第60話 回帰
「ごめんね、
――
「涙か……私、もう人間じゃないのに、泣けるんだ」
「なに……これ?」
「これは、さっき
「おめでとう、
実はね、私、これを書き終わったら、あなたを封印するための装置になっちゃうんだ。私のことは、私から聴いてるかな?
私は、生き物の幸不幸を均等に保つための装置なんだよ。おかしいでしょ? なんでそんな装置が必要だと思う?
私の役目は、生き物の念動力が暴走するのを防ぐことなんだ。念動力は物理法則を捻じ曲げる力。この世界を破壊しかねない力だからね。
人間は特に、意思の力、念動力を大きく発達させてきた。不幸が積み重なり、絶望に陥った人間は、念動力を暴走させてしまう恐れがある。だから私は、同じ不幸を感じられるように、人間の姿を模して造られたんだ。
世界は、いや、物理法則は、人間から自分を守るために私を生み出した。
私には、高校より前の状態が存在しないんだ。記憶はすべて作られたもの。私の姿が高校生の頃から変わっていないのも、私がただの作り物だから。
私は人間社会に溶け込んで、他人よりちょっと早く根を上げて、不満をぶちまけて、人々の意識を変えてきた。それで、人々の意思が暴走しないように、制御してきたんだ。
でも、
私、あなたに力を使いすぎると戻れなくなるって言ったでしょ? でも、あの時点ですでに手遅れだったんだよ。
私は、あなたの力で世界が破壊されることを防ぐために、あなたを挑発して、念動力を使い果たさせて、眠らせるためだけの存在になるんだ。
これは、私の意思ではどうにもできない。そもそも、私は本物の意思を持っていないからね。物理法則が命ずるままに、
他のみんなは、念動力が鎮静化しても、肉体があるから生き返ることができる。でも、
だけど、あなたはきっと、私を殺して、物理法則との戦いに勝っている。そしたらきっと、この世界は壊れちゃう。
なぜって、私はこの世界の物理法則と直接繋がっているから。私は物理法則の根幹を成す構造の一部だから。
壊れた世界でも、あなたはきっと前に進むことができる。私が保証するよ。
じゃあね、
「そんな……
タダノートを落とし、横たわる私のそばで跪く
「やあ、
「
水色の短髪に、琥珀色の瞳。病衣を纏って現れたのは、
「ボクは、お父さんの、『娘が成長した姿を見たい』という、ほんの小さな想いが結晶化した存在さ。物理法則が正常に機能していれば、ボクが具現化することもなかった。でも、世界が壊れちゃったからね。ボクみたいに、物理法則から疎まれるべき存在も、自由に動くことができるのさ」
「みんなは、この世界にいた人たちはどうなっちゃったの?」
「ボクらと同じように、この闇の中に漂っているよ。でも、みんなまだ眠りから覚めない。きっとそのまま消えてしまうだろうね。彼らはボクやキミと違って、肉体がないと生きられないんだから」
「私、どうすればいいの……?」
「フフ、ボクは言ったよね? キミの力は……」
「この世界を、破壊することができる」
「うん、それともうひとつ、新しい世界を創造することもできる。この意味がわかるね?」
「私の力で、世界が創り出せるっていうこと?」
「ご名答。それがわかったらあとは簡単だ。これから、キミが望む世界を創ればいいだけなんだよ」
「私が、望む世界……
「そうじゃない。この世界を再生するということは、この世界の一部、
「
「そうだ。キミにはその力がある。その権利を持っているんだ。キミは、どんな世界を創りたいんだい?」
「……私は、
「そうか。なら、ボクも協力させてもらうよ。お父さんにも、ボクが女子高生になった姿を見せたいからね」
「ありがとう、
「うん、それはいい案だね」
「
――高校二年になる始業式の日、私たちは通学路で顔を合わせた。
「おはよう、
「あ、
私と
「桜、満開だね」
「うん、ほっぷ♪ すきっぷ♪ あっぷ♪ すぷりんぐぅ♪ って感じだね」
「あはは、よくわからないけど、そうだね」
「えー、この歌も知らないかー。だいじななかま♪ たいせつなきみ♪ であいとはまるで、さ、く、ら♪ って」
「相変わらず歌、上手だね」
にっこりと微笑む
「もう、調子狂うなぁ……せっかく不安を吹き飛ばそうとしたのに……私、ちょっと怖いんだよ」
「え? 何が?」
「いや、二年生になるじゃない? そしたら、
「うーん、大丈夫だよ。同じクラスになれるよ」
「そうかな~? もし、違うクラスになったら、教室の壁ブチ抜いて、物理的に
「あはははははっ! 何それ、やっぱり
「へへんっ! それくらい、私にとっては深刻な問題なんだよ」
「大丈夫、クラスが別になっても、私が
「私を、幸せにする?」
「あ、ごめん。
「そういえば、
「ん? ああ、これ? これは、
「これが、私のメガネ?」
鮮明になった視界の中に、
「何か問題でも?」
「いや、確かに私のメガネみたい。ありがとう。私、何か勘違いしてたのかな?」
「変な夢でも見てたんじゃない?」
「うーん、でもさ、やっぱり変なんだよ。私、
「そんなことないよ。私もあなたも、何も変わっていないよ」
眩しい。私は
「あはは、
「私、こんな髪……」
「きれいな金色だね。
走り出す
「あ、待ってー!
校門へと急ぐ私たちふたりを、遠くから見つめる琥珀色の瞳があった。
「ようやくだね。じゃあ、ボクも行こうかな」
校門を通り過ぎる
「ねえ、本当に今日からこの学校に通わなきゃならないの!? ……もーっ、なんでよ! ……あ、切れちゃった。もう、パパったら、私に同世代の友達を作れだなんて……そんなもの、私には必要ないのに」
その鳶色の瞳は、談笑しながら昇降口に消えて行く、私と
「
「え?
こうして、私たち4人の、かけがえのない高校生活が始まろうとしていた。
――虚神インヴィジブルエンサー 第1部 世界が終わるまで 完――
虚神インヴィジブルエンサー マノリア @mitoco
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