第47話 御厨 亜生
台風をなんとかするために、
「ごめん、
しかし、
「ふん、まあそう腐るな。世界中の空調を操れなくても、気象を操れる可能性はゼロではない。なにせ、因果関係がないのだからな。何がどう作用しているのかがわからない限り、可能性は残っているんだ。それだけは忘れるなよ」
「と、言われましても、結局静岡まで行けなければ、同じことですよね?」
「
私は、当てもないくせに立ち上がっていた。
「ははは、この嵐の中だ。交通機関は使えんぞ。道路だって、じきにに水没する」
「ほら、やっぱり無理だよ。
「うむ。この嵐もじき止むだろう。すべては偶然のなせる業だ。それに、車で行こうとも、ひっくり返って動けなくなるのがオチだ。まあ、私が開発したロボットなら、行けるかもしれないがな」
「ロボットって、マクロボさんのことですか?」
私は、畳の上を素早く這って、
「そうだ、あれの中身は私がすべて設計した。昆虫型と侮るなかれ、この地球のどこへだって行けるぞ」
「マクロボはどこにあるのですか? この下にもありましたよね?」
「いや、人が乗れるようなものはここにはない。設計図ならあるがな」
スマホを開いて、設計図を見せる
「作ればいいんですね?」
「ああ、だが、どうやって作るのだ?」
「
「ふん、下町の工場に、そんなことができると思っているのか?」
「ええ、
「博士か。久しく呼ばれていなかったな。よし、この悪天候の中、作業員が集められるものならやってみろ。そうしたら、協力してやらんでもないぞ」
言葉とは裏腹に、意気揚々と立ち上がる
それから1時間後。私と
「みなさん、ここで何をしているのですか?」
工場の中には、平常時と変わらぬ勤勉さを見せる労働者たち。その全員が、
「み、
「質問しているのはこちらです! 速やかに答えなさい!」
瞬時に凍り付いた空気の中、おずおずと、工場長が
「な、何って、機械と資材が水没しないように、2階に上げられるものは上げて、排水ポンプを設置してるんですが……」
「誰がそんなことをしろと指示しましたか? 私はすべての業務を停止しろと、通達したはずですよ」
工場長が息を詰まらせる中、ベテランの工員が現れ、工場長に助け舟を出した。
「
「そうですか。その心がけは素晴らしいですが、機械を使うあなたたちが水没しては、元も子もないでしょう」
「……仰る通りです。俺たち、勝手なことをして、
工場長はヘルメットを目深にかぶり、
「いえ、おかげで助かりました。みなさま、手を貸していただけませんか?」
その声は、嵐の雑音の中、工場にいるすべての人々の耳に届いていた。
「み、
振り返った工場長が見たのは、天使の微笑みだった。彼の瞳に涙が溢れると、遠くから威勢のいい声が飛んでくる。
「工場長、排水ポンプは設置し終わったぜ!
「はい、みなさまにロボットを造ってもらいたいのです」
5秒ほどの沈黙。外の風は、相変わらず破滅的な唸りを上げている。
「ロボットだって? おいおい
工場の空気は、和やかに弛緩する。工員たちは、お互いに顔を見合わせて、くすくすと笑っていた。
「私は
「ほほう、だが、だとしてもだ、設計図が無ければ組み立てることなんてできないぜ?」
「それは問題ない」
「なんだお嬢ちゃん、こんな嵐の日に外に出ちゃダメだろう?」
「人の話を聴け。私は
「ふーむ、小さいのに中二病か。不憫なこった」
「いや、ゲンさん、そいつあ
「なんだって?」
「ああ、確か、ロボットの研究をしていたが、行方をくらましたっていう。いやあ、こんなところで会えるとは」
「ふん、私が何者だろうが関係ないだろう。この設計図通りに作れば、ロボットは完成するんだ」
「はぁ、なるほどなぁ。うん、こりゃうまくいきそうだ」
感心して息を呑む工員たち。彼らにスマホを見せたまま、
「だが、
「はい、これからここに、みんな運んできてもらいます」
そして、周囲の工場から、ロボットのパーツが集結した。他の工場で働く工員たちも皆、
「ふむ。搭乗タイプの部品も揃っているな。では、始めるか」
「おい、大丈夫か?」
「ああ、まだ平気みたいだ」
気を配り合いながらも、夜を徹して作業を続ける工員たち。そして、2日が経過する。その間も、台風は弱まる気配を見せなかった。
「よし、これで完成だ」
出来上がったのは、直径3メートル、高さ1.5メートルの、今川焼のような、マカロンのような円盤だった。装甲はメタリックな構造色のライトベージュ。私は後部の梯子を登り、てっぺんの丸いハッチを開けて、コクピットへと降りる。
「うん、いけそうだよ」
コクピットには、シートと、360度モニターと、外音を取り込むスピーカーがあった。しかし、操縦する機器は、取り付けられていない。それは、私が指示したことだった。
「なあ、本当に大丈夫なのか? いくらお前が女神だからといって、そんなことが……」
私は、ハッチから覗き込む
「はい。私はこの子のこと、夢の中で知ってますから」
私はそう言うと、首の後ろのポートにケーブルを接続した。そして、ケーブルのもう片側を、椅子の背もたれのポートに挿入する。そう、そのコクピットには、あの地下3階にあった椅子と同じ物を取り付けたのだ。
「ふん、まあ動かせなければ、スイッチ類と操縦桿を付けてやるまでだ。あと一晩はかかるがな」
その言葉に、工員たちが青ざめる。彼らはすでに疲れ果てていた。
「さあ、いくよ」
しかし、動かない。沈黙が辺りを包む。
「それ見ろ。起動しないではないか。大人しく操縦機器が完成するのを待つのだな」
「そんな時間はありません。一刻も早く、この嵐を止めなければならないんです」
「ふん、好きにするがいい」
「ねえ、なんで言うことを聴いてくれないの? お願い、動いて!」
しかし、機械は私の言葉に反応しない。当然と言えば当然のことだ。私は諦めて、コクピットを降りることにした。
「
外には
「あはは、ごめん。マクロボさんを動かせるなんて、やっぱり私の勘違いだったみたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます