第54話 復興支援活動

「今日も一日、ご安全に!」


「「「ご安全に!」」」


 12月初頭。寒風吹きすさぶ中、澪織ミオリの言葉を、作業着姿の人々が復唱する。そこは、天災禍ディザストームの被害により、放棄された住宅街。星神輿ホシノミコシノ会は、復興支援活動を展開していた。


「それでは、これから食料の配給を始めます。みなさん、こちらの列にお並びになって下さい」


 澪織ミオリは精一杯明るい声で、被災した人々に呼びかけた。その時、彼女は空を飛ぶ物体を目撃した。


「あれは、月葉ゲツヨウの……」


 小さく口に出した澪織ミオリ。彼女は次の瞬間、自分のスマホが鳴っていることに気付いた。


「……はい、もしもし、星宮ホシミヤ 澪織ミオリです」


 スマホの着信に応える澪織ミオリ。相手の第一声は、とても明るかった。


「おお、繋がったか! 久しいな。私だ。御厨ミクリヤ 亜生アオイだ」


「博士、お久しぶりです。『くばるーん』、動くようになったんですね」


「ああ。この電話は『くばるーん』を介した通信だ。まだ、通信網は復旧していないからな」


「はい。その件は、星神輿ホシノミコシノ会も、復旧を支援しています」


「そうか。『くばるーん』のカメラに、見慣れた作業着がたくさん映ってると思ったら、そういうことだったんだな」


「ええ、それで、『くばるーん』が動いているということは、『モルフォ』が?」


「いや、『モルフォ』はもう存在しない。研究所もデータセンターも、あのプラントも、すべて崩壊しているようだ」


「そうでしたか」


「お前、本当に何も知らないのか? いくら天災禍ディザストームの被害に遭ったとしても、あそこまで壊滅しないだろう。そもそも、あの辺は台風の目だったはずだ。何者かが、あの施設を破壊したとみるのが妥当だろう」


