第55話 葉月 珠彩

 2月になると、街の通信網は、ほとんど復旧していた。月葉ゲツヨウグループは、被災者に無料でスマホを配り、通販サイト「Matchargeマッチャージ」を積極的に利用させた。そして、葉月ハヅキ会長は、動画サイト「IaMovieアイアムービー」のチャンネルで、絶大な人気を手に入れていた。


 一方澪織ミオリは、星神輿ホシノミコシノ会の変化を気にしていた。


星神輿ホシノミコシノ会の会員が増えている。これは、ボランティアをした甲斐があったというものですね。しかし、この急上昇ぶりは不自然です)


 澪織ミオリは、おもむろに星神輿ホシノミコシノ会のホームページを開く。そこには、「あなたが必要です」のメッセージが大きく表示されていた。


(きっと、海果音ミカネが作ってくれたこのホームページのお陰だ。海果音ミカネ、ありがたいけど、私はあなたに会えなくてつらいよ……)


 思いにふけり、画面を見つめる澪織ミオリ。その画面の端に、メール受信のメッセージが表示される。澪織ミオリはメールボックスを確認した。


(またオーディションのお誘いが来ている。アニメ業界も、元の活気を取り戻してきてる)


 少し嬉しくなる澪織ミオリ。彼女のもとには、不可解なほどに、オーディションの話が殺到していた。その後、彼女は1シーズンで、12の役を演じることとなった。


 そして、3月。澪織ミオリが、珠彩シュイロの番組、「葉月ハヅキが聴く」に出演する日が訪れる。放送直前、二人の間で軽い打ち合わせが行われた。


葉月ハヅキ会長、お目にかかるのは初めてでしたね」


「そんな杓子定規しゃくしじょうぎな挨拶、いらないわ。よろしくね。星宮ホシミヤさん」


「は、はい……それで、打ち合わせとは?」


「まあ、大したことはないわ。ただ、番組をPRするために、とびきり明るく出演してほしいの。観ている人に元気を与えられればと思うわ」


「そうですね。わかりました」


「一応、台本も確認しておこうかしら? メールで送ったのは見てくださった?」


「はい」


 二人は認識合わせを終え、放送の時間がやってくる。


 「葉月ハヅキ 珠彩シュイロです! こんばんはー! 今日はすごいゲストを呼んでいるんですよ! その方の人気でサーバーが落ちかけたとか……いやぁ、ドキドキします。それではお呼びしましょう! 4月から放送開始するアニメ、『ドローンドール』で、主人公の『アローネ』ちゃんを演じている、星宮ホシミヤ 澪織ミオリさんです! よろしくおねがいします!」


 メイクを整え、巫女装束でバッチリ決めた澪織ミオリが、スタジオに入る。


(う……!)


 スタジオには、芳香剤の匂いが充満していた。澪織ミオリはその匂いに立ち眩みを覚える。


「わーぱちぱちぱち、いやー私、星宮ホシミヤさんの大、大、大ファンなんですよ! 今日はお会いできて嬉しいです。気絶しそうなくらいです」


 珠彩シュイロは先程と打って変わって、過剰に愛嬌を振りまいていた。澪織ミオリはその豹変ぶりと、鼻を刺激する匂いに冷や汗をかきながら、テンションを合わせる。


「そんなー、大袈裟ですよ。あ、皆さまこんばんは、星宮ホシミヤ 澪織ミオリです!」


「いらっしゃいませー。ホント、よく来てくださいました。声優のお仕事、お忙しいのでしょう?」


「まあ、多少忙しいですけど、お仕事があるのはありがたいことですから。声優の仕事は、いつ若手の方に追い抜かれるか、わかったもんじゃありません」


「そんなことないですよー! 星宮ホシミヤさんはまだお若いですし、すごくお綺麗ですから。その金髪は地毛なんですよね?」


「はい、母と同じです」


「いやぁ、美しい! ほら、目もこんなに青く澄んで、カメラさん寄って下さい! 皆さん見えますかー?」


「恥ずかしいのでやめてください……あはは」


 顔を真っ赤にしながら、口元を両手で隠す澪織ミオリだった。


「さて、ここからは色々と伺っていきたいのですが、何で声優になったんですか?」


「そこからですか? ふふ、単にアニメが好きだったからですよ」


「そうなんですか。意外と単純な理由ですね」


「でも、頑張れたのは、応援してくれる友達が居たからですかね」


「そうなんですかぁ」


 他愛のないトークを繰り広げるうちに、話題は『ドローンドール』へと移る。


「さて、星宮ホシミヤさんは、4月から放送開始される、『ドローンドール』に出演するんですよね。実は、『ドローンドール』は月葉ゲツヨウグループが製作していまして」


「はい。その節はお世話になっております」


「おお、すごい営業トーク臭のする発言! お世話になっているのはこちらの方ですよ。星宮ホシミヤさんのお陰で、このアニメへの期待が高まっているんですから」


「そんな、滅相も無いですわ」


「これを見ているみなさん、星宮ホシミヤさんは本当にすごい人なんですよ。なんてったって、慈善事業団体、星神輿ホシノミコシノ会の神主でもあるんですからね。って、神主ってなんですか?」


