第48話 ステラソルナ

「あはは、ごめん。マクロボさんを動かせるなんて、やっぱり私の勘違いだったみたい」


 完成したロボットは、私の言うことを気かなかった。


「うん。そうだよ。やっぱり、海果音ミカネに不思議な力なんてないんだよ」


 澪織ミオリは私の頭を優しく撫でる。その時、御厨ミクリヤ博士が、空気を読まずに割って入って来た。


「そいつはマクロボではないぞ? 言うなれば、『マクロボプラスアルファ・ホシノミコシスペシャル』だ。結局、足りない部品もあったから、間に合わせのつぎはぎだらけだ。ついでに、お前のために作ったんだから、海果音ミカネ専用と頭につけてやろう」


海果音ミカネ専用マクロボプラスアルファ・ホシノミコシスペシャルさん……」


 私は、私のために作られたマシンを見据えて呟いた。


「ぷっ、くすくす……海果音ミカネ、それって言いにくくない?」


 吹き出したのは澪織ミオリだった。彼女はお腹を抱えてプルプル震えている。


「それもそうだね。あははっ」


 笑う私を前に、澪織ミオリは意地悪い表情を浮かべる。


「あっ、そうだ。いつもみたいに、海果音ミカネが自分のセンスで、名前を付けてあげればいいんじゃない?」


 澪織ミオリは、御厨ミクリヤ博士に視線を向ける。博士は少し口角を上げて、小さく頷いた。


「そうか。うーん、じゃあ、月葉ゲツヨウと、星神輿ホシノミコシと、私のマシンだから……」


 私は考えながら、冷たい装甲に手を置いた。そして、即興で思い付いた、その名を口にする。


「あなたの名前は、『ステラソルナ』。ラテン語で、星と太陽と月を合わせて『Stellasolunaステラソルナ』だよ」


 私は掌に微かな温かみを覚える。その時、マシンの胴体を一周している溝に、ミントグリーンの光が走った。


「ふん、まったく、奇跡というのはこういうのを言うんだろうな」


 目を閉じニヤリと笑った御厨ミクリヤ博士の前で、私はもう一度、一心不乱にコクピットへ乗り込んだ。


「さあ、動いて、ステラソルナ!」


 私はケーブルを首の後ろに接続する。すると、モーターが起動する音が響いた。そして、ステラソルナは6本の脚を展開する。しかし――


「おい、みんな、機体から離れるんだっ!」


 御厨ミクリヤ博士の声は、警報のように響き渡った。何かを察した工員たちは、一斉に壁際まで後ずさる。


「はは、みんな大袈裟だなぁ。爆発でもすると思ってるの?」


 そして、ステラソルナは、記念すべき第一歩を踏み出した。


 ズシーン……ドゴォッ!


 工場全体を揺るがす轟音。それは、ステラソルナの前肢が、工場の2階の床を踏み抜いた音だった。


 バシャーン!


 ステラソルナは、真っ逆さまになって、工場の1階に落下した。浸水による水しぶきの中、背中から床にたたきつけられたのだ。


海果音ミカネっ! 大丈夫っ!?」


 澪織ミオリの声がする。視界の端に、スクリーンに映った彼女がいた。よく見ると彼女は、工場の天井に、片手でぶら下がっている。私は、モニターと外部マイクに問題がないことを確認すると、ステラソルナの脚に動けと念じた。すると、片側の3本の脚がぐるりと回転して、水浸しの床を蹴る。そして、ステラソルナは上下反転した状態から復帰した。


