第27話 友達
「ごめんなさい。それはできません」
「な、なぜですか?」
「ごめんなさい」
その時、
「私には、人を名前で呼ぶ権利なんてないんです」
「権利? それってどういうことですか?」
「……」
無言で窓の外を眺める私。
「また、
「でも」
「いいから!」
「あの、私がクラスメイトを名前で呼ぶと、優しかった人もみんな、嫌そうな顔をするんですよ」
「そんな!」
「敬語をやめてもそうでした。直接『なれなれしくしないで』って言われたこともあります」
「私がそうしろって言ってるんですよ!?」
「いいんです。私が優しくしてもらえるのは、相手に見下されているからなんです。みんな言わないけど、そうなんですよ。
「……不愉快です」
「そうですか。ごめんなさい」
「また謝って、私をバカにしてるんですか? 私があなたのことを見下してるって、そんなこと考えてたんですか?」
「少なくとも、元々の成績は
「私、言いましたよね? あなたに負けて悔しかったし、尊敬もしたって。今回の期末テストではあなたの圧勝だった。そんな人を見下してるわけがないでしょう?」
「ごめんなさい」
「謝ってなんてほしくありません」
「じゃあ、どうすれば?」
「さっき言ったように、私が望むプレゼントをくれればいいんですよ。私に馴れ馴れしくしてください」
私は
「じゃ、じゃあ……
その時
「あ、ありがとうございます!
「ほし……
「え?」
「私には名前で呼ばせておいて、自分では『
「ああ、ごめんなさい……
「はい、
「は……うん、わかったよ、
「うん。じゃあ、これからよろしくね、
こうして、私たちはお互いを友達として認めた。そう、私が15歳の時、私と
「
「ううん、メガネ、似合うと思ってたんだ。かわいいだろうなって」
「あははっ、お世辞がうまいね」
「ふふ、あ、あとね、お父さんが苦手っていうの、私もわかるんだ」
「そうなの?」
「さっき、おじいさまから電話がかかってきたよね。おじいさまは神社の神主だけど、
「そ、そうなんだ。偉い人なんだね」
「物心ついたときにはそうで、私はなんかそれが嫌だったんだ。宗教団体みたいだなって」
「宗教……」
「規模が大きくてね。日本全国に支部があるんだ。私はそんな家に生まれたんだって」
「でも、さっき、お祖父さまと楽しそうに話してたよね?」
「おじいさまは好きだよ。そうじゃなくて、お父さまがね。よくよく調べたら、
「ど、どういうこと?」
「私のお母さまは、ヨーロッパの小さな国の王族なの。それで、お父さまはその財力を利用して、町内会レベルだった団体を大きくしたんだって」
「だからお父さんを?」
「それまでおじいさまは、小さな神社の神主だったらしいんだけど、お父さまが教祖みたいにしてしまったの。お父さまは、おじいさまの知らないところで、会員さんたちに滅私奉公を求めていた」
「すごい話だね……」
「うん。だから、小さい頃から家は大きくて、人がたくさん出入りしてた。なんか私には、居心地が悪くてね」
「居場所がなかったんだね」
「うん、それでね、私、自分の部屋でアニメばっかり見てたんだ」
「え? 意外! 頭いいのに?」
「もう、アニメは立派な文化なんだよ?」
「ごめん、そうだね。私も最近やっと、アニメの面白さがわかってきたんだよ」
「そう、アニメの面白さって、子供にとっては動きの面白さだけど、作劇の面白さがあるって、私も最近気付いたんだ」
「そっか。それじゃ、今も好きなんだね」
「そうだよ。今はスタッフロールを眺めて、『この作品とこの作品は同じ人が作ってるんだ』なんて思ってるんだ」
「あー、それすごいね! そっか、そんな視点があるんだね! 私は声優さんくらいにしか注目してなかったよ」
「勿論、声優さんにも詳しくなったよ。それでね、私、将来は声優になろうと思ってるんだ」
「ええっ! そうなの? 学者さんか何かになるもんだと!」
「あはは、もう、
「じゃあ、レッスンとか受けてるの?」
「ううん、それがね、お父さまは私に、『
「そうなんだ。そりゃ嫌いにもなるよね」
「まあね。でも、高校を卒業したら私、バイトしながら、演技の勉強ができる大学に行くって決めてるんだ」
「そっか、親元を離れればいいだけだもんね。私、応援するよ!」
「うん、ありがとう。あ、そうだ、そろそろケーキ食べよ? 長々と話しちゃってごめん」
「ああっ、そうだった。そうしよっか、
「うん。じゃあ、
「うう、それってタダノートの……」
「うん、『幸せを召し上がれ』、略して『めしあわせ』、いい言葉だと思って、言いたかったんだ」
「……イジワル」
「ふふ、じゃあ、いただきますしよ」
私は
「「いただきます」」
私たちふたりは、笑顔でケーキを頬張った。ほっぺが落ちるとはこういうことか、私がそんな風に思っていた刹那。
「あ、
「ああっ、ごめん」
「はむっ」
「あはは……もー、恥ずかしいなあ。
「そ、そうかなぁ?」
「そうだよ。まるでお母さんみたい。
「ふふふ、なにそれ? また新しい言葉?」
「ああっ、つい癖で……えへへ」
「いいよー、
「むー、これからは気を付けないと」
「あはははははっ!」
こうして、ケーキを食べ終えた私たちが喫茶店から出ると、外には夕闇が迫っていた。イルミネーションたちが、私たちの友情を祝福してくれているように輝く。私たちはしばらくクリスマスの喧騒を楽しむことにした。
「あおく、まるく、えがく、まーいおりるてーんしー♪ したし、おいし、いとし、こーころはハレールヤー♪」
華やいだ街の空気に刺激されて、私の口から自然と歌声が響きわたる。隣を歩く
「ふふふ、なにその曲? 面白いね」
「まほうなーんてーなーかーったのー♪ ……って、
「でも、いい曲だね」
「あはは、ありがとう、じゃあ、
サンタクロースはどこのひとー♪ やーまのむこーの、やまからくるよー♪」
「あはははっ! それものすごく古い曲だよね?
「おじーいちゃんかもしれないなー♪ ……ゆーめいな曲だよね?」
「うん、すっごくかわいいよ!」
「もう、そうやってまたからかう」
「からかってなんかいないよ? ありのままの
「ありのまま、そっか、ありのままの私か…… れりごー♪ れりごー♪ きゃんほいべぁっえにーもぉ♪ れりごー♪ れりぃごぉー♪ ……」
歌いながら歩く私を、天使のような微笑みで見守る
「雪……」
「雪だね……」
私たちふたりは空を見上げていた。そして
「
「そ、そうかな?」
「うん、私なんかじゃ絶対に敵わないよ」
「未来の大声優さまがそんなこと言っていいの?」
「あはははっ、大声優か、いいね。
「私が?」
「ふふっ、そうだよ。未来の大歌手さま」
「やって……みようかな」
その日、私たちは精一杯別れを惜しんでから、「また、三学期に」と言い合って別れた。
一週間後の元旦、ひとりで初詣に出かけた私は、とある願いをかけて、賽銭箱に五円玉を投げた。
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