第46話 向かうべき場所
台風が発生してから3日が経過した。だが、暴風雨は収まる気配をみせない。朝7時、私は
「どうしたの?
「ねえ、変だと思わない? この台風、ずっと居座ってるよ? なんとかできないかな?」
「また何を言い出すかと思ったら」
「このままじゃ被害は大きくなる一方だよ? 私はそんなのやだ」
「私だってやだよ。でもね、人間は自然現象に抗えないの。過ぎ去るのを待ちましょう?」
「でも、何もしないよりは……」
「そうやって不用意に行動して、行方不明になってる人もいるんだよ?」
「じゃあ、
「え?」
「私、なんとなくわかるんだ。音なのか、雰囲気なのか、
「あはは、何言ってるのかな? 道路はもう水没しかかってるんだよ?」
「だからだよね? 道路を使えるのはせいぜいあと1日。だから、行くんでしょ?」
「だとしても、
「じゃあ、
「そんなこと!」
「
電話口からは、
「わかったよ。
「ほんと? ありがとう!」
「その代わり、ひとつだけ約束して」
「なに?」
「私を絶対に、ひとりにしないで。どっかに行ったりしないで」
「うん、勿論だよ」
そうして、私は着替えてホテルのフロントまで降りた。ほどなくして、
「私は別に、モルフォの話を信じたわけじゃないから」
「いいよ、それで。私だって、それが嘘ならどれだけいいかと思ってるんだから」
私はそう言って、助手席のシートベルトを締めた。
「って、空いてないじゃん!
「ま、まあ、そうだよね。安全を第一に考えたら、こんな日に仕事なんてしないよ」
「確か、
その時すでに、通信ネットワークは、台風によって寸断されていた。
「
さっきまでの緊迫感はどこへやら、私は自動ドアに力なく寄りかかろうとする。しかし、私の背中を受け止めるものは存在しなかった。
「いてっ!」
「大丈夫?
自動ドアはいつの間にか開いていて、私は、
「おお、すまないな。まさか寄りかかってたなどとは」
その声の主は、小学生と思しき体格の、白衣を着た女性。腰まで伸びた藍色の髪と、紫色の瞳が印象的だった。その吊り上がった目には、無限の自信を湛えている。
「あ、あなたは?」
「私は、
「そうなんだー、えらいねー。大人の人はいるかな?」
私は座ったまま仰け反って、少女に笑顔を見せる。
「私は大人だ。他の者はいない。なにせ、出勤できないんだからな。しかしお前、失礼だな。目上の人間に、そんな口を聞いていいと思ってるのか?」
「え? だって、私は26歳だよ?」
「私は今年で40になるぞ?」
私より身長が頭一つ分低いその女性は、社員証を見せてくれた。
「たしかに、ここの社員さんなんですね。ごめんなさい」
立ち上がって謝る私に、
「あの、
「
「そ、そうなんですか」
「ああ、それで、ロビーまで来てみれば外に人がいるではないか。こんな時に来る者を放っておくのも忍びないと思い、ドアを開けたんだ。さあ、とりあえず入れ。早くしろ、私も濡れてしまっただろう?」
「「はい」」
私たちは、
「せっかく来たんだから、茶でも飲んでいけ。タオルはそこにあるから、自由に使うがいい」
そこは、台所がある和室だった。部屋の一角には、唸りを上げるパソコンと、9つのモニターが並んでいる。棚にはビーカーやフラスコ、試験管、そして、謎の液体が入った瓶が並んでいた。
「こんなんで済まないが、コーヒーでいいか?」
「あ、はい」
しばらくすると、香ばしい匂いが漂ってくる。そこは、外から隔絶された静かな空間だった。嵐が起こっていることなど、忘れてしまうほどに。
「で、何の用があって来たんだ?」
そう言いながら、コーヒーの入ったビーカーを、ちゃぶ台に置く
「えっと、なんて説明すればいいか……」
「私はこの研究室の責任者だ。この会社の大体のことは知っている。話してみろ」
「今起きている台風を止めたいんです!」
「止める? ふふふ、自然現象をどうやって止めるというのだ」
当てが外れた。きっと、この人もモルフォのことは知らないんだろう。そう思った時、
「
「ふん、未だにこんな前時代的なものを使っているとはな。こんなもの、なんの証明にもならんぞ? で、そっちは?」
「わ、私ですか?」
私がしどろもどろになっていると、
「会長は今いないよ。台風が起きた晩に居なくなったきり、連絡が取れないんだ」
「台風が起きた晩ですか……」
私は、「自分なりに罪を償う」と言った、
「ああ、っとすまん、まだお前の名前を聴いてる途中だったな」
「えっと、私は
「
その瞬間、
「お前は、女神ではないか!」
「知っているんですか!?」
「ああ、ただな、女神のことは、なぜか忘れてしまうんだ。だから、スマホの中に、女神の名前を保存していたのだ」
「やっぱり、そうなんですね」
なぜか少し嬉しそうな
「お前、さっき、台風を止めるとか言ったな?」
「はい」
「ふふ、そうか……」
意味深な微笑みを浮かべる
「
「ほほう、モルフォのことを知っているのか。だが、その質問には答えられんよ」
「え?」
「確かに、人間の脊髄をモルフォに接続して、刺激への反応を演算に反映することで、AIの危機回避能力は上がった。しかし、台風を起こす根拠はない」
「
「そんなことしたくらいで、台風が起こせると思うか? 起きたとしても、偶然と見分けはつかないだろう」
「やっぱり、そうですよね」
その時、私は心底残念な顔をしていた。
「それと、もうひとつ残念な知らせがある。ここにモルフォは無いんだ」
「えっ、ですが、ここの地下3階で」
「ふん、あれは制御ルームに過ぎない。モルフォは別の場所にあって、ネットワークで繋げてるだけだ。本社ビルとモルフォが同じ場所にあったら、災害時、同時に潰れてしまうだろう?」
「そうなんですね。それに、ネットワークはこの台風で……」
私の言葉に、
「うむ。だから、今は直接静岡まで行かなければ、モルフォを動かすことはできんのさ」
「ネットワークが切断されているんだから、世界中の空調を操作することもできない。そもそも、台風をどうにかできる保証なんてない……」
「ごめん、
息巻いていた私も、
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