第47話 御厨 亜生

 台風をなんとかするために、月葉ゲツヨウグループ本社ビルまでやってきた私と澪織ミオリ。そこで出会った御厨ミクリヤ 亜生アオイは、私たちを現実に引き戻した。


「ごめん、澪織ミオリ月葉ゲツヨウに来ても意味がなかったね」


 しかし、御厨ミクリヤ 亜生アオイは、自信に満ちた表情を崩してはいなかった。


「ふん、まあそう腐るな。世界中の空調を操れなくても、気象を操れる可能性はゼロではない。なにせ、因果関係がないのだからな。何がどう作用しているのかがわからない限り、可能性は残っているんだ。それだけは忘れるなよ」


「と、言われましても、結局静岡まで行けなければ、同じことですよね?」


澪織ミオリ、私ひとりでも、そこに行ってみるよ」


 私は、当てもないくせに立ち上がっていた。


「ははは、この嵐の中だ。交通機関は使えんぞ。道路だって、じきにに水没する」


「ほら、やっぱり無理だよ。海果音ミカネ、諦めよう?」


「うむ。この嵐もじき止むだろう。すべては偶然のなせる業だ。それに、車で行こうとも、ひっくり返って動けなくなるのがオチだ。まあ、私が開発したロボットなら、行けるかもしれないがな」


「ロボットって、マクロボさんのことですか?」


 私は、畳の上を素早く這って、御厨ミクリヤ 亜生アオイににじり寄った。鼻先まで迫った私にたじろぐこともなく、彼女は答える。


「そうだ、あれの中身は私がすべて設計した。昆虫型と侮るなかれ、この地球のどこへだって行けるぞ」


「マクロボはどこにあるのですか? この下にもありましたよね?」


「いや、人が乗れるようなものはここにはない。設計図ならあるがな」


 スマホを開いて、設計図を見せる御厨ミクリヤ 亜生アオイ。それを覗き込んだ澪織ミオリは、迷いのない声を上げた。


「作ればいいんですね?」


「ああ、だが、どうやって作るのだ?」


星神輿ホシノミコシグループの工場では、下請けとして、マクロボの部品を作っていました。うちの技術者なら、それを組み立てられるはずです。幸い、工場は東京に集中しています」


「ふん、下町の工場に、そんなことができると思っているのか?」


「ええ、御厨ミクリヤ博士、あなたが手を貸して下されば」


「博士か。久しく呼ばれていなかったな。よし、この悪天候の中、作業員が集められるものならやってみろ。そうしたら、協力してやらんでもないぞ」


 言葉とは裏腹に、意気揚々と立ち上がる御厨ミクリヤ博士。まだ秋なのに、白衣の上にダッフルコートを羽織った彼女は、我先にと外を目指す。私と澪織ミオリもその後を追った。


 それから1時間後。私と御厨ミクリヤ博士を乗せた澪織ミオリの車は、星神輿ホシノミコシグループが所有する、工業地帯へと辿り着いた。車から降りた私たちは、工場の中へと走る。私たちは、そこで繰り広げられていた光景に息を呑んだ。そして、澪織ミオリは嵐にも負けない声を上げる。


「みなさん、ここで何をしているのですか?」


 工場の中には、平常時と変わらぬ勤勉さを見せる労働者たち。その全員が、澪織ミオリの声に飛び上がった。


「み、澪織ミオリさま、なぜこんなところに!?」


「質問しているのはこちらです! 速やかに答えなさい!」


 瞬時に凍り付いた空気の中、おずおずと、工場長が澪織ミオリの前に現れる。


「な、何って、機械と資材が水没しないように、2階に上げられるものは上げて、排水ポンプを設置してるんですが……」


「誰がそんなことをしろと指示しましたか? 私はすべての業務を停止しろと、通達したはずですよ」


 工場長が息を詰まらせる中、ベテランの工員が現れ、工場長に助け舟を出した。


澪織ミオリさま、無茶言わんでください。ここの機械たちは俺たちの仲間なんですよ。放っておけるわけないでしょうが」


「そうですか。その心がけは素晴らしいですが、機械を使うあなたたちが水没しては、元も子もないでしょう」


「……仰る通りです。俺たち、勝手なことをして、澪織ミオリさまや、他のみんなに迷惑をかけるところでした」


 工場長はヘルメットを目深にかぶり、澪織ミオリに背を向けた。そして、工員たちに撤収指示を出そうと息を吸い込む。その時、澪織ミオリは彼の肩にそっと手を置いて、落ち着いた声で囁いた。


