですよ。だって、頑張ってる人の敵意が私に向いたら怖いじゃないですか。私は敵意や反感を買いたくない、自分が傷つきたくないだけなんです。そのために他人に頑張ってほしくない。自分も頑張りたくない。頑張ったら誰かの敵になるから。そんなことで苦しみたくないんです。だから、私はただ自分が可愛いだけの、自分にとても甘い人間なんですよ」
最後の一言は声が震えていた。私の目には、今にも溢れ出しそうな涙が浮かぶ。
「変わっていないんですね」
彼女の表情は、ただひたすら私に優しかった。
「変わってない? えっと、結構変わりましたよ! ご飯もちゃんと食べるようになりましたし、休暇だって取ってます! もちろんSNSもやってません! あなたにもらったタダノートだって、たまに使ってるんですからっ!」
私は手で涙を拭いながら、何故か誇らしげにまくし立てていた。
「やっぱり、覚えていないんですね」
「……?」
私には彼女が何を言わんとしてるのか理解できなかった。彼女は少し悲し気な目をして立ち上がる。
「では、私はこれで失礼します。ホームページの件、引き続きよろしくお願いしますね」
「は、はい、わかりました。……ですが、あの素材はどうすれば?」
「あなたの想いが聴けてよかったです。あれはそのままにしておきましょう。それに今は、
彼女は悲し気な笑みを浮かべ、私に背を向けようとする。しかし、私は彼女を繋ぎとめようと、精一杯声を上げた。
「あの!」
「なんでしょう?」
しばしの沈黙。私の脳裏には、形にできない想いが現れては消えて行く。
「いえ、なんでも……」
「そうですか、ではまた」
そうして、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます