第20話 覚悟はあるか?

 神主AIの悲観的な遺言に混乱した星神輿ホシノミコシノ会の会員たちは、神主に相応しい人物を自分たちで選出することにした。その白羽の矢は神主の息子である澪織ミオリの父、コノエに立つこととなった。それは、コノエ本人にとって予想外の出来事だった。


「そんなバカな! 私に神主が務まる訳がないだろう! それに皆、今まで神主AIを疑うこともなかったのに、あの発言を受けた途端、勝手に信じることをやめるなんて」


 しかし本人の意志とは裏腹に、澪織ミオリの父、コノエへの期待は高まる一方であった。


コノエさまに清き一票を! 人類の未来を創れるのはコノエさまだけだ!」


 しまいには、澪織ミオリの父を神主にするための署名を集める者も現れた。逃れようのない事態に澪織ミオリの父は――プレッシャーに押し潰されて、体調を崩して入院してしまった。澪織ミオリは病床の父を見舞いに訪れる。


「お父さま、具合はいかがでしょうか?」


澪織ミオリか……すまない、こんな醜態を晒してしまうとは。しかし、これはナンセンスだ。私のような者が親の七光りで神主になったところで、皆の期待に応えられる訳がない。皆、勘違いをしているのだ」


 うわ言のように自己否定を続ける父を嫌悪しながらも、澪織ミオリは精一杯の気休めを言った。


「やってみなれけばわかりません。お父さまが神主になったら、皆さん協力してくれますよ」


「権力は私以外の者に任せたかったんだ。公平性を貫けるAIが相応しいと考えたのだ。私についてくるものなどすぐに居なくなるさ」


 そう、澪織ミオリの父は異常なほど自尊心が低かった。期待されることに強い抵抗を感じる彼は、神主の死後、自分が神主に選出されぬよう、手を尽くしたというのが事の真相であった。しかし、当の本人が入院していようが会員たちには関係の無いことだった。


「AIが後継ぎになってしまっては、星神輿ホシノミコシノ会は機械に侵略され、いずれ全人類を征服することとなるだろう! コノエさまこそが次期神主に相応しい! コノエさま万歳!」


 星宮ホシミヤ コノエに期待する声は勢いを増してゆく。その声が大きくなればなるほど、澪織ミオリの父の容体は悪化の一途を辿っていった。


「はあ、父はまだ頭痛がすると……ええ、下手に刺激すると、また悪化したと言うかもしれませんね」


 澪織ミオリはすっかりあきれ果てていた。そして、その状況を断ち切るために、彼女は決心を固めた。


「皆さま、星宮ホシミヤ 澪織ミオリです。今回の『神主チャンネル』は予定を変更して、重要なお知らせをいたします」


 澪織ミオリは全てを打ち明けるため、『神主チャンネル』のライブ配信を乗っ取った。神主の孫の暴挙に、幹部たちは止める術を持っていなかった。


「さて、皆さまは現在、私の祖父、星宮ホシミヤ 恒彦ツネヒコの発言に大きく動揺していると思われます。しかしそれは、私の父によって仕組まれたことでした。実を言うと……祖父は既に亡くなっており、現在神主を演じているのは、AIが作り出した疑似人格です。


 父は神主の死による悪影響を最小限に留めようとした結果、AIを利用するという結論に辿り着いたのです。皆さまを騙したこと、神主の訃報が遅れた事、皆さまに動揺を与えた事、全てお詫び申し上げます。父の計画を知りながら止めなかった私も、父と同じ罪を背負わなければならないと、今回の事態を重く受け止める所存です」


 星神輿ホシノミコシノ会の会員たちは皆、澪織ミオリの発言に衝撃を受けた。しかし、悲観的な神主の発言がAIによるものとわかると、納得と安堵の反応を示す者も少なくなかった。


「AIが導き出した思想に、皆さまは絶望を覚えたことでしょう。星神輿ホシノミコシノ会の皆さまに多大な混乱を与えてしまい、重ねてお詫び申し上げます。私共もAIがあのような理論を構築するとは思いもよらず、対応が間に合いませんでした。


 ですが、私はあの理論には一理あると考えています。あまりに悲観的な発想ではありますが、配信を止めることができなかったのも、AIを完全に否定することができないからでした。


 AIが言ったことも踏まえて、幹部一同、星神輿ホシノミコシノ会がどうあるべきかを話し合います。


 大変おこがましいこととは存じますが、会員の皆さまにも、今一度この世界のために考えていただきたいと思います。


 皆さまが星神輿ホシノミコシノ会を離れるのは自由です。もとより志願者だけの組織です。皆さまの意志を最大限に尊重します。申し訳ありませんでした」


 この時澪織ミオリは、星神輿ホシノミコシノ会の解散もやむなしと考えていた。彼女は「人を騙した」という自責の念に駆られ、どう落とし前をつけるか、それだけに心を支配されていた。しかし、事態は思いもよらぬ方向に転がりだした。


澪織ミオリさまあの悲痛な表情を見たか?」


「ああ、あそこまで責任を感じることはないだろう。コノエさまがやったことなんだ」


「いや、責任は取ってもらうべきだ。だが、澪織ミオリさまのためにもなるように、私たちも考えなければいけない」


 澪織ミオリの真摯な姿勢と美貌が、会員たちの心を大きく揺るがした。


「我々を騙した張本人に、神主を継がせるわけにはいかない。そうだ! 澪織ミオリさまに跡を継いでいただくのが良いのではないか?」


「俺も今それを考えていたんだ。そうするのが一番だと思う」


 会員たちの意見は、澪織ミオリを神主にするという形で一致した。当の澪織ミオリは戸惑いながらも、そうするしかないと覚悟を決めた。彼女は自分で自分を追い詰めていた。責任を取るためには、会員たちの期待を背負うべきだと考えた。


 そして澪織ミオリは、神主を継ぐという意志を幹部たちに伝えるため、会議を開いた。


「幹部の皆さま、今日集まっていただいたのは他でもありません。この星神輿ホシノミコシノ会の神主の座は、私が継ぎます!」


 幹部のひとりが椅子から立ち上がり、口を開いた。


「そうですか。今は星神輿ホシノミコシノ会全体の意見が一色に染まっています。そうするのが自然なのでしょう。ですが、これは一時の動乱のようなものではないのでしょうか? その熱が冷めた時、澪織ミオリさまが本当に神主に相応しいのかどうか、その資質が問われる日が来るかと」


「何が言いたいのですか?」


「いえ、もちろん私も賛成しています。ですが、人心をまとめるために、どういった手段を取るのか、そのことを十分にお考えになられているのでしょうか?」


「わかっています。そのために必要なことはなんでもします」


「なんでもですか。その覚悟、本気と受け取ってよろしいと?」


「はい」


「わかりました。私はこれ以上何も申しません」


 幹部は拍手をしながら席についた。他の幹部たちも、暖かい拍手を澪織ミオリに送った。


「ありがとうございます」


 澪織ミオリは神主の座を継いだ場合の計画を述べ、幹部たちの賛同を得ることができた。そして、神主チャンネルのライブ配信で、神主になる意志を示した。


「皆さま、私は決心しました。私が星神輿ホシノミコシノ会の神主の座を継ぎます。そして、欺いてしまった方々にお詫びすると同時に、今まで以上に人々のために、世界のために活動することをお約束致します。AIについては、今後しばらく運用を中止し、再度利用法を模索して行こうと考えています」

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