第15話 彼女の計画

 ホームページ作成の依頼のため、株式会社システイマーに訪れた澪織ミオリ。彼女は自分の組織の計画を語り、上機嫌で去って行った。自席に戻った私は、どっと押し寄せる疲れに、ぐったりと虚空を見つめていた。しばらくすると、上司が外出から戻って来る。


「お前のお客様、どうだった? うまくいきそうか?」


「あ、はい、あちらでいろいろと決めてくださいまして」


「そうか。じゃあ俺の出る幕はないってことでいいんだな?」


 上司は意地の悪い表情を浮かべた。


「いえ、見積もりのことはわからないことだらけなので、教えていただけませんでしょうか?」


「ったく、そんなこともできねーのか? しょーがねーなー」


 上司は笑顔でそう言った。そんな上司の後押しもあって、案件は見積もりから受注までトントン拍子に話がついた。サイトの公開は次の年の3月第一営業日となり、開発も滞りなく進んで行く。しかし、ただひとつ、「あなたが必要です」の素材のデザインだけが、私の頭を悩ませていた。


「とにかく、見てもらうしかないか」


 私はスピードを優先し、休日に自宅で作業をすることにした。そして、できあがったものは――


「これじゃ、『あなたが居なくても大丈夫』の丸パクリだなぁ。どっちも私が作ったんだから、当たり前と言えばそうなんだけど」


 そんな独り言を言いながらも、私にそれ以上デザインの引き出しがあるはずもなく、とりあえずできたものを澪織ミオリにメールで送ることにした。次の日、出勤した私に電話が入る。


「はい、お電話代わりました。日向ヒナタです」


「お世話になっております。星神輿ホシノミコシノ会の星宮ホシミヤです」


「お世話になっております」


「素材の方、拝見しました、その、とてもいいですね! これでお願いします! ですが、これ、あのポスターにものすごく似てますね」


「え? そう見えますか? いやー、対抗するために作ったものですからねー。ははは……」


 私は笑って誤魔化すしかなかった。澪織ミオリはそれ以上追求せずに、声の調子を上げた。


「そうですか! むしろその方が良さそうですね。ありがとうございます。引き続きこの調子で、ホームページ公開までよろしくお願いします!」


 私も彼女に調子を合わせた。


「はい! お任せください!」


 1月中旬、ホームページの開発はテストの段階。私はクオリティーアップに熱中して、残業に明け暮れていた。知り合いのための仕事だったからか、相当入れ込んでいたようだ。私は夜遅く退社し、コンビニで買い物をするのが日課となっていた。


「あれ、コンビニまでお休みなの?」


 しかし、そんな私のやる気とは裏腹に、世間では労働人口の減少がさらに進行していた。私はコンビニ店員のありがたみに、初めて気付いたのだった。


「仕方ない、今日は家にあるもの食べよ。しかし、コンビニまでやってないとなると……」


 帰宅して申し訳程度の夕食を摂ると、私はパソコンを立ち上げ、通販サイトにログインした。それは、以前私が開発を担当していたサイト、「抹茶味マッチャアジ」だった。抹茶味マッチャアジは前年3月末のリリースを最後に、システイマーとの契約を打ち切っていた。そのため、私は少し近寄り難さを感じていた。しかし、私が知っている通販サイトといえば、それしかなかったのだ。


「おおっ、ラインナップが増えてるっ!」


 前年3月末当初、抹茶味マッチャアジが扱っていたのは抹茶製品をはじめとした一部の食品だけだった。しかし、それから約1年以上が経過し、食料品全般と扇風機など、一部の電化製品にまで商品ラインナップは広がっていた。そしてその頃、食品を扱う日本の通販サイトでは、抹茶味マッチャアジがトップを走っていた。


 それから私は、食料品のほぼすべてを抹茶味マッチャアジで賄うようになった。私の食料問題は解決し、星神輿ホシノミコシノ会のホームページ開発は、着実にリリースへと進んでゆく。


 そして、3月第一営業日の朝。


「リリースは成功しました! とりあえず問題はないでしょうが、今後しばらくは注意深く様子を見ることにします」


 私は、星神輿ホシノミコシノ会のホームページが無事完成したことを澪織ミオリに告げていた。


「ありがとうございます! 今後ともよろしくお願いします」


 星神輿ホシノミコシノ会のホームページには、サーバーを落とす勢いで来訪者が詰めかけた。その賑わいを支えていたのは紛れもなく、トップに表示された「あなたが必要です」のメッセージだった。なぜなら、政府に反対することを生きがいとする人々により、「あなたが必要です」の素材が拡散されたからなのであった。「あなたが居なくても大丈夫」のメッセージを、「自分は居なくてもいい人間である」と拡大解釈し、無気力となっていた人々に、この言葉は大きく響いたのだ。


「お陰様で星神輿ホシノミコシノ会の知名度が上がりました。入会希望も手続きが間に合わないほどです。本当にありがとうございます」


「いえ、仕事ですから。星宮ホシミヤさんの想いの強さが実を結びましたね」


「いえいえ、トップのメッセージのデザインあってこそですよ」


 私と澪織ミオリは、ホームページの成功に、喜びを分かち合った。


 そして1ヶ月が経過し、私は25歳になった。澪織ミオリは宣言通り、星神輿ホシノミコシグループ名義で積極的に企業買収を行っていた。特に力を入れていたのは、運営の立ち行かなくなったサイトの運営会社を買収することだった。それには彼女なりの狙いがあったのだ。


(ついに、ついにイラストックの運営権を手に入れた! これであの『あなたが居なくても大丈夫』とかいうふざけた素材を、抹消することができる!)


 パソコンのモニターの前で小さくガッツポーズを取る澪織ミオリ。しかし彼女は知っていた。未だ人気の衰えないその素材を削除することは、炎上に繋がりかねないということを。


(何かいい手はないものか……)


 澪織ミオリは悩みながら、イラストックのデータを見つめていた。そして、目に飛び込んできたものは――


(これ、アップロード者のメールアドレスだ。この人はどうしてこんな画像を? 聞いてみたいな)


 澪織ミオリはアップロード者にコンタクトを取ることにした。メールソフトを立ち上げ、アップロード者のメールアドレスを入力する。


(これは!)


 彼女はメールの作成をやめ、電話を手に取った。そして、とある会社に連絡を試みるも、営業時間外のアナウンスが流れる。


「ちっ!」


 澪織ミオリは夜の街を駆け抜けた。辿り着いたのは、彼女が以前訪れたマンションだった。


「はーい、どちらさまですか?」


 呑気な顔をして出迎えたのは私だった。澪織ミオリは息を深く吸ってから、冷たく、しかしハッキリと問い質す。


「あの『あなたが居なくても大丈夫』という素材を作ったのは、あなたですね?」

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