「いえ、おかげで助かりました。みなさま、手を貸していただけませんか?」


 その声は、嵐の雑音の中、工場にいるすべての人々の耳に届いていた。


「み、澪織ミオリさま……」


 振り返った工場長が見たのは、天使の微笑みだった。彼の瞳に涙が溢れると、遠くから威勢のいい声が飛んでくる。


「工場長、排水ポンプは設置し終わったぜ! 澪織ミオリさま、御用があるんでしょう? さあ、なんなりとおっしゃってください!」


 澪織ミオリは工場長の前に歩み出て、その声に応えた。


「はい、みなさまにロボットを造ってもらいたいのです」


 5秒ほどの沈黙。外の風は、相変わらず破滅的な唸りを上げている。


「ロボットだって? おいおい澪織ミオリさま、俺たちの冗談を真に受けたのかい?」


 工場の空気は、和やかに弛緩する。工員たちは、お互いに顔を見合わせて、くすくすと笑っていた。


「私は月葉ゲツヨウに行って確かめてきました。この工業地帯で作っている部品は、ロボットのパーツなのです」


「ほほう、だが、だとしてもだ、設計図が無ければ組み立てることなんてできないぜ?」


「それは問題ない」


 御厨ミクリヤ博士が、澪織ミオリの横に並び、両手を腰に当てる。


「なんだお嬢ちゃん、こんな嵐の日に外に出ちゃダメだろう?」


「人の話を聴け。私は月葉ゲツヨウの研究所の責任者だ。お前たちが作ってるパーツは、私が言う通りに組み合わせればロボットになる」


「ふーむ、小さいのに中二病か。不憫なこった」


「いや、ゲンさん、そいつあ御厨ミクリヤ博士じゃねえか!」


「なんだって?」


「ああ、確か、ロボットの研究をしていたが、行方をくらましたっていう。いやあ、こんなところで会えるとは」


「ふん、私が何者だろうが関係ないだろう。この設計図通りに作れば、ロボットは完成するんだ」


 御厨ミクリヤ博士は、スマホを工員たちに見せる。


「はぁ、なるほどなぁ。うん、こりゃうまくいきそうだ」


 感心して息を呑む工員たち。彼らにスマホを見せたまま、御厨ミクリヤ博士は振り向いた。


「だが、星宮ホシミヤ 澪織ミオリよ、本当にパーツは全部揃うのか?」


 御厨ミクリヤ博士が澪織ミオリを見ると、彼女は電話を終えたところだった。


「はい、これからここに、みんな運んできてもらいます」


 そして、周囲の工場から、ロボットのパーツが集結した。他の工場で働く工員たちも皆、澪織ミオリの通達を破って出勤していたのだ。


「ふむ。搭乗タイプの部品も揃っているな。では、始めるか」


 星神輿ホシノミコシが持つ最大の工場、星神輿ホシノミコシ第一製作所。その2階で、作業は着々と進められた。私と澪織ミオリ御厨ミクリヤ博士は作業着を着込み、工員たちの支援をする。私たちは、寝る間を惜しんで作業に没頭した。


「おい、大丈夫か?」


「ああ、まだ平気みたいだ」


 気を配り合いながらも、夜を徹して作業を続ける工員たち。そして、2日が経過する。その間も、台風は弱まる気配を見せなかった。


「よし、これで完成だ」


 出来上がったのは、直径3メートル、高さ1.5メートルの、今川焼のような、マカロンのような円盤だった。装甲はメタリックな構造色のライトベージュ。私は後部の梯子を登り、てっぺんの丸いハッチを開けて、コクピットへと降りる。


「うん、いけそうだよ」


 コクピットには、シートと、360度モニターと、外音を取り込むスピーカーがあった。しかし、操縦する機器は、取り付けられていない。それは、私が指示したことだった。


「なあ、本当に大丈夫なのか? いくらお前が女神だからといって、そんなことが……」


 私は、ハッチから覗き込む御厨ミクリヤ博士にニヤリと笑い返す。


「はい。私はこの子のこと、夢の中で知ってますから」


 私はそう言うと、首の後ろのポートにケーブルを接続した。そして、ケーブルのもう片側を、椅子の背もたれのポートに挿入する。そう、そのコクピットには、あの地下3階にあった椅子と同じ物を取り付けたのだ。


「ふん、まあ動かせなければ、スイッチ類と操縦桿を付けてやるまでだ。あと一晩はかかるがな」


 その言葉に、工員たちが青ざめる。彼らはすでに疲れ果てていた。


「さあ、いくよ」


 しかし、動かない。沈黙が辺りを包む。


「それ見ろ。起動しないではないか。大人しく操縦機器が完成するのを待つのだな」


「そんな時間はありません。一刻も早く、この嵐を止めなければならないんです」


「ふん、好きにするがいい」


 御厨ミクリヤ博士はそう言うと、ハッチを閉めて機体から離れた。私はコクピットの中で、懇願するようにささやいた。


「ねえ、なんで言うことを聴いてくれないの? お願い、動いて!」


 しかし、機械は私の言葉に反応しない。当然と言えば当然のことだ。私は諦めて、コクピットを降りることにした。


海果音ミカネ……」


 外には澪織ミオリが待っていた。私はバツが悪そうに、頭をかきながら笑う。


「あはは、ごめん。マクロボさんを動かせるなんて、やっぱり私の勘違いだったみたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る