第36話 女優の端くれですから
「
幽霊のような、青い光を放つ存在と対面していた
「こんなところで何をしてるんですか!?」
「えっと……」
「もう、病衣だけで出て行くなんて、風邪を引いてしまいますよ!」
「……すみません」
(あれは、やっぱり幻だったのかな)
しかし、幽霊目撃談は、その後も絶えることがなかった。その上、見た人によって証言が異なるという、不可解な状況となってゆく。ある者は半袖短パンの男の子を、ある者は麦わら帽子をかぶった白いワンピースの少女を、その目で見たというのだ。そして、病院に幽霊が集団で住み着いているかのような噂が広がって行く。
数日後、
次の日になると、病院の前の人が増えている。その後も、日に日に人が増え続け、白昼堂々声を上げる者まで現れ始めた。
「死んでいった子供たちに謝れ!」
そして7月、百人に近いデモ団体が、病院の前を埋め尽くす。人だかりの中には、関係ない病院で我が子を亡くした親も、多数混ざっていたようだ。それは、車や人の出入りに支障をきたすほど、膨れ上がっていた。
「子供たちを返せー!」
「子供たちは今でも苦しんでいる! この病院は呪われているんだ!」
「みなさま、申し訳ありませんが、もうこのようなことはおやめください」
それは、
「じゃあ、私たちの子供を返してくれるのか? 幽霊になって出るほど苦しんでいるんだぞ?」
「申し訳ありません」
院長は謝罪することしかできなかった。その姿を病室から見ていた
「すまない。君の身体を貸してくれ」
「この通りですから、後日、皆さまに説明に伺いますので、今日のところはこれで……」
院長は地面に膝をつき、額を下げようとしていた。
「待ってください!」
「私が、悪かったんです……先に逝ってしまって、ごめんなさい」
深く頭を下げる
「ヨシミ……」
「カズオ!」
「……タカコなのか?」
親たちは涙を流した。そのうち数人は、膝から崩れ落ちていた。彼らは皆、
――そして、それは院長にとっても同じことだった。
「
院長にとって、
「お父さん、ボクの方こそごめん。生きられなくてごめん」
「な、何を言ってるんだ、
「どうにもならないことはあるんだ。それは仕方ないことなんだよ。それに、お父さんはミスした訳じゃない。ボクは生まれつき身体が弱かったからね」
その言葉を聞いた院長の涙腺は、あっさりと決壊した。彼は、白衣の袖で涙を拭い、かぶりを振る。
「だとしても、お前を置き去りにして私がのうのうと生きているなんて、やっぱり許されることじゃなかったんだ。だから、こうして皆さんが」
「でも、救えた命もあったんでしょう? この病院は緊急を要する患者を多く受け入れ、救うために最善を尽くしている。だから、ここで失われる命があるのは仕方がないことだよ」
「だが……」
「そうするようになったのは、ボクを失ったからなんでしょ? それで失われてたかもしれない多くの命を救った。それはお父さんが誇っていいことなんだよ」
「お前には、何もしてやれなかった」
「ううん、ボクは嬉しいんだ。お父さんの役に立てて。ボクは居なくなってしまったけど、それでお父さんはより強く、優しく、そして優秀な医者となった。それが嬉しいんだ。だから、ボクはそれで満足だから。もう、苦しまないで。自分を責めるのはやめて!」
「
院長は
「もう泣かないで。みんなもわかってくれるから」
「
院長の気持ちが伝搬したように、デモ団体の親たちは、我が子に謝罪と感謝の声を上げる。
「許してくれるのか、この私を……」
「ありがとう。こうやってまた会えるなんて……」
「もう、あなたも私も、苦しまなくていいんだね……」
その時、院長を含め、親たちは皆、亡くした我が子と
「……
我に返った院長に、
「院長、お察し致します」
「ありがとうございます……」
そうして、不思議な体験をした院長とデモ団体は、互いに謝罪を交わしながらその場所を後にした。
そんな騒動があった日の夜、
「
「ああ、いろいろと煩わせてしまい、すまなかった。元はと言えば、ボクが出現したことが、この病院に人の意識を呼び寄せた原因だ。しかし、ボクひとりではどうにもできなかった。落とし前をつけることができたのは、キミのお陰さ」
「私も、人の役に立てて嬉しいです」
「ありがとう、そう言ってくれると助かる。だが、ボクはキミを利用したに過ぎないよ」
「そうするより方法がなかったんでしょう?」
「ああ、そうだ。キミはボクと意思疎通ができたからね。念動力を理解すれば、その力が利用しやすくなると考えたんだ。思いのほか長い話になって、退屈させてしまったかもしれないけど」
「いえ、非常に興味深いお話しでしたよ」
「キミが、あんな突拍子もない話を信じてくれる人でよかった。それに、キミの演者としての能力も好都合だった」
「私、これでも女優の端くれですから」
「いやあ、謙遜することはない。超一流だよ。お父さんも、他の親御さんたちも、その演技に騙されたんだからね。ははは」
「ふふふ」
二人はその時初めて心から笑い合えた。しかし、それも束の間、
「さて、そろそろお別れだ。もう意識の力が離散し始めてるからね。お父さんと親御さんたちは現実を受け入れ、想いを断ち切ることができた。だからボクはもう、消えなければいけないんだ」
「そうですか。では、最後に訊いていいですか?」
「ん、なんだい?」
「私がこの世界に蘇ったのも、あなたの計画のうちだったのですか?」
「違う、全くの偶然だったよ。でもそれが好都合だったんだ。ボクが、お父さんとこの病院を守るためにね」
「では、なぜ?」
「詳しいことはボクにもわからないね。でも」
「でも?」
「ボクはもう行くよ。そうだ、キミにも守りたいものがあったんじゃないのかい?」
「守りたいもの?」
「ボクからもよろしく言っていたと伝えておいてくれ……と、せっかちな人だな。ははは」
(なんで、なんでこんなに大事なことを忘れていたんだろう)
「
しかし、私の部屋には誰も居なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます