最終章 私の世界
第57話 歌声
「
「
「私に?」
「はい。私がこれから話すことは、信じがたいことでしょう。ですが、落ち着いて聴いてください」
「なんだか知らないけど、そんなにかしこまらなくていいわ。話して」
「ありがとうございます。あなたのお父さまを殺したのは、わた……」
「……すぅ~……すぅ~……」
「
スマホ越しの
「おわりないたび……きみとあゆむと……いつくしみ……ふと……わけあって~♪」
(あの子……なの?)
(みんな、寝ている……?)
道端に横たわる人、人、人。それは、朝の通勤をしているはずの、会社員たちであった。
「……わかれてみたら……きっとらくだよ……すりへらすひび……きみはいらない♪」
どこからともなく聴こえてきた歌。それは、眠った人々のスマホや、そこら中にあるスピーカーから流れていた。
「大丈夫ですか?」
(人って、こんな安らかな顔をして眠るんだ。でも、このままじゃいけない)
(あの子に、会いたい。会えばわかるはずだ)
(私の力、強くなっている。今ならこの脚でも)
全速力で走る
(博士が言ってた通り。みんな壊れてしまったのかな)
そこは、富士の裾野にある、モルフォの研究施設。私と
(こんなもの、どうにでもなる)
素手で穴を掘るように、積み重なった瓦礫を排除してゆく
(ここじゃない……)
そこに、
「はあっ!」
(モルフォを破壊したんだから、みんな起きているはず)
「しんだあとでも……きっとみつかる……いきつづけたら……きみはかなしい♪」
しかし、歌は流れ続け、人々は眠り続けていた。
(ならば、見つけるまで探すだけ)
「やあ、
そこは、私が住んでいたマンションだった。
「
私はダッフルコートを纏っていた。
「タダノート?」
「ううん、違うよ。今ね、小説を書いてたんだ。
「そうなんだ。
「読む必要はないよ。だって、この物語の主人公は、
私は引き出しにノートをしまいながら、
「
彼女は、声に苛立ちをにじませていた。私は嘲るように言った。
「全部だよ。
私は椅子から立ち上り、
「あなたは他人のことを忘れてしまうのではなかったの?」
「私はモルフォに出会ってわかったんだ」
「モルフォはもう、壊してきたよ」
「知ってる。でも、あの子はとうに役目を終えているよ。私が代わりになれるんだから」
「あなたが機械の代わりに?」
「最初はね、モルフォの機能を使って、ネットワークに繋がってる機械の情報が取り出せるだけだと思ってた。でも違ったんだ。私は、この世界のすべての情報にアクセスできる。元からその機能が備わっていたんだ。使い方を知らなかっただけなんだよ。モルフォはそれを教えてくれた」
「たかが機械から、何を教わったっていうの?」
「物理的に離れているものにアクセスする感覚、それを掴めば、私にも同じことが、ううん、それ以上のことができたんだ」
「そう。なら、世界中の人々に影響を与えることもできるんだね」
「そう解釈してくれて構わない。私の声を聞かせればね」
「それで、みんなを眠らせたんだ?」
「そうだよ。簡単なことだった。動物というのは、眠っている状態が一番安定しているんだ。ただ、生きるために栄養を摂ったり、外敵から身を守るため、そして、繁殖するために仕方なく起きているだけなんだ。だから、すべての不安や欲望を消す暗示をかければ、みんな安らかに眠れる」
「みんなって、本当にみんななの?」
「うん。あなた以外はね」
「そう、私だけなんだ」
「あなたは人間を超越した異常な力を持っている。その力で、私の暗示を退けているんだ」
「私の力、念動力……じゃあ、
「うん。私の力は……いや、私は人間の世界の均衡を保つための、ただの部品だよ」
「ただの部品? あなたは人間ではないというの?」
「うん。私は人間と全く同じ素材で作られた、機械のようなもの」
「機械ですって? でも、人間と全く同じ素材で作られているなら、それは人間そのものなのではないの?」
「違うんだ。私にはあなたたち人間のように、意思がない。感情もない。ただ、それがあるかのように、精密に模倣しているだけ」
「なんのために、そんなモノが存在するの?」
「私は人間と同じように不快感を覚える。反発して不満を訴えると、それが世界中に伝播して、騒動を起こす。結果、みんなの不快感がちょっとだけ緩和される。私は、普通の人間より身体能力が低い。その上、不幸を感じやすく設定されているんだ。普通の人より早く、不満を口にできるようにね。そして、私の言葉の影響力は、極大に設定されている」
「それが、あなたの能力」
「能力と言えるのかな? この世界は物理法則というルールの上に成り立っている。だけど、物理法則の演算結果に、多少のランダム性が加わるようになっているんだ。私の場合、そのランダム性に偏りがあるだけなんだよ。それは、私が物理法則の機能と直接繋がることで実現されている。それが分かればあとは簡単。逆に私が物理法則の機能を使う。そうすれば、物理法則が支配するこの世界の、全ての情報にアクセスできる。ここは、私の世界なんだよ」
「なるほど。それで、そんな話を私が信じると思ってるの?」
「信じてくれないの?」
「そんなオカルト、ありえない」
「私からしてみれば、
「私は、あなたにもう一度会いたかっただけ」
「そう、じゃあ、もう気が済んだよね?
「眠ったらどうなるの? 今眠っている人は、どうなってしまうの?」
「栄養を摂らないんだから、遠からず死に至るだろうね。大丈夫、不快感は何もない。ただ、安らかに還ってゆくだけだよ」
「私は、そんなの嫌だ」
「じゃあ、
「私が居なくなって、人類が滅んだら、
「別になんともならないよ。私は死ぬこともなく、ずーっとこの世界でひとりきりになる。次の人類が誕生するまではね」
「それなら、もうこんなバカなことはやめて」
「バカなこと?」
「歌を止めて。みんなを起こして、日常に帰ろうよ」
「いやだって言ったら?」
その時、私の真っ黒な髪が、淡い金色に染まる。真っ黒な瞳が、赤い輝きを放つ。瞬間、マンション周辺から、私の声が大音量で流れ始めた。
「アー! アアアーアーー! アーーーー!!」
それはもはや、歌ではない。地獄の底から湧き上がってくる、慟哭のような響きだった。その声に、
「それなら私は、力尽くであなたを止める!」
「やっぱり、私の声じゃ眠ってくれないの? じゃあ……」
ガシャーン!
「ぐっ!」
「私を止める?
マンションの壁には無残にも穴が開いている。円盤は両腕を伸ばして、その先にあるスピーカーから、私の声を流した。眉をしかめた
「こんなものっ!」
ガシャーン! ……ドォーン!!
私の横をかすめた円盤は、窓を突き破って、遠くのビルに衝突し、爆発した。
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