第44話 その責任は

 月葉ゲツヨウグループ本社ビル、地下3階。拘束されていた私たちは解放された。


「みなさん、とりあえずここを出ましょう。あの金髪の女の子について行ってください」


 私が言うことを、みんなすんなりと受け入れてくれる。ぞろぞろと部屋を後にする人たち。それを見送る私と葉月ハヅキ会長、二人だけが部屋に残された。


「あの人たちはきっと、みんないい夢を見ていたんですよ」


「そ、そうなんですか?」


 悟り切ったような私に、葉月ハヅキ会長はあたふたとしていた。


「ええ、私と同じように、荷物を配達して、お客さんたちの笑顔に迎えられて。だから、真実を知ってもいいことはありません」


「面目次第も無い」


「ふふ、まあ、首の後ろのポートは外してあげてくださいね。でも、またモルフォさんに戻りたい人もいるかも? みんな、あそこが心地良かったんです。だから、モルフォさんのフォローも難なくこなせた。言うなれば、モルフォロワーさんです」


「女神……」


「だーかーら、違いますって。私はただの日向ヒナタ 海果音ミカネです」


海果音ミカネさん、私は、取り返しのつかないことを」


「それは私も同じです。これから、どうしますかね。モルフォロワーのみなさんを見てたら、力が抜けてきました」


「ううむ、海果音ミカネさん、あなたは若いのに、随分しっかりしておられるのですな」


「私、もう、四捨五入すると30ですよ?」


「えっ!?」


「25歳です! あれ? 26だっけ? えっと、私いくつだったんだろう……」


 ニート生活を送り、長期間眠っていたことにより、私は自分の年齢がわからなくなっていた。


「ほほう。それでは、うちの娘とほとんど変わらないですね」


「娘さん、いらっしゃるんですか?」


「はい、とてもかわいい娘で……と、本人に聞かれると怒られるのですが、今は会社を手伝ってくれています。社員たちの人気も高いんですよ」


「ほぉ」


「娘は珠彩シュイロというのですが、彼女は月葉ゲツヨウグループを背負って立つことができる人間です。親バカとお思いでしょうが、本当なんですよ?」


「是非、お会いしたいものです」


「友達になってあげてください。ですが、娘は私がここでしたことを知りません。だから、娘や他の人間には、秘密にしておいてくれませんか? すべての罪は、私のものですから」


「だから、私も悪かったって言ってるじゃないですか。娘さんに黙っておく件は、承知しましたけど」


「でも……」


「でもじゃありません。この間、澪織ミオリが言ってたんですよ。私には不思議な力があるって。たぶん、それのせいなんです」


「しかし……」


海果音ミカネ、それは私の冗談だよ」


 それは、部屋に戻って来た澪織ミオリの声だった。


星宮ホシミヤさん!」


葉月ハヅキ会長、あなたがしたことは、許されることではありません。ですが、あなたはそれを償って余る力を持っています。どうか、世界を良くするために、その力を、お役立てください」


「はい。私は、私なりの償いをします」


「それで、ここに居た人たちについていた機械ですが……」


「すみません。それを外すには、手間がかかりまして。皮膚の上から脊髄に、針を何本か刺しているので、慎重に作業しないと」


「はい、順を追ってまいりましょう。彼らはそれほど気にしていませんから。精神は非常に安定しているようです」


「本当に申し訳ありません」


「済んだことをああだこうだ言っても何も解決しません。今は前に進むことだけを考えましょう」


「わかりました」


 そして、私は葉月ハヅキ会長に疑問を投げかける


葉月ハヅキ会長、あのマクロボさんたちを使って、どうするおつもりだったんですか?」


「どうって……」


「まさか、軍事利用をお考えになっていたのでは?」


「参りましたな。否定できません」


「あの子たちも、平和的に利用されることを望んでいます。人のために作られたんだから、人を傷つけたいわけがありません」


「ははは、あなたは機械の心がわかるのですか?」


「あはは、そんな気がするだけです。でも、あの子たち、丸くてかわいいし、軍事利用なんてもったいないですよ」


「かわいいですか。それは嬉しいですな。マクロボのデザインは、私が考えたものでして」


「そうだったんですか!」


「昔から昆虫が好きで、6本足のロボットを造りたかったのです。ボディは親しみやすい丸形にして……でも」


「でも?」


「娘に一度だけ、設計図を見せたことがあるのですが、『かわいくない』と一蹴されてしまいました」


「あははっ、気の強い娘さんなんですね」


「娘には嫌われたくないので、このことはくれぐれも内密に。頼みましたよ」


「わかりました」


 にこやかに会話を交わす私と葉月ハヅキ会長、それを恨めしそうに見ていた澪織ミオリが、声を上げる。


「あの、私はそろそろ失礼しますね。海果音ミカネは、私と一緒に来るよね?」


「うん、わかった。葉月ハヅキ会長、それでいいですか?」


「そうですね。海果音ミカネさんのことは一旦、お友達の星宮ホシミヤさんにお任せしましょう」


「はい。海果音ミカネは私が守ります。もう、さらわれたりしないように」


「その節は、本当に申し訳ない……」


「あははっ、なんか澪織ミオリ、感じ悪いよー?」


 澪織ミオリは、茶化す私を無視して続ける。


「業務提携の話、やはり、なかったことに致しましょう。それから」


「それから?」


月葉ゲツヨウグループがこの世界の平和を脅かす時が来たら、星神輿ホシノミコシの全力を挙げて阻止します。それをお忘れなきよう」


「望むところです」


 そして、私と澪織ミオリは、月葉ゲツヨウグループ本社ビルを後にした。私とモルフォロワーさんたちは、一時的に、近くにあった星神輿ホシノミコシグループのホテルに滞在することになった。


 部屋でパジャマに着替え、ベッドに横になる私。しかし、ぐっすりと眠った後だからか、妙に意識が冴えていた。


(私がモルフォさんとしたこと、取り返しなんてつかないよね。葉月ハヅキ会長はああ言ってたけど、やっぱり責任は取るべきなんだ)


 横になったまま、自責の念に駆られていると、コンコンと、扉をノックする音がする。


「はーい」


 扉を開けると、巫女装束に着替えた澪織ミオリがいた。


海果音ミカネ、おかえり」


「た、ただいま」


 澪織ミオリは無言で、私の華奢な身体を抱きしめた。


「み、澪織ミオリ……何を」


「もう、私のことを忘れないように……」


「ごめん、ごめんってば、もう忘れないから」


「そっか、じゃあ、よかった」


 澪織ミオリは私の身体から離れると、更に続けた。


「でもね、人は忘れた方がいいこともあるんだよ」

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