第21話 真相究明

「皆さま、私は決心しました。私が星神輿ホシノミコシノ会の神主の座を継ぎます。そして、欺いてしまった方々にお詫びすると同時に、今まで以上に人々のために、世界のために活動することをお約束致します。AIについては、今後しばらく運用を中止し、再度利用法を模索して行こうと考えています」


 最初こそ澪織ミオリを疑問視する声もあったが、それも8月になる頃には鳴りを潜めるようになる。かくして、星宮ホシミヤ 澪織ミオリは、星神輿ホシノミコシノ会の最高権力者、神主の座に就いた。そして同時に、星神輿ホシノミコシグループの総裁に就任したのであった。


 澪織ミオリの父、コノエはといえば、AI騒動に対する償いとして、全力で澪織ミオリの補佐をすると誓った。


 こうして事態は丸く収まると見えたが、澪織ミオリを始め、幹部たち、AIの研究員には疑問が残った。


「しかしなぜ、AIがあのような悲観的な発想をしたのでしょうか? リハーサルでは問題なかったと聴きましたが」


 澪織ミオリは真相を究明するため、研究施設を訪れていた。AIの研究員は、少し困ったような顔を見せて説明をはじめた。


「はい、そうなのですが、AIの思考は収集したデータによって日々変化しております、その影響かと思いますが、急にあそこまでの理論を構築するとは、私たちも予想だにしておりませんでした」


「収集したデータですか。それはどのように収集していたのでしょうか?」


「はい、あまり大きな声では言えないのですが、わたくしどもは、ストレッサートレーサーというソフトを販売しています。


 表向きはパソコンユーザーのストレスをモニターするソフトなのですが、ストレス源の特定と、ストレス度の算出にAIを使っておりまして、そのついでに、人格を再現するためのデータを収集していたのです。文字入力によるデータと、入力のテンポ、タイミングを……」


「なんですって! それは違法行為ではないのですか?」


 澪織ミオリは研究員の言葉を遮った。研究員は意を決したように澪織ミオリに返す。


「当然違法です。しかし、パソコンユーザーの心の動きを追うことが、疑似人格の形成に適していたのです。申し訳ありません」


「今後一切、データの不正利用はしないと約束してください。これは、星神輿ホシノミコシグループ、総裁の命令です」


「はい、わたくしどもも、AIの恐ろしさがわかりましたからね。それに、罪は償います」


 その時、澪織ミオリは少し考えてから口を開いた。


「いえ、それには及びません。その代わり、このことは絶対に外部に漏らさないでください」


「え? あ、はい、わかりました」


 研究員は、澪織ミオリの凍てつくように冷たい視線を前に、口を噤むことを心に誓った。


「話を戻しましょう。つまり、AIの発言は、人が入力したデータが基になっているということですね? 誰のどういったデータがあの発言に影響したか、それはわからないのですか?」


「誰が何を入力したかは流石に記録しておりません。しかし、情報の著しい偏りが発生した場合の調査用に、ユーザーに1日ごとに変わるIDを振っています」


「なるほど、ではあの発言以前の入力から、予測できないこともないということでしょうか?」


「やってみる価値はありますね。わたしくどもにもあれは予想外の事態で、調査する機会があればとは考えていましたが、なかなか時間が取れず……」


「そうですか、ならば今すぐに始めましょう。ここで見ることはできますか?」


「はい、できます」


 澪織ミオリと研究員は、AIのために収集されたデータを追っていった。


「プライバシーに関わるデータは自動的に隠蔽されています……きっとこの辺ですね。あの発言の直前に入力されたのは」


「なるほど……あっ、この文章なんか、ドンピシャリじゃないですか?」


 澪織ミオリが指差した先には、「みんながみんな幸せになるなんて不可能だ」という言葉が綴られていた。


「確かに。このユーザーの他の入力を見てみましょう」


 そのユーザーはその日、パソコンに大量に悲観的な言葉を紡いでいた。


「これってどういう人が使ってるんですか? もしかして、精神病患者とか?」


「いえいえ、そんなことはありません! これは一般企業向けに、社内のストレスマネジメントのために利用してもらうソフトですから……しかし、これが業務中だったとしたら、この人はどれだけ暇だったのでしょうか?」


 研究員が冷や汗をかきながらデータを見ていると、同じユーザーが入力した文章の中に、違うニュアンスのものを見つけた。


「これはなんでしょう? 『無制服主義者』、『マトワナーキスト』?」


「えっと、『制服を着ない主義の人』? こんなことを業務中に?」


「こっちは、『逃げ遅れ精鋭部隊:劣悪な環境に耐えられずに人が逃げて行くプロジェクトに残った人たちのこと』、ああ~、あるあるですね。ははは」


「笑ってる場合ですか!」


「すみません。心当たりがあったもので。コホン、では別の日の似たようなデータを探してみましょう」


「いいえ、もう結構です」


「え?」


 研究員が振り向くと、澪織ミオリは苦虫を噛み潰したような表情でモニターを睨んでいた。


「時間を取らせてしまい申し訳ありません。私はこれから出かけてきます」


「あ、はい、急なご用事ですか?」


「はい、失礼します」


 駆け出した澪織ミオリが、研究施設を出ようとしたその時――


「こんにちは、株式会社 月葉ゲツヨウの者です。本日は冷却装置のメンテナンスに参りました」


 鉢合わせた澪織ミオリは、やきもきしながら研究員に電話をかけ、取り次いだ。


「あの、月葉ゲツヨウの方がいらっしゃいました」


「はいー、今いきます。……これはこれは、いつもありがとうございます。休日だというのに恐縮です。我々も平日にお迎えする準備ができれば良いのですが」


「いえいえ、あの冷却装置は自信作ですが、それだけに万全のサポートをしたいのです。それに、あの冷却装置を導入してくださってるのは、星神輿ホシノミコシAI研究所さんだけですからね」


「では、よろしくお願いします。……まったく! またあの子が……」


 ふたりのやり取りを尻目に、澪織ミオリは吐き捨てながら足早にそこを去った。


「私、何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?」


「いえいえ、そんなことはありませんよ! ストレスでも溜まってるですかね……」


 月葉ゲツヨウの社員も、研究員も怯えながらそれを見送った。


 数10分後、澪織ミオリは息を切らしながらマンションのチャイムを鳴らしていた。


「はーい、お待ちください」


 間の抜けた声と共に扉が開いた。


「ほ、星宮ホシミヤさん? えっと、また私、何かしましたでしょうか……?」


 澪織ミオリは無言のまま、メガネの奥で震える黒い瞳を見つめていた。

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