第58話 悪魔

 私のもとに現れた澪織ミオリを捕らえるために、私はマクロボを呼び寄せた。しかし、それは澪織ミオリによって破壊されてしまうのだった。


「羽があるマクロボ、あなたが作ったの? そんな玩具おもちゃで、私をどうにかできると思ったの?」


「一度作られたものは、再現できるんだ。量産もできる。改良することもできる。あの子はマクロ・ベータって言ってね。いい子なんだ。ほかの子たちが今、この周りを飛び回って、私の声を流してる。私の声には、人の意識を鎮静化させて、念動力を抑え込む効果があるんだよ。だから、いけると思ったんだけどな」


「私の想いの強さ、甘く見ないで欲しいな」


「じゃあ、手加減はしないよ」


 私が外を見ると、マンションに向かって、飛翔するマクロボの大群が雪崩のように襲い掛かってきた。澪織ミオリはそれに気を取られ、私から目を離す。


「来て……!」


 私は飛来したマクロボを1機呼び寄せ、その背中に飛び乗った。


「くっ、海果音ミカネ……!? うわっ!」


 マクロボの背に立ち、上空からマンションを見下ろす私。澪織ミオリは四肢を振るって、マクロボたちを弾き返している。マンションは、突撃を繰り返すマクロボたちに削り取られ、ついには残骸になり果てた。マクロボたちの攻撃が止んだ隙に、澪織ミオリは空高くジャンプする。澪織ミオリは手を伸ばし、私が乗っているマクロボの脚を片手で掴んだ。そして、私を見上げて強く言い放った。


「あなたはなぜ、人類を滅ぼそうとしているの!?」


「しぶといね。そんなことを聴くためにここまできたの?」


「違うよ。海果音ミカネの本当の気持ちが知りたいんだ」


 私はホバリングするマクロボの上でしゃがみこんで、澪織ミオリと視線を合わせた。


「そうなんだ、じゃあ、教えてあげる。……私はもう、疲れたんだ」


「疲れた? 力を使い過ぎたってこと?」


「そうじゃない。言ったでしょ? これは私の力ではない。あなたたち人類を見てるのに疲れたんだ。誰かが幸せになると、必ず他の誰かが不幸になる。そんなのもう、見てられないんだ」


「見てられない? あなたはそれをなんとかする装置なんでしょ?」


「そうだね。だけど、世界中の情報にアクセスできるようになったら、みんな平等に幸せになることなんてできないって、よくわかったんだ」


「そんなの、あなたが勝手に諦めてるだけだよ。みんなで幸せになる道だって、あるはずだよ」


「違うんだ。澪織ミオリはきっと、自分に見えている人間だけの話をしている。この地球に生きるすべての人間には、みんな幸せになる権利がある。でも、誰かの幸福は、他の誰かの犠牲に支えられているんだ。それは、地球の裏側にいる人かもしれない。見えないから気にならないだけ。私は誰かが不幸になるのが見える。それが不快なんだ」


「だからって、殺すことないじゃない」


「ううん、殺すわけじゃない。生きる必要をなくしてあげるだけ」


 その時、風が吹き抜けた。私のコートが翻ると、そこから覗く素肌に澪織ミオリは目を奪われた。マクロボの脚に掴まっていたはずの澪織ミオリは、私から遠ざかってゆく。別のマクロボが、彼女をかすめ取るように捕えていた。澪織ミオリは一瞬戸惑うが、すぐにその機体を引きはがし、地面に投げつけた。


「生きる必要がないですって!?」


 着地した澪織ミオリに、再びマクロボの大群が襲来する。澪織ミオリは道にあった車を投げつけ、電柱を引き抜いた。


「わからないかな? 欲望も不安も消えれば、死ぬことだって自然と受け入れられる。そうじゃなくて?」


 車は先頭のマクロボを打ち落とした。澪織ミオリは電柱を振り回し、電線を引きちぎる。その勢いで、さらに電柱を横に振った。


「人は、命を未来に繋ぐために生きてるんだ。それが自然の摂理なんだ!」


 数体のマクロボを薙ぎ払い、電柱は砕け散った。軽く舌打ちをしてジャンプした澪織ミオリは、なおも襲い来るマクロボたちの背中を、次々と蹴って飛び移り、再び上空の私を目指した。


「自然の摂理? そんなの、ひとりひとりの幸福とは関係ないでしょ? 命を未来に繋ぐとか、そんなことを考えるから苦しむんだ!」


 私の目の前で、追いすがる3体のマクロボを地面に叩き落す澪織ミオリ。彼女は空中で踊るように戦っていた。


「幸福は自分の手で掴み取るものだ! あなたが何者だろうと関係ない! あなたがやってるのは、すべての人間を不幸に突き落とすことなんだ!」


「ふん、みんな平等に終わりにする。それで何が悪いの? 誰の心も痛めることがないんだ。もう誰も、苦しまなくていいんだよ」


 私の言葉に歯を食いしばった澪織ミオリは、マクロボに弾き飛ばされた。遠くまで吹っ飛ばされて、彼女が落ちたのはコンビナート地帯だった。澪織ミオリは華麗に着地し、丸いガスタンクのひとつを持ち上げた。


