第40話 星と月

「わーっ! 澪織ミオリさまーっ!」


澪織ミオリさま! お美しゅうございます!」


 神主である、澪織ミオリの快気祝いとして開催された、夏の星神輿ホシノミコシ祭。ホールを借り切った会場内では、澪織ミオリが歩みを進める度に歓声が上がる。彼女が休んでいた半年以上の月日は、星神輿ホシノミコシの人々に不安を募らせた。そして、澪織ミオリの復活を機に、それは希望へと変化した。


澪織ミオリさま、良かった。元気になられて。俺たちは澪織ミオリさまのためにこれまで……」


「おい、澪織ミオリさまの前で泣くんじゃない! みっともねえだろ」


「だってよぉ、俺、澪織ミオリさまが死んじゃうんじゃないかって……うう」


「そんな縁起でもないこと言うんじゃねえよ! そんなこと言われたら俺だって……ううう」


 澪織ミオリの復活は、彼らに信仰心を芽生えさせたのだ。しかし、当の澪織ミオリに神聖視されている自覚はなかった。彼女は屋台に歩み寄り、今川焼を振る舞っている男に頭を下げる。


「お疲れ様です。あなたは普段、どういったお仕事を?」


「み、澪織ミオリさまっ! えっと、私は工場で機械の部品を作っています」


 澪織ミオリの前で直立不動になる男。焦げる今川焼。


「そうですか。製造業の景気は、あまり良くないと聴きますが」


 澪織ミオリの気遣いに、男は破顔して、饒舌となる。


「それがですね、最近、機械部品の需要が猛烈に高まっているんです。我々のような職人が手作りしないとできないような、ものすごく精密な部品を、大量に必要とする会社があるそうですよ」


「なるほど。そういえば、最近、配達用のドローンをよく見かけるようになりましたね。そのためでしょうか?」


 すると、別の男が割って入って来た。


「いえ、確かにドローンの部品も作っていますが、我々が言っているのは、もっと大きな部品です」


「大きな? ドローンは直径50センチほど。十分大きいではないですか」


「それよりももっと巨大な。そうですね、アニメのロボットの部品みたいな、そんな感じですね」


「ああ、そうだそうだ。ありゃロボットだぜきっと! わはははっ!」


 腕を組みながら顔を見合わせて笑う男たち。その様子に、澪織ミオリも笑みをこぼす。


「ふふふ、不思議ですね。でも、面白いじゃないですか」


「そうですね。我々も楽しんで作っています。組み合わせたら何になるのかって」


「ああ、かっこいいロボットに合体するんじゃないかって」


「それはワクワクしますね。では、これからもよろしくお願いします」


「「はい! 澪織ミオリさま!」」


 澪織ミオリは、入院してた時間を埋めるために、会場中で情報収集に明け暮れた。その中で澪織ミオリは、不穏な声を耳にする。


「最近、うちみたいな小売業が、どんどん縮小しているんですよ」


「まぁ、それはどうしてでしょう?」


「あのMatchargeマッチャージってサイトのせいですよ。月葉ゲツヨウグループとか言いましたかね。清廉潔白を装っちゃいますが、裏で何してるのかわかったもんじゃないって、噂になってるんです」


「なるほど。でも、ドローンを使った配送は、Matchargeマッチャージの専売特許。対抗できればいいのですが」


「確かにそうですが、悔しいんですよね。こないだ息子が、俺の仕事を気にかけて、あのドローンに石を投げたんですよ。そしたらあのマシン、寸でのところで石をかわしたんですよ? AIがいくら優秀でも、そんなことできるもんなんですかね? 絶対怪しいですよ。きっと、安い人件費で派遣でも使って操縦させてるんでしょう」


「ははは……人が遠隔操作しているとしても、石ころをかわすのは難しいと思いますが。それに、世界中を飛び回る大量のドローン、ひとつひとつに操縦者がいるなんて、それこそ非効率的なんじゃないですか?」


「まあ、わかっちゃいるんですがね。星神輿ホシノミコシグループの面汚しにならないように、負けちゃなるまいと思ってて」


「ありがとうございます。でも、無理はなさらないでくださいね。大丈夫、星神輿ホシノミコシグループ全体でみれば、皆様が生活に困らないくらいの収益は上げているんですから」


「ありがとうございます。いやあ、やっぱり澪織ミオリさまはお優しいなあ」


 会場の中で幾度となく話題に上がる、Matchargeマッチャージへの疑惑。澪織ミオリは、星神輿ホシノミコシグループの人々のほとんどが、月葉ゲツヨウグループを敵視していることを知り、心を痛めた。そんなことがあったものの、夏の星神輿ホシノミコシ祭は大盛況のうちに大団円を迎えた。