「ふん、うまくいったようだな! 自力で起き上がれるように設計した甲斐があった」


 2階からステラソルナを見下ろす御厨ミクリヤ博士の瞳は、らんらんと輝いていた。


「脚の生えた大判焼きかと思っていましたが、回転焼きだったのですね!」


 澪織ミオリは変な冗談を言いながら、天井から飛び降りてくる。彼女はステラソルナの上に着地し、ハッチを開けて私に笑顔を向けた。


「へへっ! 結構やるでしょ、この今川焼」


 私もニヤリと笑みを返す。


「さて、小娘たちよ、本当にモルフォのところまで行くのか?」


「はい、今すぐにでも出ますよ」


 私はハッチから顔を出しながら、2階の御厨ミクリヤ博士を見据えた。


海果音ミカネがそう言うなら、もう止めないよ。だけど、私もついていくからね。博士、本当に大丈夫なんですよね?」


 澪織ミオリ御厨ミクリヤ博士を見つめていた。


「うむ。そいつならうまくいく。地図はストレージに記憶しておいた。迷うことはないだろう。女神よ、私のかわいいロボット、ステラソルナのことを頼んだぞ」


「はいっ」


 そうして、私たちはステラソルナにめいっぱい荷物を積み込んだ。静岡への出発間際、御厨ミクリヤ博士がハッチから私たちを覗き込む。


「すまぬ、ひとつだけ忠告させてくれ」


 御厨ミクリヤ博士は、私たちに初めて不安気な顔を見せた。今までと違う雰囲気に、澪織ミオリも不安を滲ませて返す。


「なにか、あるんですか?」


「うむ、これからお前たちが向かう場所には、マクロボを組み立てるプラントもある。ないとは思うが、そこにいるやつらが誤作動を起こすかもしれん。十分気を付けるんだぞ」


「はい」


 私は御厨ミクリヤ博士をまっすぐ見つめ、はっきりとそう口にした。


「ふん、いい表情だ。しかし、その恰好で行く気なのか?」


 御厨ミクリヤ博士は私たちの作業着を見て、呆れたような顔をしている。


「パイロットスーツでもあるんですか?」


 私の言葉に首を横に振る、御厨ミクリヤ博士。


「そんなものはないよ。だが、ここ1週間、太陽はずっと雲に遮られているのだぞ? それでは凍えてしまう」


 言われてみれば、私も澪織ミオリも、その工場の作業服を着たままだった。生地は耐久性に優れ、ポケットの数も頼もしい。しかし、御厨ミクリヤ博士の言うことはもっともだった。気付けば、御厨ミクリヤ博士はハッチを開けたまま、いずこかへと消えていた。そして、舞い戻った彼女は、コクピットの中に上着を投げてよこす。


「あ、ありがとうございます! って、これって……」


「ふん、女神の忘れ物、しかと返したぞ」


 御厨ミクリヤ博士の研究室にあったコートは、私が澪織ミオリからもらったもので、私がさらわれた時に着ていたものだったのだ。


「もう一枚あればいいのだが……」


 澪織ミオリの方を見てぼやく御厨ミクリヤ博士。その時、工場長がハッチの上に現れた。


澪織ミオリさま、これ、俺のなんですけど、よかったら着てください」


 工場長が差し出したのは、無骨な軍用のジャケットだった。


「ありがとうございます」


 ステラソルナのコクピットは、直径1メートルの円筒状だ。私が座った椅子の後ろに、澪織ミオリが立つことができる。


「博士、工場長、それでは行ってきます」


「うむ、気を付けてな」

「はい、どうかご無事で」


 私はふたりを見上げて口を開いた。


御厨ミクリヤ博士、工場長、本当にありがとうございます」


 ふたりが頷くのを見届けると、私はハッチを閉じて正面を見据えた。工場のシャッターが徐々に開いて行く。外では未だ、猛烈な嵐が吹き荒れていた。


「みなさん、澪織ミオリは必ずお返ししますので、しばしの間、拝借いたしますね」


「もう、何いってるの? 私が海果音ミカネを守るんだってば」


 工場内を和やかな空気が包む。私は御厨ミクリヤ博士や、工場のみなさんの笑顔に名残惜しさを覚えながらも、ステラソルナに意識を集中した。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


 工場の外へと踏み出すステラソルナ。その先には、雨と風が世界を削り取ってゆくような、壮絶な光景が広がっていた。澪織ミオリは、数日前乗り付けてきた車が水没してるのを見つめながら、口を開いた。


「道路はもう、冠水してるだろうね」


「うん、でもこの子なら大丈夫だよ」


 私はステラソルナの6本の脚を動かし、静岡へと進んで行く。途中、完全に水没した道路では、脚を折りたたんで、ジェット水流で突き進んだ。


 そして、山を越え谷を越え、私たちはモルフォが待つ、その場所へと辿り着いた。

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