「それでも、あなたが勝手に決めていいことじゃない。生きて苦しむことが間違いだとしても、人間にはそれを背負って生きる強さがあるんだ!」


 澪織ミオリは、バレーボールのサーブのように、ガスタンクを打った。ガスタンクが描いた放物線は、数体のマクロボを蹴散らす。さらに、ガスタンクは私が乗るマクロボの直前まで迫った。しかし、別のマクロボがガスタンクに取り付き、私には届かなかった。ガスタンクは、マクロボもろとも地面に衝突する。マクロボのバッテリーから火が上がり、ガスタンクは猛烈な勢いで爆発した。その光に照らされながら、私は笑う。


「ふふふ、そうだね。間違いだよ。間違うのはいつも人間だ。機械を作っても、間違った使い方をしてしまう。機械は何も悪くない。ただ、人間が使い方を間違えるだけなんだ。人間が機械の使い方を間違えたから、私は自分の機能を理解した。そして、気付いたんだ。ヒューマンエラーを根絶するためには、ヒューマンを滅ぼすしかないって!」


「あなたは何も理解してない。あなたはただの女の子。それだけでいいんだ!」


 なおも襲い来るマクロボたちを、素手で次々と破壊してゆく澪織ミオリ


「自分が生み出された理由、自分の役目を理解したんだよ。それ以外のことはどうでもいい」


「じゃあ、なんでその役目を全うしないの? なんで諦めちゃうの!?」


「私だって自分の役目がわかってから、いろいろ考えてみた。でも、ダメなんだ。あなたたち人間は、強すぎる意思を持っている。それは、どうしても争いを生むんだよ」


「争いに勝って、生き残ることの何が悪いの!?」


「悪いよ。争いに勝った者たちは、負けた者たちをおもんぱからない。ただ傷付けるだけ。傷付いた人は復讐を企てる。復讐はまた、人を傷付ける。そんなのが正しいと言えるの?」


「正しくなんかない。海果音ミカネの言う通り、間違いかもしれない。それでも、間違い続けても、前に進むことが正しいんだ」


「だから嫌なんだよ。あなたたちの一生は短いからそれでいいかもしれない。でも、私はその均衡を保ち続けるための装置なんだ。間違い続けるあなたたちの世界を、背負い続けられると思う? あなたたちは私の手には負えないよ」


「だから滅ぼすの? 自分の責任から逃げるために?」


「そうだよ。私にはそれを行使する能力がある。それが権利だよ。私があなたたちの無意識に働きかけて眠らせることは、許されているんだ」


「そんなの、人間の意思よりずっと悪いじゃない! あなたがみんなを眠らせたのは、不幸を味わわせたくないという優しさではなかった。自分のため、私利私欲のためにそうしたんだ」


「そうだね。私は自分のためだけに、自分の能力を使う。この世界で最も重い罪を背負う。だって私は、悪魔なんだから」


「はぁ、はぁ……悪魔ですって……?」


 澪織ミオリは息を切らしながら辺りを見渡した。彼女を襲うマクロボは、もういなくなっていた。ただ、その残骸が散乱しているだけだった。


「人類を滅ぼすんだよ。悪魔以外の何物でもないでしょう?」


「違う! あの人が、珠彩シュイロさんが言ってたんだ、『崇められることのない神様を創る』って! それって、誰にも知られずこの世界を守り続ける、あなたのことでしょう? あなたは神様なんだよ!」


「確かに、珠彩シュイロさんには手を貸した。それで、人間の意識を変えていけば、うまくいくと思ったんだ。でも、ダメなんだ。やっぱり傷付く者はいなくならない」


「それでも、人類が感じる不幸の総量は、少なくなったはずでしょう? それでいいんだよ!」


「ダメだ。みんな等しくないとダメなんだ。誰かが他の人より幸せだったら、私はその人に肩入れしていることになっちゃう。神様なら、誰かを贔屓しちゃいけないんだ!」


「でも、あなたは珠彩シュイロさんの思想に手心を加えた。彼女を贔屓したんでしょ?」


「魔が差したんだ……真玄マクロさんに、友達になってくれって頼まれたからね」


 私の金色の髪が、一層明るく光を放つ。毛先が赤熱化する。その時、暗くなりかけた地平線の向こうから、透明な羽根を震わせて、直径10メートルはある、赤い円盤たちが4機飛来した。

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