第19話 AIの主張

(ここまで見分けがつかないなんて……父は今頃笑っているのでしょうね)


 澪織ミオリの父の計画は順調だった。それとは裏腹に、澪織ミオリは不安を募らせていった。


 7月初旬、澪織ミオリの父、コノエは再び幹部を集めて会議を開いた。そこに澪織ミオリの姿はない。


「どうだ、これはAI研究が実用レベルに達した証明と言えるだろう? 他の活動への利用も期待できるな」


 コノエは幹部たちの拍手に上機嫌だった。しかし、冷静さを失っていない幹部は声を上げた。


「確かに順調ですが、まだ検証は十分とは言えません。もう少し様子を見ましょう」


「もちろんだ。慎重に慎重を重ねて行こう」


 別の幹部が不安気に口を開いた。


コノエさま、ひとつ懸念点が」


「なんだ、言ってみろ」


「研究機関の報告によると、近頃、神主AIの演算負荷が高まりすぎて、運用に支障をきたす恐れがあると」


「そうか、ではその解決のために、予算は惜しまないでくれ!」


「はっ、承知しました!」


 AIの記憶は日に日に増えてゆく。人間の脳は、忘れることで記憶を最適化しているが、機械は容量が許す限り情報を蓄積することができる。そして、記憶が増えた分だけ、データ処理の負荷が高まってゆくのだ。そのため、熱暴走への対策が打たれることになった。


「こんにちは、月葉ゲツヨウの者です。本日は冷却装置の件で参りました」


「お待ちしておりました」


 株式会社 月葉ゲツヨウでは、扇風機のノウハウを元に、コンピューターの冷却装置を開発していた。AIの熱暴走は月葉ゲツヨウに特注した特大の冷却装置を実装することにより解決したのだ。


 その後、神主AIの動作は安定し、澪織ミオリの父の計画は最終段階に移行する。そう、神主AIに遺言を残させるのだ。それは、「神主チャンネル」のライブ配信で唐突に始まった。


「この配信をご覧になっている皆さんに、お伝えすることがあります。私は近頃ずっと、体調に不安を感じています。朝起きる度に力を失ってゆくのを感じます。もう長くはないのでしょう。


 星神輿ホシノミコシノ会では、今まで私が全ての決裁を行ってきました。ですが、それも近いうちに叶わなくなります。


 そこで、私の役目を、より精密にこなすことのできる者に引き継ぐことにしました。それは機械、AIです。驚いた方もいらっしゃることでしょう。機械には感情がありません。誰も贔屓することもありません。全て平等に判断することができます。また、人間とは扱える情報量の桁が違います。


 星神輿ホシノミコシノ会、その生命線は自分の意志で活動をしている皆さまです。私は皆さまに道を指し示しているにすぎません。


 皆さまの活動による報酬や、募金で星神輿ホシノミコシノ会の運営費は賄われています。そういった皆さまの情報を平等に扱うためにも、機械の力が必要です。


 AIによる予測や判断は、望ましい結果を生まないこともあるでしょう。しかし、人間の不安定な心よりは適切に答えを導き出せる。私はそう考えています」


「うまくいっているな。視聴者のコメントに戸惑いは見えるが、好意的な反応が多い」


 澪織ミオリの父、コノエは、滞りなく進む配信に安堵の表情を見せた。しかし――


「そして、私の身体と同様、この世界もまた、日に日に滅びへと近付いている。そのように感じています。この世界の富には限りがあります。今はそれを一部の者が不当に独占している状態です。ひとときの幸福を得るために。その欲望は留まることを知らないでしょう」


 話の方向性がズレてきたことに気付く星神輿ホシノミコシノ会の会員たち。澪織ミオリの父は焦りを見せた。


「おい、神主AIの様子がおかしい。これはどうしたことだ?」


 幹部が研究施設に問い合わせ、澪織ミオリの父に報告した。


「原因不明とのことです。リハーサルでは問題なかったと」


「止めるべきか、いや、今止めてしまったら不自然だ。話が終わるのを待つしかないな」


「はい、動作に異常がみられない間は様子を見ましょう」


 神主AIの遺言は尚も続いた。


「富の偏り、それは人に不幸を与えます。しかし、富を平等に分け合ったとしても、人は皆、物足りなさを感じることでしょう。仮に、皆が幸福になろうとしたら、どこかで帳尻を合わせなければなりません。そして、いくら抵抗したところで、この世界はいつか必ず滅びます」


 神主AIは終末思想に囚われた人間のように言葉を紡いでゆく。その声と表情は、感情を持つ人間と遜色のないものだったのだ。彼は絶望的な未来を語りつくしたあと、こう締めくくった。


「そこで、星神輿ホシノミコシノ会の皆さまには、人類のために不幸を背負って頂くべきだと、私は考えています。極端な話、自己犠牲をいとわなければ、自らの死を以って他人の糧になることもできる。皆さまにはそこまで考えて、活動して頂ければと思います」


 この神主AIの発言は、星神輿ホシノミコシノ会の会員たちに耐え難い衝撃を与えた。それは、澪織ミオリの父にとっても同じことだった。


「こんな残酷な話があるか! ……しかし、理屈は通っている」


「ど、どうしましょう?」


 狼狽えて尋ねる幹部に、澪織ミオリの父は答えることができなかった。AIを止めてしまえば計画は露見し、責任はすべて彼が背負うことになる。彼はただ、AIの遺言が終わるのを待つことしかできなかった。


「私の死後、会員の皆さまには、AIの判断が平等で最善だと信じて活動していただきます。この世界から少しでも不幸を取り除く、それがあなたたちの使命です。


 今日の私の言葉を受け入れていただけるなら、私も安心して旅立つことができます。あとは、あなたたちの心にかかっています。長くなりましたが、これで今週の『神主チャンネル』の配信は終わりです。ご視聴ありがとうございました」


 幹部は震える手で配信機材を止めながら、澪織ミオリの父に尋ねた。


「これで、本当に良かったのでしょうか?」


「間違ったことは言っていない。あとは、会員たちの受け取り方次第だ」


 その声は震えていた。


 こうして、神主の遺言、改め、AIの主張は、星神輿ホシノミコシノ会、全ての会員の心に深く刻まれた。その影響は様々な形で現れはじめる。


 疑問を持つ者たち。


「AIに判断を委ねるなど、本当に人類のためになるのだろうか?」


 事態を重く受け止め、更に結束を固める者たち。


「神主の意志を継ぐのだ! 少しでもこの世界から不幸を取り除くんだ!」


 過激な思想に走る者たち。


「富を独占する者たちを許すな! まずは奴らの違法性を明らかにし、付け入る隙があれば容赦するな! 訴訟するんだ!」


 消沈する者たち。


「もうこの世界は終わりだ。我々は自己犠牲の精神を貫こう」


 しかし、1週間もすると、会員たちの意見はひとつにまとまっていった。


「神主は体調の不安から、非常に悲観的になられている、跡を継ぐ者がAIという、人を信じていない様子からもそれが伺える。跡を継ぐ者は我々、星神輿ホシノミコシノ会の会員自身が決めれば良いのではないか?」


 会員たちは神主に相応しい人物を選出することにした。その白羽の矢は当然、神主の息子である澪織ミオリの父、コノエに立つこととなった。以前、幹部が口にしたように、そう考えるのが普通なのだ。しかし、当の本人にとってそれは、予想外の出来事であった。

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