「いえ、本当に何も知りません」


「まさか、プラントの……いや、アレが勝手に暴走してやったとでもいうのか?」


「わかりません」


「ふむ、要領を得ないやつだな。ともかく、私は無事で、『くばるーん』を制御するシステムは復旧した。これから月葉ゲツヨウグループも、被災地の復興に力を貸すつもりだ」


「わかりました。お互いがんばりま……」


 その時、電話口の向こうで争うような声が聞こえた。


「今は電話中だぞ! え? いや、星宮ホシミヤ 澪織ミオリだが……ああ、スマホを奪うんじゃない!」


御厨ミクリヤ博士!?」


「……あなたが星神輿ホシノミコシノ会の神主ってやつね?」


 澪織ミオリはその声に聞き覚えがなかった。


「はい。あなたはどなたでしょうか?」


「私は月葉ゲツヨウグループの会長、葉月ハヅキ 珠彩シュイロよ。さっそくだけど、あなたたちの復興活動に協力するわ」


「そ、それはありがたいことですね……」


「私たちのドローンなら、運搬作業や、人が入りにくい場所でも活動できるわ」


「なるほど」


「それと、うちの社員たちも被災地に向かわせるわ。遠隔で自由にドローンを飛ばせるほど、通信網は復旧していないもの」


「わかりました。お受けしましょう。ご協力に感謝します」


「こちらこそ、受け入れてくれてありがとう。じゃあ、博士に返すわ」


 少しの沈黙の後、電話から御厨ミクリヤ博士の声が聴こえてくる。


「……すまない。せっかちなお嬢様でな」


「会長って呼びなさいって言ってるでしょ!!」


 御厨ミクリヤ博士の声より大きい声に、澪織ミオリは少し視線を下げた。


「博士、珠彩シュイロさんは……」


「ああ、今出て行った。あのお嬢様は葉月ハヅキ 真玄マクロの娘だ。『モルフォ』や『マクロボ』のことは黙っている」


「その方が、よろしいでしょうね」


真玄マクロもそう言っていたからな」


「はい。娘さんに父親の罪を負わせるわけには、いきませんからね」


 こうして、星神輿ホシノミコシノ会と月葉ゲツヨウグループは手を組むことになった。ふたつの組織の連携により、街は以前の様相を取り戻してゆく。しかし――


「では、我々はこれで失礼します。星神輿ホシノミコシのみなさん、また来週月曜から、よろしくお願いします」


「は、はい……」


 時間は18時丁度。ぞろぞろと解散して行く、月葉ゲツヨウグループの人々。その背中を見つめながら、一人の男性がぼやいた。


「また来週って、俺たちはまだ帰れないし、明日も仕事なんだよな」


 それに同調する声が上がる。


「まったく、この緊急事態に呑気な奴らだよ。9時に来て、12時から1時間休憩して、18時きっかりに帰りやがる」


 星神輿ホシノミコシノ会の人々は、月葉ゲツヨウグループの人々に不満を抱えていた。


「まあいいさ。俺たちは澪織ミオリさまの労いがあれば、頑張れるってものよ。なにより、俺たちは慈善事業でやってるんだ。見返りを求めちゃいけねえ」


「でも、本来あれが普通なんじゃないかな……」


 小さく呟いた男性に、年上の男性がにらみを利かせる。


「なんだって? あんな奴らに合わせろっていうのか? 大体、天災禍ディザストームの前は敵だったんだぞ」


「すみません……」


「さ、喋ってないで、もう一仕事、頑張ろうぜ!」


「ああ、まだ瓦礫が散らばってて危ねえからな。このビルの割れたガラスも、今日中に全部撤去しちまおう」


「おう!」


 星神輿ホシノミコシノ会の人々は、憤りを熱意に変え、22時を過ぎるまで作業を続けた。そんな日々が続き、年が明ける。


「明けましておめでとうございます」


 そこは、星神輿ホシノミコシグランドホテルのパーティー会場。壇上には、マイクを持った澪織ミオリが立っていた。


「今年もよろしくお願いします。皆さまとこうして新年を迎えられて、とても嬉しく思います。まだ、この街の復興も完全とは言えませんが、人々は着実に元の生活を取り戻しています。もう一息、頑張りましょう! それでは、乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 星神輿ホシノミコシノ会と月葉ゲツヨウグループの活躍により、被災した人々も、ささやかながら正月を満喫していた。


 1週間後、澪織ミオリのスマホに着信が入った。


「ご無沙汰しております。『ドローンドール』、プロデューサーの吉田です」


「吉田様、ご無沙汰しております。お元気そうで」


 懐かしい声に、澪織ミオリは少し頬を緩める。彼は、澪織ミオリに出演を依頼したアニメプロデューサーだった。


星宮ホシミヤさんこそ、お元気そうで何よりです。先日、作業現場でお見掛けしましたが、声をおかけするタイミングがなくて」


「なんと、気付かずに申し訳ありません」


「いえ、陣頭指揮を執っている星宮ホシミヤさんを、邪魔してはいけないと思いまして」


「すみません。それで、今日はどんな御用で?」


「ああ、それがですね、『ドローンドール』が、4月から放映されることに決定しました」


「そんなに早く? 放送しても観られない方々もいるのでは?」


「いつまでも自粛自粛と言ってられませんからね。大丈夫です。放送後1年間は、月葉ゲツヨウグループのサイトで全話観られるようにすると仰っていましたので」


「どなたがですか?」


「お嬢さ……葉月ハヅキ会長がです」


「な、なるほど。わかりました。それで、天災禍ディザストームの都合で、脚本の変更はありますか? 台風の話もありましたよね?」


「変更はありません。それもまた、葉月ハヅキ会長の方針です。『政治的な事情で内容を改変するのは、製作者の尊厳を傷つける行為』だと、熱弁しておられました」


「そうですか。では、アフレコも終わっておりますし、あとは放送を楽しみにするだけなのですね」


「はい。それで、折り入ってお話があるのです」


「なんでしょう?」


葉月ハヅキ会長が、放送1ヶ月前に『ドローンドール』のPRをしたいと。つきましては、星宮ホシミヤさんのご予定を伺いたく……」

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