「あはは、お恥ずかしいですね。えっと、リーダーみたいなものです!」


「なるほど! そしてなんと、星宮ホシミヤさん率いる星神輿ホシノミコシノ会は、我々月葉ゲツヨウグループと協力して、被災地で復興支援活動を行っていたんですよ!」


「ええ、その節でも、大変お世話になっています。月葉ゲツヨウさんのドローンの活躍も目覚ましいものがあったと思います」


「そう! そして、ドローンの活躍を題材にしたアニメに、星宮ホシミヤさんが出演される! これは運命としか言いようがありません!」


「まあ、出演は去年の10月から決まっていたんですけどね」


「コホン、そうでした! しかし、期せずしてコラボレーションが果たされたのです。天災禍ディザストームの被害に逢われた方の気持ちを考えると、浮かれている場合じゃありませんが……」


「ははは……まあそうですが、台風がなくても、いずれコラボレーションすることになっていたでしょうね」


「おおっ! いいことを言った! 素晴らしいですね、星宮ホシミヤさん!」


「そんなー!」


月葉ゲツヨウグループが今一番欲しい人材は、星宮ホシミヤ 澪織ミオリ、その人ですよ!」


「あはははっ!」


 笑いの絶えない雰囲気の中、珠彩シュイロは、澪織ミオリに一瞬鋭い視線を送る。


「私、星宮ホシミヤさんには、神主などではなくて、もっと声優として活躍して欲しいんですよ」


「え? どういうことですか?」


「いえね、私、『ドローンドール』の試写会に参加したんですよ。そしたら、星宮ホシミヤさんの演技がすごいのなんのって! 星宮ホシミヤさんの声優としての才能は、もっと活かされるべきですよ」


「ああ、そういうことですか。お褒めに預かり光栄です」


「社交辞令じゃないですよ。本当に、教祖なんてやっているのがもったいないくらい」


「え?」


「ああ、教祖じゃなくて、神主さんですね。ですから、星宮ホシミヤさんは声優のお仕事に専念していただいて、星神輿ホシノミコシノ会の神主は降りていただくということで。星宮ホシミヤさんは星神輿ホシノミコシグループの総裁でもあるんですよね? もしなんだったら、そちらも私共で経営させていただこうかな。なんて」


「企業買収したいとおっしゃってるのですか? えっと、そんなこと急に言われても……」


「いいじゃないですか。グループ企業の総裁も、神主も、さっさと辞めてしまいましょう。宗教団体……じゃなかった。慈善事業団体も解散しちゃいましょう!」


 それから数秒間、二人の会話が途切れ、気まずい空気が流れる。澪織ミオリは気を取り直そうとして、出されていた飲み物を初めて口にした。


「……うっ! なんですかこれ? 腐ってる? コーヒーじゃない?」


 澪織ミオリは思わず、口の中のものをカップに戻してしまう。その時、凍り付いていた珠彩シュイロの表情が強張り、突然破顔した。


「……くくく、はははっ! 星宮ホシミヤさん、それ、薄めた醤油ですよ! あ、あははははは!」


 こらえきれずに笑い転げる珠彩シュイロ。対する澪織ミオリは、未だ状況が理解できない。


「しょ、醤油? な、なんでそんなものを?」


「ごめんなさい、星宮ホシミヤさん、くくく、ドッキリなんですよ! 間が持たなくなったら飲むかなーって、あはははは!」


 唖然とする澪織ミオリ。その正面では、依然、珠彩シュイロが笑い転げていた。


「匂いでばれないようにって、芳香剤まで使って……本当にごめんなさい! くくくくくっ、はぁ……はぁ……」


 息切れした珠彩シュイロは、落ち着くために、自分の前にある飲み物を口にする。


「ブーッ!」


 茶色い液体を、勢い良く噴き出した珠彩シュイロ。その瞬間、スタジオはスタッフの爆笑に包まれた。


「「ワハハハハハハ!」」


「ちょ! スタッフ! なにこれ! 何で私のまで醤油なの? しかもこれ、原液でしょ?」


「……ふふふ」


 澪織ミオリもつられて笑ってしまう。


星宮ホシミヤさんまで! 逆ドッキリ?」


「ち、違いますよ! 私だって醤油飲んだんですから!」


 こうして、二人とスタッフの笑いによって、スタジオは和やかな雰囲気を取り戻した。


「さて、そんな星宮ホシミヤさんですが」


「は、はい、そんな星宮ホシミヤです」


「視聴者のみなさんにメッセージがあれば、どうぞ!」


 澪織ミオリは、未だ天災禍ディザストームの爪痕が残る現状に、立ち向かってゆくことを宣言した。珠彩シュイロは、神妙な面持ちでそれを聴いていた。


「はい、ありがとうございました! では本日の『葉月ハヅキが聴く』はここまでです。星宮ホシミヤさん、本日はお忙しい中、本当にありがとうございました!」


「ありがとうございました」


「それではみなさん、さようならー」


「さようならー」


 放送は予定通り終了した。スタッフにお礼を言いながら、帰り支度をする澪織ミオリ。彼女に、珠彩シュイロが声をかける。


星宮ホシミヤさん、このあとちょっと、付き合ってくださいません?」


「え?」


「時間、ないかしら? 行きつけのバーがあるの。二人で打ち上げをしましょう」


「ああ、そういうことですか。喜んでご一緒させていただきます」

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