第14話 人が休むということは

「近頃、従業員の休暇取得などにより、臨時休業する店舗や会社が増えてきました。この状況に政府は、『狙い通りの効果が出ている』との見解を示しています」


 ニュースはそれを、否定的なニュアンスで伝えていた。私はテレビから目を逸らして呟く。


「ふーむ、まさかこんなことになるとはなあ。いいことなのかもしれないけど。しかし、こーなってくると、私の言葉に力があるっていうのも、あながち間違ってないのかもしれないな。なんてね、ふふっ」


 笑い捨てて視線を戻した。


「街を行き交う人にインタビューしてみました」


「なんかー、お店あんまりやってないですよね。こないだ急に洗剤切らしちゃったけど、スーパーも臨時休業でやってなくて困っちゃいました。でも僕も今日は有休取ってるんですけどね」


 それから、人々に「誰かが休んでいるなら、自分も休まなければ損」という意識が生まれ、休暇を積極的に取る人が増えて行った。法律が変わったわけでもないのに、人々の行動は変わったのだ。「あなたが居なくても大丈夫」という言葉が与えた影響は大きかったのだろう。


 11月に入ると、ニュースは更に大きな変化を伝えた。


「近頃、仕事を避ける無気力な人が増えているようです」


 これにより、私の生活は不便さを増していった。それは他の人にとっても同じことであった。社会全体が人手不足を叫ぶようになったのだ。


 そんな折、私の会社に新たな顧客からの仕事が舞い込んだ。メールに目を通した私は、その差出人に声を上げる。


「あれ、この星宮ホシミヤ 澪織ミオリさんって」


「どうした? 知ってるのか?」


 上司は私の独り言に反応した。私は背筋を伸ばし、上司の方に向くと、声のボリュームを上げた。


「いえ、知り合いに同じ名前の人が」


「そうか、丁度いいかもしれないな。俺は他の仕事がちょっと立て込んでて、外出もしなきゃならないから、お前が相手してくれないか? 契約の話は営業に任せてあるから、どういうものを作ればいいのか、しっかり聞いておいてくれ」


 私は嫌な予感がしたが、断ることなどできなかった。


「わ、わかりました」


「おう、頼むよ」


 私は緊張しながらその顧客の来訪を待った。そして、現れたのはやはり見覚えのある顔だった。


「こんにちは」


「こんにちは。あ、やっぱり星宮ホシミヤさんでしたか」


 その人物は、私が知っている星宮ホシミヤ 澪織ミオリだった。彼女は少し考えたあと、何かに気付いたように目を見開いた。


「えっと、あなた、ひ、日向ヒナタさんですよね? なんでこんなところに?」


「何でと言われましても、私、この会社で働いてるんですよ」


「そ、そうだったのですか! 偶然ってあるものですね。ご無沙汰しています」


「私も驚きました。それで、今日はサイト制作の依頼とお聴きしておりますが」


「はい、お見積りだけでも頂こうと思いまして」


「とりあえず、おかけください」


「はい、ありがとうございます」


 澪織ミオリはソファーに座り、私の名刺を受け取ると、持参した紙を広げて説明を始めた。


「実は私、声優の他に、星神輿ホシノミコシノ会という団体の支部長をやっておりまして、この度、その団体のホームページを開設したいなと」


「団体ですか。どういった活動をされてるんですか?」


「非営利で、ボランティアや介護などを中心に活動しております」


「なるほど、では、その活動を宣伝するようなホームページでしょうか?」


「そうなんですが、ちょっと事情がありまして」


「事情? お伺いしましょう」


日向ヒナタさん、最近、お店や企業の休業が話題になってるの、知ってますか?」


 知っているも何も、その元凶が自分ではないかと気にしていた私は、作り笑顔を少し引きつらせて答えた。


「は、はい、毎日ニュースで見ています」


「ですよね。それなら話が早いのですが、今、この国には働く気力がない人が沢山いるようです。何故だと思いますか?」


「休暇取得促進の政策ですかね?」


「そうです! というか、根本的にはあの『あなたは必要ない』みたいな標語が原因だと、私は考えているんです」


「あなたは必要ない?」


「いえ、『あなたが居なくても大丈夫』でしたっけ? とにかく同じことです。あの標語が人々から労働意欲を奪ってるのです。居なくていいなんて言われたら、誰だって無気力になりますよ」


「あの、そういう意味ではなくて、休んでも大丈夫という意味では?」


「なんですか? あの標語がいいものだと言いたいんですか? 政府は好意的に解釈してましたけど、あれは労働者の尊厳を踏みにじる言葉じゃないですか」


 私はそれ以上彼女を興奮させないように、言葉を選んだ。


「なるほど、言われてみれば確かにそうですね。それで、ホームページの制作とどういった関係が?」


「私が調査したところ、あの標語はインターネット上のフリー素材が元凶です。ならばこちらも、インターネットにホームページを立ち上げて、対抗しようかと考えているのです」


「対抗ですか。しかしどうやって?」


「必要なことはふたつ! 労働意欲を奪われた人の尊厳を取り戻す言葉と、人手不足に喘ぐ企業や店舗の経営を救うことです。そこで、我々の団体が人々に、『あなたが必要だ』と呼びかけて、会員になっていただき、人手不足になった企業、店舗に人材として派遣しようかと考えているのです」


「人材派遣ですか。星宮ホシミヤさんの団体は派遣事業の認可を受けているんですか?」


「い、いえ、そういったことはとくに。必要なんですか?」


「必要です。発想は素晴らしいかと思いますが」


 私は精一杯のお世辞を言った。


「そうですか。しかし、よくよく考えてみれば、以前は派遣で苦しんでいる方も沢山いらっしゃるようでしたね」


「そうです。一歩間違えば、それこそ労働者の尊厳を奪うことになるかと」


「確かに。それは困りますね。何かいい手はないものでしょうか……そうだっ! あの標語の影響で、廃業する企業も続出してると聞きます。そういった企業を買い取って、事業を引き継げばいいのではないでしょうか?」


「企業買収ですか」


「そうです! 廃業するくらいなら売った方がマシでしょう。大丈夫です、私たちの団体には資金力がありますから! 税務処理用のペーパーカンパニーをグループの親会社にすればっ……」


 弾むような笑顔で計画を口にする澪織ミオリに、私は少しあっけに取られてしまった。


「……なるほど、では具体的にどういったホームページにすればよろしいでしょうか?」


「人材不足で立ち行かなくなった企業を積極的に買収するというアピールと、人材を必要としているという内容で、応募フォームを作ってください!」


「わかりました。検討いたします。現在、他に決まっていることはありますでしょうか?」


「あります! 『あなたが必要です』という画像を、ホームページのトップにドカーンと載せてください! あの労働者の敵である、憎きポスターに勝てるものを!」


「わ、わかりました。では、週末までに見積もりをお送り致します」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 冷や汗を流す私を尻目に、澪織ミオリは軽い足取りで株式会社システイマーを後にした。

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