第45話 すべてを忘れるために
モルフォから解放され、
「でもね、人は忘れた方がいいこともあるんだよ」
「何を?」
「ふふん、じゃーんっ!」
「な、なにそれ! 怖いっ! まさかっ、記憶を切り捨てるハサミ? 記憶消シザース?」
「もう、何言ってるの?、髪を切ってあげるんだよ。そしたら、つらい気持ちも忘れられるかなって」
私の髪は、腰に届かんばかりに、伸びていた。
「そっか、わかったよ。じゃあ、お願いしようかな」
私はビニール製のポンチョをかぶせられて、ビニールシートの上に置かれた椅子に座った。
「お客さん、いつものでよろしいですか?」
「もうっ、いつもって、
「フフ、そうだね」
「ああ、それか。やっぱり気になるよね」
「うん、こんなもの、何も効果なかったんだよ」
「え、どういうこと?」
「だってさ、あれからずっと、
「でも……」
「でもじゃありません。いい?
「そ、そうなのかな?」
「うん、私もあなたも、ちょっと思い込みが激しかっただけ。それだけだよ」
「うーん」
「だから、全部忘れるために、さっぱりしようね」
そう言いながら、再びハサミを動かす巫女姿の
「いーつかわかさをー……なくしてもー……こころだけはー……けっしてー……かわらないー……きーずなで……むすばーれてるー♪」
私のゆったりとした歌声。そのリズムに合わせて
「だからさ、もういいんだよ。
「うん……」
頷いた時、私の髪は以前のショートカットに戻っていた。
「はいっ! できあがり。じゃあ、シャンプーしよっか?」
「ちょ、ちょっと待って、お風呂はひとりで入れるから!」
「えー、そうなの?」
「そうなの!」
更衣室から強引に
「
「え? ああ、ニュース見ててね、平和だなーって。ほっとしてたんだよ」
「そっか、ぅ……ふぁぁ……」
私は、急激な睡魔に襲われた。
「疲れたもんね。今日はおやすみ。また明日、これからのことをゆっくり話そうよ」
「うん、また、明日」
ドサッ……
私はベッドにうつ伏せに倒れ込んでいた。
ザーー……
ひどく耳障りなノイズに、私は目を覚ました。外は真っ暗で、時計の針は午前4時をさしていた。スマホの通知を見ると、暴風波浪警報が発令されている。
「うわぁ、こりゃ二度寝できる感じじゃないな」
独りごちりながら、私はテレビをつけた。
「突如発生し、急激に発達した低気圧は、巨大な台風となりました。現在、各地で暴風波浪警報が発令されています」
緊急ニュースとL字のテロップが、非常事態であることを物語っている。その時、スマホにメッセージが入った。
「
それは、
「えーっと、『心配する必要ないよ。君は自分の会社が経営するホテルを、信用できないのかね?』な~んてね」
そのホテルは堅牢で、台風などにびくともしないだろう。大丈夫だ。しかし、メッセージの送信ボタンを押した瞬間、バタンという音が響いた。
「はぁ……はぁ……
現れたのは
「だ、大丈夫? 12階まで階段を駆け上って来たの?」
ベッドの上で苦笑いを浮かべる私。
「よかった。無事だったんだね。私、
その、本気を灯した瞳に、私は後ずさり、壁に背中をぶつける。
「あはは、大袈裟だなあ……この台風、予報なかったよね」
すると、
「うん、今日の0時くらいから発生したみたい。それから、3時間で本州の中心に広がって、全然動かないんだってさ」
「そ、そうなんだ。交通機関、停まっちゃいそうだね」
「うん。あ、そうだ……」
「
それは、
「ちょっとこれは、洒落にならないね」
私は、相変わらず苦笑いを浮かべながらも、震えた声を
「うん、しかも、突然発生したっていうんだから、気味が悪いよ……」
「まさか、わたっ、もごっ!」
「私」と言いかけた私に、
「そんなこと、あるわけないよ……」
しかし、
「でも、モルフォが使われ始めてから、不自然な台風が発生しているだよ。それは事実なんだよ?」
「偶然だって。まったく、
「これが偶然だとしても、私の力で台風が止められるかもしれないんだよ?」
「だから、あなたに不思議な力なんてないって言ってるでしょ?」
「そんなこと、なんで
「そんな超常現象みたいなこと、あり得ないよ。
「そうやって、私をまた現実から遠ざけようとするの?」
「現実から遠ざかってるのは
「じゃあ、こんなの外してもいいんだよね!?」
私は首の後ろの装置を引っ掴んで、もぎ取ろうとした。しかし、次の瞬間、その手は
「ダメだよ! そんなことしたら、障害が残るかもしれないんだよ?」
「だって、
「とにかく、この台風が治まったら、外してもらおう? ね?
私は無言のまま俯いた。
「私は、みんなの安否を確認するために、会社に行くけど、
「……うん」
「全部、忘れればいいんだよ」
そう言いながら、
「この台風、いつまで続くんだろう……」
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