第56話 私にできること
スタジオを出て、夜の繁華街を歩く二人。
「ここです」
そこは、至って普通のバーだった。店内は客の表情が読めないほど薄暗い。
「ねえ、やっぱり、やめてくださらない?」
「え? なにがですか?」
「あんたの宗教組織よ。
「いえ、宗教ではありません」
「そんなことはどうでもいいわ。その組織は何をしているの?」
「え? ご存知ですよね? ボランティア活動ですよ。被災地での支援活動も、その一環です」
「そうね、人の善意を利用した活動ね。あなた、報酬はちゃんと出してるの?」
「衣食住は保証しています」
「うちの従業員から聴いてるのよ。あなたの組織の人は、休日も深夜まで働いているって。それを知ってるの?」
「細かくは把握していませんが、みなさん、自分の意思でやってくださっています」
「わかってないのね。そんなのが通ると思ってるの? 彼らが活動した分は、ちゃんと還元しなきゃならないでしょ?」
「それはもちろん。ただ、今は余裕がないもので。でも、みなさんの意思を尊重しています。無理に参加しろとは……」
「あなたの組織、信者が増えているんですってね? それがどういう意味だかわかる?」
「えっと、信者ではなく、会員です!」
「その会員、あなたの組織の人間が、被災地で勧誘しているのよ。被災者からしてみれば、断れるわけがないわ。それに、
「そ、そんな、無駄だなんて」
「業務後の時間や休日を潰してね。でも、困っている人なんてもうほとんどいない。やることがなくなった彼らが、どういう行動に出たか分かる?」
「いえ……」
「彼らは勧誘活動に精を出しているの。
「それは、あなたの想像ではありませんか?」
「違うわ。あなた、気付いてないでしょう。
「それは、聞き捨てなりませんね」
「その人たちが証言したの。
「引き抜きに応じるような人間が言うこと、嘘に決まっています」
今にも食って掛かりそうな
「苦しいわね。あなたの組織を見限った人の証言なのよ? 凡庸な人間ほど徒党を組むものよ。お互いを縛るルールを尊び、同調圧力をかける。それに背くものには、容赦ない制裁を加える。自分は能力を発揮して世の中の役に立っているというのに、無意味な勧誘活動を拒否しただけで、嫌がらせを受ける。それじゃ、逃げ出したくもなるわよ」
「逃げた。そうですね。逃げ出すような人だったってだけ」
「逃げるのは悪いことではないわ。いたずらに戦って誰かが傷付くよりは、賢明な選択よ。能力があるんだもの、会社を潰すことくらい、できたかもしれないわ。でも、そんなことをしたら、路頭に迷う人が出てしまう。別に、人を憎んでる訳じゃないもの。だから、
「そんな、言いたいことがあれば、私に直接言えばいいのに」
「ふん、甘いわね。あなた、自分の立場をわかってるの? 彼らにとって、あなたは神に等しい。あなたに気苦労や、心配をかけまいと、情報を遮断しているのよ。勧誘活動はパトロールとして報告される。不祥事はもみ消される。あなたに陳情を試みる不穏な動きは、事前に叩き潰される。もし陳情しても、あなたが反応すれば、『その情報は何かの間違いです』と返されるだけよ」
「私が、何も知らない愚かな支配者とでも言うつもり?」
「つもりじゃないわ。そう言ってるの。うちに来てくれた人たちも、あなたへの尊敬は無くしてなかったわ。だけど、あなたは神の器ではなかったの。当然よ。あなただって、れっきとしたひとりの人間なのだもの」
「そんなの、あなただってそうでしょう? 偉そうに言わないでくださいます?」
「そうよ。私だって自分の無力さはよくわかってるわ。だから、崇められることのない神様を作ることにしたの」
「何を言ってるのですか?」
「分かりやすく言えば、労働力を適切かつ均等に割り振るシステム。あなたのところから来てくれた人が開発しているわ。『
「それで人を支配しようというのですか」
「支配じゃないわ。みんな、ただの機械がやっていることだって知っている。クレームを受け付けるフォームは常に開かれている。何か問題があれば、不具合や意見として報告されるだけよ。それに粛々と対応しているうちに、人工知能は成長して行く」
「AI……ですか」
「そう、全部AIに任せてしまうの。
「間違ってます……」
「ん? 何が?」
「人は、与えられた仕事をただ享受するだけではいけません。自分の意思で生き方を選択しなければならないのです」
「ふぅん、そう。それは志の高いことで」
「
「言ってくれるじゃない」
「
「あの子って、誰よ?」
「……とにかく、
「そう、あなたは、あなたの組織が大きくなることが、良いことだと思ってるのね」
「そうです。団結力は、人類に立ちはだかるいかなる問題をも解決する、力になります」
「じゃあ、あなたは自分の組織のためなら、人の親を殺してもいいと思ってるの?」
「な、なにを……」
「人類のいかなる問題をも解決し得る組織だというなら、私の……私のパパを生き返してみなさいよ!」
「……パパ?」
「あなたが業務提携したいとか言ってやってきてから、
「
「あの
「だから、あんたが殺したようなものだってことよ!」
「……ごめんなさい」
「な、なんで謝るの? まさか、本当に……?」
「そ、それは……」
「ふ、ふふ……こ、こちらこそ、ごめんなさい。今のは私の勝手な妄想よ。本当にあなたのせいだなんて思ってないわ。失礼なことを言ったわね。謝罪する。
「
「でもね、あんな奴でも、私のパパはあの人しかいないの。だから、ちょっと、取り乱しちゃって……本当にごめんなさい」
「いえ……」
「くすっ……はぁ……勝手にあなたを恨んで、あなたの組織を潰す方法を考えて、それで『
「そうなんですか……」
「でも、さっきの言葉を撤回するつもりはないわ。動機はどうあれ、『
「そのために、私は呼ばれたんですね。公開番組であんな嘘までついて」
「え?」
「私のファンだなんて」
「いえ、ファンというのは大袈裟だけど、あなたの声優としての才能は、本物だと思ってるわ!」
「本物の才能……ですか」
「お世辞じゃないわよ? ここまできてそんなこと言わないわ。あなたが組織を解体したら、
「私を
「そうよ。あなたは宗教団体で祭り上げられるより、声優として才能を発揮する方が似合っている。声優としてのあなたは、本当に輝いているわ」
「……ごめんなさい」
今度は
「ど、どうしたの?」
「いえ、何でかわからないけど、涙が止まらないんです」
「そ、そう……泣きたいときは、思う存分泣けばいい。私もそうしたから……」
そして、
「あなた、ひとりで帰れるの?」
「はい。大丈夫です」
バーを後にしたふたりは、微かな笑みを浮かべていた。
「さっきは本当にごめんなさい。でも、あなたのところを見限って、
「わかりました。お互いがんばりましょう」
「じゃあ、またね。『ドローンドール』の放送、楽しみにしているわ」
次の日の朝、起きぬけの
「お父さま、
「
「はい、本気です。
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