第42話 女神
「これより先は、トップシークレットになりますゆえ、くれぐれも口外なさりませんように」
「約束しましょう」
「しかし、あの素晴らしい部品を製造していたのが、
「ええ、それはもう」
エレベーターが停止する。
「では、こちらをご覧ください」
「この部屋はなんですか?」
椅子に近付いた
「ひっ! 人……ですか?」
見渡す限りの椅子に、ベルトで固定された人が眠っていた。その数、百は下らない。
「ここは、我々が開発した人工知能、『モルフォ』の制御ルームです。あなたが仰ったとおり、Qスコアが著しく低い方々は、こちらにお招きしています」
「な、なんですって!?」
「モルフォとは、ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こす。そんな効果を期待して名付けました」
「そんなことは聴いてません! この人たちに、一体何をしたんですか!?」
「やはりあれは、私を怒らせるための嘘だったのですね。なあに、彼らは夢を見ているだけです。幸せな夢を…… その代わり、我々の手伝いをしてくれています」
「手伝いですって? そんなことのために、彼らの自由を奪っているのですか?」
怒りをあらわにして詰め寄る
「はい。我々は、配達ドローンの進路計算に、人工知能を使うことにしました。決められたルートだけでなく、周囲の状況によって、瞬時に判断が下せる知能を持たせたかったのです。しかし、周囲の状況とひとことで言っても、機械にとっては無限に近いデータを相手にすることになる。処理しきれるものではありません。それを解決してくれたのが、人間の無意識の領域なのです」
「無意識、だから彼らを眠らせて……」
「そうです。人は眠っていても、外部からの刺激に無意識が反応します。データを刺激に変換して彼らに与え、脳波を測定して人工知能にフィードバックする。それによって、人工知能は危険因子を容易に特定できるようになったのです。人の無意識の演算速度は、この世界のどのスーパーコンピューターよりも速い。彼らには感謝の念に堪えません。彼らの協力の賜物で、モルフォは完成したのですから」
「こんなことが、許されると思っているのですか?」
「彼らは社会生活の中で苦しんでいた。しかし、こうして安らかに眠り、人々の役に立てるなら、その方が幸せでしょう。それに刺激と言っても、アクションゲームをプレイする程度のものですよ。程よいストレスは人の身体を活性化させる。彼らにとっても悪い話ではありません」
「彼らがそれを聴いて、納得するとでもお思いですか?」
「モルフォには、彼らの反応を学習させています。モルフォが単独で人間の無意識を模倣できるようになれば、彼らには、一生困らないだけの報酬を提供して解放致します。ご希望とあれば、分析した脳波データから、その人に最適な生活プランを提供することもできます」
「人に与えられた幸せを甘受しろというのですか? 人は常に自由であらねばならない。自分で幸せを掴み取る権利を、侵害されてはならないのです!」
「確かにごもっともですが。自分で幸せを掴み取ろうとすることが、苦になる人間もいるのです。私の計画はすべて、苦しみの無い世界を造るため。そのためなら、多少強引な手段をとるのも致し方ないかと」
「人々をカフェイン中毒に陥れるのも、苦しみの無い世界を造るためだというのですか!?」
見栄を切る深織に、
「……私を責めたければ好きにするといい。だが、そんなことで私は止まる訳にはいかないのです」
地の底から響くような低い声に、
「……なぜーそーんなーにー……かなーしいほーどー……こころにーきずー……おーってるーのー♪」
「ひとりだけ、無意識のうちに歌を歌う方がいましてな。私は彼女のことを、女神と呼んでいます」
歌声に緊張の糸を解かれた
「女神?」
「はい。彼女が歌っている間は、モルフォの演算も活発になるのです」
「そーろそろくるーんーだねー……さーいごのしゅうーまーつがー♪」
立ち止まった
「どうですか? 心が温まる、安らかな歌声でしょう。こんな時、私は彼女にお願いするのです。私たちにひどいことをする国をやっつけてください、と。するとモルフォは、我が社が販売した世界中の空調装置を操って、嵐を起こしてくれるのです」
「……
そう、そこにいたのは眠ったままの私、
「
「
「や、やめてくださいっ!」
「そんなことをしたら、接続が切断されてしまいます。手続きを踏んで解除しなければ、その人の意識がどうなってしまうか、わかっていないのですよ?」
「……もしーもーぼくーがー……そらーにーかえーるー……ときがきーたらー……どーするーのー♪」
「許さない!
「お、落ち着いてください!」
「ああああああああっ!」
我を忘れて雄叫びを上げる
「くっ、話し合いどころではないようですね。仕方がありません」
「あなたとはわかりあえると思ったのですが」
数体のロボットは、器用に椅子の間を縫って
「……私を、どうしようと言うのですか?」
「何、少し記憶にトラウマを与えて、ここで見たことを全て忘れてもらうだけですよ。何かあれば最初からそうするつもりでした」
「忘れさせるですって!?」
「はい、さあ、マクロボたちよ。その方をお連れするのです」
しかし、ロボットは急停止する。その様子に
「……なにもーいわーずにー……さよなーらすーるよー……きみとーであーえてー……すごくうれーしかったなー♪
……ねえ、マクロボさん、私の友達を傷つけないでよ」
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