第31話 ゲームで遊んでてくださいな
「その必要はありません」
「へ?」
私が仕事に行く必要はない? 目を丸くして固まる私に、
「ですから、
「なんで? 先延ばしにしてたバグ修正をしなきゃならないんだけど」
「もう、働かなくていいんですよ」
「そんな、仕事は待ってくれないんだよ? あはは……」
無理矢理ぎこちない笑いを浮かべる私に、
「
「そんなっ、もしかして、私が無能だからクビになったってこと?」
「そうではありません。退職代行業者を使ったんです」
「たいしょくだいこうぎょうしゃ? って、勝手に辞めさせたってこと?」
「その通りです。
「そんなの聴いてないけど、なんで勝手にそんなことしたの?」
「仕事、お辛かったのではないのですか?」
「そ、そうだけど、急に辞めるだなんて、そんな無責任なこと」
「『あなたが居なくても仕事は回る』。
「確かに言ったけど、もう考え直したし……」
「それと、
「え、何言ってるの?」
「私はこれでも
「そういう問題じゃなくて、お金がなくなったら、私はこれからどうすればいいの?」
「大丈夫です。
「なんでそんなことを?」
「それは、この社会をあなたの不思議な力から守るためですよ」
「不思議な力って、まだそんなこと言ってるの? やっぱりあれは、ただの偶然だって」
「いえ、見過ごせないことが起きたので。偶然かどうか確かめるためにも、今は私に委ねてください」
「で、でも」
「私を信じてください」
「信じるって、いや確かに、
「お仕置きなんかじゃありませんよ。これは、あなたを守るためでもあるのです」
「信じろとか、守るとか、その口調とか、全部が疑わしいんだけど、私が
「すみません。この口調は私のけじめなんです。あと、訴えるだなんて、
「でも、調べれば!」
私はこれみよがしにスマホを操作する。しかし、スマホは私のフリック入力に無視を決め込んだ。
「あれ? 検索できない」
「ちょっと細工させてもらいました。なぁに、入力ができないだけで、リンクを辿れば閲覧はできます。勿論、誰かに何かを依頼することなんて、到底できませんけどね。お金もないのですし」
「な、なんてことを……これも、
「はい。チョチョイノチョイでした。もちろん、パソコンの方も同様の処理が施してあります」
私は無言でパソコンを起動した。インターネットブラウザを開き、キーボードを叩いてみたが反応しない。文字が入力されないのだ。
「閲覧するならマウスのクリックだけで十分ですよね? あ、ソフトキーボードを使おうとしても無駄です。あなたがネットに何かを発信したら、またあの時と同じになりかねませんから」
「そんな……」
私がパソコンの前で呆然としていると、
「ごちそうさま。さて、私は仕事に行ってきますね」
私は
「そっか、忙しいんだ。総裁なんだもんね」
「いえ、急にオーディションの話が舞い込みまして」
「声優のお仕事?」
「はい、まあ、数合わせのようなものでしょうが、精一杯やってきます。お昼はこのお弁当を温めて食べてください」
「そっか、じゃあ頑張ってきてね。私は、ちょっと今の状況を、冷静になって考えてみるよ」
「ふふ、応援してくれるんですね。ありがとうございます。では、行ってきます」
「いってらっしゃい。その様子だと、また来るんだよね?」
「ええ、今日から私もこの部屋で暮らします。帰ってくるまで大人しくしててくださいね。まあ、何もできないでしょうけど。気晴らしに散歩でもするといいですよ」
そうして、
「私は、どうすればいいんだろう」
と、独りごちるも、何もする気が起きなかった。そして、いつの間にか眠りこけてしまう。気が付いたのは、再びドアノブが回った時だった。
「ただいま」
「
「あら、寝ていたんですね。昨日はあんなに歌って、しかもお酒まで飲んで、大変疲れたことでしょう」
「丸一日、昼寝してたみたい」
「お酒まで使うことはなかったようですね。夜のうちに全部済んじゃいましたし」
「そういえば鍵、閉めてなかったっけ?」
「いえ、合鍵を作らせてもらいました」
「そ、そうなんだ。はぁ……」
すべてを諦めた表情の私に、
「ふふ、さて、
「いいもの?」
「なにこれ?」
「これは、亡くなった祖父の遺品です。うちではもう必要ないので、
「え、お
「ええ、大往生でした。悲しくないわけじゃありませんが、受け入れるのが祖父のためです」
「そっか、これがお
プラスチック製の小さな箱の数々、それぞれに絵と文字がついたシールが貼ってある。その物体にそこはかとないときめきを感じた私は、
「これ、なんか面白そうだね。なんなの?」
「はい。これは、祖父が若い頃好きだったゲームたちです。この本体にセットして遊ぶんですよ」
「ゲーム? ゲームって、スマホとかの?」
「あれのご先祖様のようなものですよ。これはロムカートリッジと言って、ゲームのプログラムが内蔵された基盤が入ってるんですよ」
「そ、そっか、フラッシュメモリみたいなものか」
「まあ、そんなところですね」
「ふーっ!」
なんと、下から息を吹き込んだではないか。何をしているのかと不思議がっていると、
「さ、やりましょう」
「やるって、ほら、私、メガネかけてないから」
「あら、近くのものはちゃんと見えるんですよね? 昨日のカラオケだって、文字はちゃんと読めてたじゃないですか?」
「ああ、いや、それはそうだけど、ゲームって……」
36インチのディスプレイを見ると、黒い背景に、カクカクした文字が大きく表示されていた。そのゲームは解像度が低く、文字の種類も、アルファベットと数字しか並んでいなかった。
「読めますでしょう? というか、読めなくてもさして問題はありません。さ、やりますよ。
こうして私は、
「えいっ!
「はい!」
画面上のカクカクしたキャラクターが、申し訳程度にキックのアクションを繰り出して、私がひっくり返したカメをやっつけた。最初の頃は手間取っていたものの、次第に操作に慣れてくる。私はジャンプするだけでなく、敵を倒せるようになってきたのだ。そうこうするうちに、ステージは64まで進んだ。
「ねえ
「えいっ、なんでしょう?」
「このゲームって、他の場所にはいけないの?」
「ええ、そうですね。でも、床の色が変わって、敵の種類も増えましたでしょう? もしかして、つまらないですか?」
「いや、面白いんだけど、なんというか、すごくデータ容量が少なそうなゲームだなって」
「そこに目を付けましたか! さすがIT業界人。それと、気に入ってくれたみたいで良かったです」
「次はステージ100か~。まあ、なんも変化はないんだろうけど」
「私もこれを見つけてから、結構やり込みましたけど、ここまできたことはないですね」
そして、ステージ99をクリアすると――
「ステージ……ゼロ?」
「ゼロですね」
「で、ステージ1って、無限ループかいっ!」
「あはははっ! 昔のゲームですからね」
「なんか拍子抜けだなぁ。でも面白かったよ」
「そうですか! それは良かった。じゃあこれからは暇な時、ここにあるゲームで遊んでてくださいな」
四つの段ボールに入っていたゲームたちを背に、
「うう、なんか腑に落ちないけど……」
ゲームに惹かれた私は、残りの段ボールを開いてみる。すると赤白の本体より大きい、灰色の箱を見つけた。
「あれ、これは?」
「これは、スーパーってやつですよ。これもさっきのと同じようなものなので、好きな方で遊んでくださいね」
「は、はあ。わかったよ。それでさ、
「え? 夕食を食べて、お風呂に入って、ここに布団を敷いて寝るんですよ? 何か問題でもございますか?」
「いえ、ございません……」
「ふふ、結構遅くなってしまいましたね。お風呂に入ってきてください。ご飯を作りますので」
「は、はい」
こうして私は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます