第50話 秘密基地

「うん、大丈夫。私は、マクロボさんや、モルフォさんと心中する気なんて、さらさらないよ」


 ようやく辿り着いたモルフォの研究施設。そこは山肌にある洞窟で、内壁はコンクリートになっていた。道は迷路のように入り組んでいる。内部構造の地図を持っている私でも、現在地を見失いかねなかった。


「モルフォさんがある部屋はもっと先みたい。こんな秘密基地を作ってたなんて、葉月ハヅキ会長、わんぱくな子供みたいだね」


 私の言葉に、澪織ミオリは少し不機嫌そうに、眉間にしわを寄せる。


「ここはマクロボのプラントもあるんだ。慎重に進まないと」


 しかし、慎重に進んだところで、どこでマクロボに出くわすかわからない。私と澪織ミオリの緊張はピークに達していた。そして、予想を裏切ることなく、それは現れた。


 ズズズズシーン!


 天井に張り付いていたマクロボ4機が、落下してステラソルナの行く手を阻む。気付いた時には、澪織ミオリはコクピットから出て、ステラソルナの上に立っていた。澪織ミオリは怖気づくことなく、その中の1機に突進して行く。


「うぉりゃぁぁぁぁっ!」


 ステラソルナの正面、ふたつのライトが照らす中、マクロボにキックやパンチを見舞う澪織ミオリ。金属の装甲はいとも容易く拉げ、内部の機械に痛烈なダメージを与えて行く。それは、とても人間業とは思えなかった。捻り潰したマクロボのバッテリーを投げつけ、連鎖爆発によって、マクロボたちを退治してゆく澪織ミオリ


「はぁはぁ……これで全部?」


「ちょっと、澪織ミオリ、それじゃやりすぎだよ」


「何言ってるの? 本気でやらなきゃ、こっちがやられるかもしれないんだよ?」


「でも、マクロボさんたちだって……」


 そう言いかけた時、私は、いや、ステラソルナの後ろ脚が、何者かに掴まれた。


「うわっ、み、澪織ミオリっ!」


 振り向いた澪織ミオリ。彼女が見たのは、ステラソルナが、2機のマクロボに掴まれて後ろに引っ張られてゆくところだった。


海果音ミカネ!」


 ステラソルナは脚を踏ん張るが、ずるずると、通路へと引きずり込まれて行く。その瞬間、目の前の澪織ミオリが消え、私とステラソルナの後ろから、金属が砕ける音がいくつも響いた。


 ガィン! ジジジジ……ボッ


 不吉な音がする。その方向をみると、火花が散っている。潰れて折り重なった2機の腕は、未だステラソルナの脚を掴んでいた。澪織ミオリはその腕を引き剥がそうと手をかけた。その瞬間――


 チュドーン! ドゴゴーンッ!


 私はその時、これが最後の瞬間だと諦めていた。しかし、私の身体は、ステラソルナから前方に放り出され、宙を舞っていた。


「てっ!」


 床に転がり、私は軽く身体を打ち付けた。痛みをこらえながら、私はステラソルナを見る。すると彼は、目のように光る、前方のふたつのライトを点滅させた。


「さようならって、そんな!」


 私にはなぜか、彼がそう言っているように見えた。そして、ステラソルナの背後で、バッテリーの連鎖爆発が起こる。ステラソルナのバッテリーも、その爆発に巻き込まれるのであった。


「ステラソルナー!」


 しかし、私はもうひとつ、大事なことに気が付いた。


「み、澪織ミオリは……?」


 燃える炎の中で、人影のようなものがうごめいてる。それは、徐々にこちらに近寄ってくるのであった。


海果音ミカネ、大丈夫だった?」


 それは、ボロボロになった作業着を纏った澪織ミオリだった。彼女は灰になりかけた工場長のジャケットを脱ぎ捨てる。彼女は無事だったのだ。


澪織ミオリ?」


 倒れたまま澪織ミオリを見上げると、彼女は炎の逆光の中、微笑んでいた。


澪織ミオリ、だ、大丈夫なの?」


「ん? 私は海果音ミカネが大丈夫なら、大丈夫だよ」


 その瞳の輝きは、この世のものと思えないほど、美しい青だった。


「だって、爆発に巻き込まれたんでしょ?」


 しかし、澪織ミオリが返事をする前に、轟音が響き渡る。


 ゴゴゴゴゴ……ドザァァアアアアアッ!!


 澪織ミオリの後ろで燃えていた炎は消えた。いや、天井が崩落したのだ。真っ暗になった洞窟の中、私は自分のスマホの明かりをつけた。


「爆発? ああ、運が良かったみたいだよ。でも、工場長のジャケットが、お釈迦になっちゃった。きっと、私を守ってくれたんだね。フフッ」


 スマホの明かりの中で笑う澪織ミオリ。しかし、彼女が言うことは到底信じられない。私は差し出された澪織ミオリの手を取り、それが幽霊の類でない、体温を持った人間であることを確認した。


「そ、そうなんだ。でも」


「あーあ、帰り道、塞がれちゃったね」


 後ろを振り向きながら言った彼女は、何故か、嬉しそうな口ぶりだった。


「と、とりあえず、先に進んでみよう?」


 私は澪織ミオリを支えにして立ち上がると、塞がれた方向とは逆に歩いて行く。澪織ミオリはゆっくりと、その後をついてくるのだった。


「ダメだ。ここは行き止まりだったんだ」


 私は壁を前に膝から崩れ落ちた。


「有事の際に、攻め込まれにくく作られてるんだね」


 澪織ミオリは日常会話を交わすかのように、軽々と言ってのける。


「何言ってるんだよ。このまま私たち、ここから出られないかもしれないんだよ?」


 私は涙ぐみながら、澪織ミオリに訴えかけていた。


「大丈夫、きっと、星神輿ホシノミコシの人たちが助けにくるよ」


 当然、スマホには圏外と表示されている。澪織ミオリがなぜそこまで楽観視できるのか、私には理解不能だった。


「そう、なのかな? スマホは使えないみたいだよ」


「うん、とりあえず、スマホの充電を無駄遣いしないように、電源切っておこ?」


「うん……」


 そうして、辺りは真っ暗闇になった。私は行き止まりの壁を背もたれに座り込む。隣に、澪織ミオリが座った音がした。


「少し休もうよ? 今、海果音ミカネは疲れてるんだ。落ち着いた方がいい」


「……わかったよ」


 暗闇の中でしばし無言になる私と澪織ミオリ。時間の流れが止まっているかのような錯覚を覚えながら、私はそれまでの出来事を頭の中で振り返っていた。


「ねえ、海果音ミカネ


 気が遠くなりかけてた私に、澪織ミオリが明るい声をかける。


「な、なに?」


「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね」


「ど、どういうこと?」


「ごめん、なんでもないよ。ねえ、台風、もう止んでるんじゃないかな?」


「わからない。でも、それならそれで、いいんじゃないかな」


 再び黙り込む私たち。それから、どれだけ時間が経過しただろうか。私は自分が眠っているのか、起きているのか、それすらわからなくなっていた。


 ぶるるっ


 微かな音を立てたのは、私の身体だった。


「寒い……」


 私の身体は、コートを羽織っているものの、徐々に体温を奪われていた。


海果音ミカネ、ちょっと」


 私のコートの中に、澪織ミオリが潜り込んできた。頬が触れあうほど接近してくる澪織ミオリ。その吐息が、私の耳元をくすぐる。


「これで、あったかい?」


 わからなかった。澪織ミオリはさらにもごもごと動き、私に身体を密着させてくる。


「あ、これ、なんだろ?」


 澪織ミオリは何か、くしゃくしゃと音がするものを、コートの内ポケットから取り出していた。


海果音ミカネ、これ、飴玉だよ? ほら」


 澪織ミオリは私の口の中に、その飴玉をねじ込んできた。仄かなハッカの香りのあとに、甘みと、スーッとする感覚が口の中に広がった。


「ありがと。思い出した。それ、私が澪織ミオリの誕生日プレゼントに買ったんだよ」


「ほんと? ありがとう!」


 この非常事態に何を喜んでいるのか、私には彼女の心情が全く理解できなかった。


「だから、澪織ミオリも食べなよ。少しでもエネルギー補給しないと」


「私はいいよ」


「なんで?」


「なんかさ、私、もうずっとこのままでいいかなって思うんだ」

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