澪織ミオリ、身体の調子はどう?」


 ホールの楽屋で帰り支度をする澪織ミオリに、メルリアが尋ねる。


「お母さま、大丈夫です。みなさまとお話しできて、元気がもらえました」


「なら良かったわ」


「それと、みなさまから月葉ゲツヨウについての情報もいただきました。私も調査してみます。海果音ミカネを探す手掛かりになるかもしれませんし」


 メルリアは一瞬驚いた表情を見せてから、口元を手で隠した。


「ふふ、あなた、疲れてるだろうに、海果音ミカネさんの名前を呼ぶときだけは、明るい顔をするのね」


「そうですか。気付きませんでした。でも当然ですよ。あの子は、私の太陽ですから」


「まあ、無理だけはしないでね。私も引き続き、探ってみるから」


 メルリアは澪織ミオリに軽くハグをした。母の腕の中で、澪織ミオリ月葉ゲツヨウに接触することを決意する。そのチャンスは意外にも、すぐに訪れることとなった。


星宮ホシミヤさん、見ないうちに綺麗になったんじゃない? 仕事のストレスから解放されてたから?」


「そんな、私はこのお仕事大好きですよ。早く戻ってきたくて、ウズウズしてたんですから」


 9月、声優の活動を再開した澪織ミオリは、アニメのアフレコスタジオにいた。彼女は、翌年1月から放送されるアニメに出演することとなったのだ。そして、その仕掛け人がスタジオに現れる。彼は、番組の出資、製作を行う企業のプロデューサーだ。


「この度は、そうそうたるメンバーにお目にかかれて、とても光栄であります。我々、月葉ゲツヨウグループが世に送り出すアニメ、『ドローン・ドール』の製作も大詰め。もう全ての作画作業は完了しております。あとは声優のみなさまに、魂を込めていただくだけです」


 それは、ドローンから変形する、少女型のロボットが戦うアニメで、Matchargeマッチャージの配達ドローンをアピールするために企画された作品。プロデューサーは、澪織ミオリの復帰の話題性に目をつけて、急遽、彼女にオファーを出したのだ。


「やだ、私、人型に変形しちゃったの? ひどいなぁ、ドローンをロボットなんかにするなんて……」


 ブランクを感じさせない澪織ミオリの演技に、スタッフや共演者も気を引き締める。


「お前たちは、宇宙からの侵略者と戦うために、その姿を与えられたのだ!」


「いやでも、人型になる必要なんてなくない!?」


 そうして、第一話のアフレコは滞りなく完了した。


「お疲れ様でしたー!」


 皆がスタジオを去ろうとしている中、澪織ミオリ月葉ゲツヨウグループのプロデューサーに接触を試みる。


「あの、吉田様」


「これはこれは、星宮ホシミヤ 澪織ミオリさん、この度は急なオファーにも関わらず快諾してくださり、誠にありがとうございます」


「いえ、私も早く仕事に復帰したいと考えていたので、ありがたかったです」


「ははは、そう言っていただけると光栄です」


 白い歯を見せて笑うプロデューサーの前で、澪織ミオリは表情に影を落とす。


「でも……私は星神輿ホシノミコシグループの総裁でもあります」


 その言葉に、プロデューサーは顔色ひとつ変えずに答えた。


「いえいえ、星神輿ホシノミコシ様と我が社は良きライバル同士、市場競争でしのぎを削ることはあっても、敵意など持ってませんよ」


「はい。それは私も同様です。それで、折り入ってお話があるのですが」


 澪織ミオリに目論見があるとみるやいなや、プロデューサーは口を真一文字に閉じてから、静かに口を開いた。


「なんでしょう?」


「この際ですから、私どもと月葉ゲツヨウ様で、業務提携をしたく、会長様にお目にかかりたいのですが」


 プロデューサーは一瞬言葉に詰まるが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「わかりました。会長の葉月ハヅキにアポを取ってみます。いやはや、総裁自らの申し入れとは、恐れ入りましたな」


「いえ、私はそんな大層な人間ではありません。まだ20代の小娘ですわ」


「ふふ、ご謙遜なさって。あなたの一声でどれだけの人間が動くか、それを鑑みれば、お受けしないわけにはいきません」


「よろしくお願いします」


 澪織ミオリは頭を下げながら、月葉ゲツヨウの会長をどう攻めるか、思案を巡らせていた。

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