第49話 樹海の影

 私たちはステラソルナに乗って、山を越え谷を越え、モルフォが待つ、その場所へと辿り着いた。


「この辺は、葉月ハヅキ会長の故郷で、お茶の栽培が盛んなんだよ」


「だから、Matchargeマッチャージは抹茶製品をあんなに」


「そう、最初は自分が育てたお茶を世界中に提供したかった。それだけだったんだよ」


「うん……あ、ねえ、海果音ミカネ、もう雨は降ってないみたいだよ? 台風、収まったのかな?」


「そう?」


 気付けば、あれだけの嵐の中を進んできたというのに、そこには静かな空気が流れていた。


「いや、違う。ここがあの嵐の中心なんだ」


 見渡してみれば、真上は晴れ渡っているが、360度、分厚い雲に囲まれている。鉛色の雲は、目に見える速さで私たちの周りを回転していた。


御厨ミクリヤ博士からもらった地図では、確かこの辺だよ」


 目の前には富士山がある。どうやら台風の中心は、その頂上らしい。そして、山肌のどこかに、モルフォを擁する地下研究所への入り口があるのだ。


「待って! 海果音ミカネ


「どうしたの?」


「なんか、変な音がしない?」


 澪織ミオリはハッチを開け、ステラソルナの背中に立つ。彼女は目を閉じ、耳をすましたかと思うと、何かを察知して、樹海の中に突き進んでいった。


澪織ミオリ!」


「やっぱり、誰かいるみたい」


 澪織ミオリのスマホから通信が入る。彼女の声は今までになく緊張していた。


「誰かって、こんなところに誰がいるっていうの?」


「わからない。だけど……うわっ!」


 突如通信が途絶える。私は、澪織ミオリが消えて行った方向に、ステラソルナを進める。そこには――


澪織ミオリ! え、マクロボさん!?」


 そこには、1機のマクロボと取っ組み合いをする澪織ミオリが居た。マクロボの腕には、潰れたスマホが握られていた。


海果音ミカネ、ごめん、油断した」


 そう口にしながら、マクロボと互角の力比べをする澪織ミオリ、いや、澪織ミオリの力の方が強い。澪織ミオリがマクロボをねじ伏せようとしていると、樹海の中から、次々とマクロボたちが顔を出した。


「く、来るな……!」


 次々と澪織ミオリを取り囲み、彼女の四肢を握りしめるマクロボたち。そして、私が乗るステラソルナの後ろにも、マクロボが忍び寄る。


「み、海果音ミカネに近寄るなーっ!」


 私はステラソルナを操って、澪織ミオリに近付こうとする。しかし、続々と現れるマクロボたちに、行く手を塞がれていった。


澪織ミオリ、どうしよう……」


 私は恐怖に慄いた声を上げ、カメラで澪織ミオリをアップにした。もがいている彼女の四肢には、機械の腕が食い込み、作業着の上からも血が滲んでいるのがわかる。すると、澪織ミオリは急に諦めたように全身の力を抜き、俯いてぶつぶつと呟き始めた。


海果音ミカネを守れないんじゃ、私がいる意味なんてないんだ。こんなことで動けなくなるなんて、私はとんだ役立たずだよ。悠季ユウキ、念動力は世界を破壊できるんじゃなかったの? こんな機械ひとつ壊せないんじゃ、海果音ミカネが助けられないんじゃ、そんな力あっても意味ないんだよ。それに、この身体、こんな身体があるから、機械なんかに囚われて動けないんだ……そうだ、海果音ミカネも助けられない、こんな役立たずな身体、無くなってしまえばいいんだ……!」


 そして、マクロボの指が、ステラソルナに触れようとした時、それは起こった。


「ああああああああああっ!」


 耳をつんざくような澪織ミオリの声。彼女は、まとわりついたマクロボごと、10メートルほど上空へと跳躍した。続けて、身体を思い切り振り回し、マクロボたちを四方へ投げ飛ばす。その1機が、ステラソルナに触れようとしていたマクロボに激突する。そして澪織ミオリは、折り重なったマクロボの上に、つま先を向けて急降下した。


 ガッシャーンッ!


