第七章 太陽をさがして
第37話 あなたが生まれてきた理由
深夜の病院を飛び出した
「
狭い部屋を探し回るが、そこには誰もいない。彼女は藁にも縋るような想いで、戸棚を開いた。
「ドラゴンフルーツちゃん、
フィギュアに尋ねる
「うう……」
ベッドで目を覚ました
「はは、バカみたい……」
呟くと、人が居ることに気付く。
「
不安と安堵が入り混じった声。ベッドの横の椅子に、シルクのような肌と、艶やかな金髪、透き通るような青い瞳をした女性が座っていた。その、40代らしからぬ美貌を讃えた女性は、
「お母さま……」
「また倒れたって聴いてね。先生は、眠っているだけとおっしゃってたけど、大丈夫?」
「はい……」
「マンションの方が、開けっ放しの部屋を、確かめて下さったそうよ」
「そうでしたか。申し訳ありません」
「なんで、あのマンションに居たの?」
「言いたくないのならいいわ。でも、もうこんなことはしないでね」
「はい、お母さま」
「今回のことは、
「申し訳ありません」
背を向けたままの
「はぁ、そればっかり…… まあ、あなたにはまだ休養が必要ってことね。もうしばらく、この病院でゆっくりするといいわ」
冷たい声に、
「いえ、お母さま、私はゆっくりなどしていられません。早く退院しないと」
「どうして? そんなに急ぐ必要はないでしょう?
「それが、問題なんです」
「あら、言ってくれるじゃないの。
母と娘、ふたりの視線が火花を散らす。どちらも、甲乙つけがたく美しい。傍から見れば、姉妹喧嘩に見えたことだろう。
「お父さまは、おじいさまが亡くなった時、おじいさまと
「ふうん。早く退院したいって、そんな理由なの? もっと大事な理由があるのかと思ったわ」
メルリアは、見透かしたような態度を取る。
「そんなとはなんですか? お父さまは卑怯で狡猾で、人として重要な資質が欠けています。そんな人間が私の代理だなんて、虫唾が走りますわ」
その時、メルリアは小さく眉を潜めた。そして静かに、しかしはっきりと、憤りを露わにした。
「
「愛している、ですって?」
「あら、政略結婚だとでも思ってたの?」
「違うんですか?」
訝しむような視線に、メルリアは、含み笑いをしながら答える。
「違います。この際だから、私と
「は、はぁ……」
気が抜けたような生返事。なぜかそれに機嫌を良くしたメルリアは、瞼を閉じる。
「あれは、私がまだメルリア・メア・メルクリアだった、14歳の頃のこと……」
「私はその頃、パソコンで、インターネットばかりしていたの。特に、この国、日本のオタク文化に興味津々だった。だから、日本のアニメを観て、日本語を勉強したのよ。15になる頃には、私も日本語を喋れるようになってたわ。
でもね、私のパソコンにはフィルターがかかっていたの。不適切とされるコンテンツが表示されなかった。そして、そのほとんどが、日本の創作物だったの。表現が過激すぎるってことでね。私はそれを見たくて仕方がなかった。私の国では見ることが許されない。それが悔しくてたまらなかった。
だけど、私にもその作品の片鱗に触れる機会があったの。それは、日本のニュース。ニュースでは、『この作品は批判されている』とか、そんな情報が飛び交っていた。表現の自由を盾に反論してる人もいたけど、結局そういう作品は、作者が自粛して、発表を取りやめるのが恒例となっていた。
私は、作品を批判している人たちが憎かった。一方的な偏見を正論のように振りかざして自粛させる。それで優越感を覚えてるんじゃないかって、邪推していたの。
そうやって、歯がゆい思いをしているうちに、私はあるパターンに気付いた。過激な作品の作者は皆、論理的に自分の非を認め、感情的に謝罪したあと、自粛を表明する。私はその裏に、共通の人物がいると踏んだ。そして、私の親衛隊、『ナイト・メア』に、自粛の裏に居る人物を探し出せと命令したの。
私が17歳になったとき、その人物は特定された。それは、オタク業界内で、『謝罪請負人』とあだ名される人物だった。作家の炎上を食い止めるために、謝罪をプロデュースする。それが彼の仕事だった。
私は、その憎き相手に接近するために日本に飛んだ。でもその人は、会ってみるとすごく謙虚で、とても計算の立つような人物には見えなかったわ。30手前の大人なのに、どこかあどけなさを感じる。そんな、異様に腰が低い彼の人柄に、私は興味を持ったの。
私は日本に居る間、ずっと彼と一緒に過ごした。アキバに行ったり、映画を観たり、とても楽しい日々だった。帰りたくない、そんな気持ちが芽生えていたけど、時間は残酷だった。
そして、私が日本を去ることを告げると、彼は、見せたいものがあると言って、私を自宅の地下室に招き入れた。そこで目にしたのは、彼の秘蔵のレアアイテムたちだった。そこには、見たことがない物ばかりが並んでいた。彼は『これはみんな、自粛でお蔵入りになった創作物だ』と言ったの。
そこで私は彼に、『謝罪請負人はあなたではないか』と尋ねたの。そしたら、あっさりと白状したわ。そして彼は、そこに並んでいるアイテムたちを、謝罪請負人として、サンプルを頂くという名目で譲り受けたと言い出した。私はその瞬間、彼が、過激な創作物を、自分だけのものにするために、自粛を勧めていたんだと感付いたの。
憎しみを思い出した私は、『あなたはなぜ、批判を跳ねのけることではなく、自粛させているのか?』と訊ねた。すると彼は、『過激な創作物が人に悪影響を与えているというのは、否定できない』と言い切ったわ。そして、謝罪と自粛によって炎上を鎮火することで、作家を、ひいてはオタク業界を守っていると豪語したの。譲歩することこそが、オタク文化の生き残る道だとね。
その話が終わると、彼はレアアイテムたちを、殊更自慢し始めた。それで、堪忍袋の尾が切れた。私は彼に、創作物の悪影響など無いと、ものすごい剣幕で迫ったわ。でも、彼はそれに反論を続けた。そして、私たちの議論は平行線を辿り、その地下室で、三日三晩論争を繰り広げたの。その相手が、あなたのお父さん、
「そ、そんなことがあったんですか……」
昔話に酔いしれる母に、呆れ返った表情を見せる
「そう。そして、あなたが生まれたのよ」
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