 バラバラに砕けるマクロボの身体。澪織ミオリはさらに、2つのマクロボのバッテリーを両手に持って、さらに回転して、周りにいるマクロボたちに投げつけた。


 ガンッ! ガンッ! ドォッゴゴーォオンッ!


 一瞬のうちに、8機ものマクロボを打ち砕いた澪織ミオリは、その身を翻す。樹海の中で次々に起こる爆発は、澪織ミオリの肉体が、マクロボたちを殲滅する様を表していた。


澪織ミオリ……」


 燃える樹海。煙の中からゆっくりと、私とステラソルナに近付いてくる影。それは、私が名前を呼んだ人物だった。


海果音ミカネ、みんなやっつけてきたよ」


 笑顔を向ける澪織ミオリ。しかし、私はその光景に違和感を覚える。


「ねえ、澪織ミオリ、怪我、大丈夫なの?」


 さっき見た澪織ミオリの身体には、確かにマクロボの爪による傷が刻まれていたはずだ。しかし、作業着の乱れはあれど、滲んでいた血は、どこにも見当たらなかった。


「怪我? そんなのしてないよ? やだなぁ、海果音ミカネ


「そ、そうなんだ。それより! さっきのマクロボさんたち、澪織ミオリが全部やったの?」


「そうだよ。海果音ミカネを守るためなんだから、それくらいできないとね」


 そして、コクピットの中に戻ってきた澪織ミオリは私の頭を撫でた。


海果音ミカネ、大丈夫だった?」


「う、うん、澪織ミオリのお陰だね……」


 無理に笑って見せる私。機体の中にずっといたんだから、私が無事なのは当然だ。澪織ミオリは、何事もなかったように口を開いた。


「外、寒かったよ。御厨ミクリヤ博士が言ってたこと、ホントだった。コート、着ておこう?」


「うん……」


 私は御厨ミクリヤ博士が返してくれたコートに袖を通し、澪織ミオリは、工場長のジャケットを羽織った。そして、まだ煙を上げているマクロボたちの残骸を横目に、目的地へと進んでいった。


「でも、なんでマクロボさんたちが外に居たんだろうね?」


「さあ、もしかしたら、ここに戻った葉月ハヅキ会長が仕掛けたことかもしれない」


「そんなことがある? 葉月ハヅキ会長は、罪を償うって」


「わからないよ? モルフォのところまで行って、気が変わったんじゃないかな」


「そんな……」


「一度は世界征服を企んだような人なんだよ?」


「それは、私の力が……」


「だから、そんなものはないし、台風も偶然。でも、葉月ハヅキ会長が世界を脅かそうとしたのは事実なんだ」


澪織ミオリ、いろいろと矛盾してるよ。モルフォによる台風が葉月ハヅキ会長の妄想なら、葉月ハヅキ会長は被災地に救援物資を送っただけ。むしろ、いいことをしているんだよ?」


「違うよ。人は、悪いことを企んだ時点で、潔白には戻れないんだよ」


「そんな、そんなのひどいよ。私だって、この世界が滅んでしまえばいいなんて、何度も考えてるよ?」


「それとこれとは話が別。ほら、目的地は近いみたいだよ」


 そこには、山肌に空いた洞窟があった。地図は、そこがモルフォの研究所であり、マクロボのプラントであることを示していた。


「うん。でも私、納得いかないよ」


「今はもう考えないで。あの洞窟から、私たちを拒むマクロボたちがやってくるかもしれないんだよ?」


 しかしそこは、ステラソルナを迎えるかのように、風が入り口に向かって流れていた。


「いや、きっとモルフォさんは待っているんだ。なんでかわからないけど、やっぱり行かなきゃならないんだよ」


 私の言葉に、澪織ミオリは固唾を飲み込んで、私の首に優しく手を回す。


海果音ミカネ、絶対に、一緒に帰ってくるんだからね? わかってる?」


 澪織ミオリは、私の耳元で、訴えかけるように囁いた。


「うん、大丈夫。私は、マクロボさんや、モルフォさんと心中する気なんて、さらさらないよ」

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