第8話 都市伝説
すっかり梅雨も明けて、太陽が肌を焦がす季節。私の住む街は、夏の
「サイトウさんのところもやられたみたいよ」
「庭にも入ってくるんでしょ? 怖いわねえ」
ペットを襲う正体不明の生物の噂は、主婦の
「よろしくお願いします!」
ここはとある録音スタジオ。彼女の名前は
「こんなの、こんなのあんまりよ!」
「あの子、やっぱり起用して正解だったよ。いいよねえ」
「でも、もう24歳らしいですよ。もっと若い子の方が良かったんじゃ」
「いやいや、遅咲きでもいいじゃないか。彼女には光る物を感じるよ」
録音スタッフと会話を交わす
「それでも私は、諦めないッ!」
「ハイ、オッケーでーす! いただきました!」
収録も無事に終わり、スタジオの空気が
「お疲れ様でした!」
スタッフたちに頭を下げる
「いやー、よかったよー
「ありがとうございます。やっと力がついてきたんですかね」
愛想笑いを浮かべる
「いや、僕を含めて、今まで君の才能を見抜けなかったのが不思議でならないよ。運が悪かったんだねえ」
「そうでしょうか? こうして主役を頂けたのは運がいいからですよ」
「そんな
「いえ、そんな、緊張してました」
「うーん、そうは見えなかった。まるで役に乗り移ってるみたいだったよ」
「そ、そうですか? 私にはよくわかりませんが」
「
「えっっと、そんなことはないですよ。実家は……神社関係でして」
「そうなんだ! そうかそうか、きっと神様に仕えてるから
「いえ、それは……」
言葉に詰まる
「……あはは、ごめんごめん、とにかくよかったよ。来週も一緒に頑張ろうね」
「はい……」
スタジオを後にした
「はぁ、やっぱり実家のことなんて言うんじゃなかった。
(ふふ、まーた新しい都市伝説か。なになに? 『未確認生物出現! 住宅街に潜む黒い影』? 影は黒いに決まってるよね。あははっ! ふーん、塀をすばやく走り回る、液体のように形を変える、体長2メートルにもなる。うわ、犬が怪我してる。でもこれ、未確認生物なんかじゃなくて、別の原因があるんじゃないの?)
そう、それは私が住む街の噂であった。
(ん? この住宅街、行ったことあるような気がする。うーん、なんでだっけ? うちから意外と近いし、今度の休みに行ってみようかな)
一方私は、自分の街の噂がネットを賑わすまでになったことに、危機感を覚えていた。
「あなたの言葉にはきっと、人の心を動かす不思議な力があるんですよ」
そう言われたことを思い出す。私は未確認生物など信じてはいなかった。噂の原因が自分にあるのではないかと、
「あれが私のせいだってことになったら、社会的に死んじゃうよね。はぁ……」
日曜日の日中、私は部屋着にしているTシャツとハーフパンツ姿のままサンダルをつっかけて、こっそりと例の電柱へと急ぐ。
「って、あー、これは……」
私は自分が貼った紙だけを剥がすつもりだったが、他の張り紙と微妙に重なっている。私の張り紙は当然、一番下だ。それだけを剥がすのは
「うーん、ええい、ままよっ!」
私は張り紙に手を伸ばした。その時――
「あの」
「うわぁっ」
飛び上がるように背筋を伸ばしてから振り返ると、そこには、流れる汗がキラリと光る
「驚かせてしまってごめんなさい。ジョギングしてたら、この辺って張り紙が多いなって気になりまして」
「は、はい、多いですね」
「この張り紙ってもしかして、ネットで拡散されてる未確認生物と関係してます?」
その通りではあるが、私は言葉に詰まっていた。彼女は少しかがんで私の顔を覗き込む。
「? どうしました?」
「ああ、いえっ、そ、そういえば、そう、かも、しれませんね……」
私の目は泳ぎ、語尾は小さくなってゆく。が、彼女は自分の胸の前でパンと手拍子を打ち、明るい声を上げた。
「やっぱりそうなんですね! ところで今、何をなさってたんですか?」
「えーっと、張り紙を見て、こわいなーって?」
「なぜ疑問符を? まあ、たしかに怖いですよね」
彼女は私の顔をじっと見つめる。私はヘビに睨まれたカエルのように、視線すら動かせなかった。
「うーん……あっ! どこかで見たことがあると思ったら、この間のひなたんさんじゃないですか!」
「え? あ、ああっ! そういうあなたは……
「覚えててくださったんですね! ありがとうございます! でも私、なんであなたのことを忘れてたんだろう?」
「いえ、私もさっきまで気付きませんでしたから」
お互い、相手のことを忘れていたことに疑問を感じ、照れ笑いを浮かべる。
「まあ、そういうこともありますよね。私って結構地味なんですかね?」
青い瞳も、ポニーテールに束ねたブロンドの髪も、整った顔立ちも、とても地味と呼べるものではなかった。
「そんなことないと思いますが。あ、ところで、今日はどうしてここへ?」
私は、前回
「ああ、今日はジョギングしてただけですよ。ついでにネットで噂になってる街を見てみようかなって」
「はぁ、噂とかに興味あるんですか?」
その時、待ってましたとばかりに、
「はいっ! 私、都市伝説を研究するのが趣味でして、よくネットで調べてるんですよ」
「へぇ、未確認生物が見られると思って来たんですか?」
「いえ、それは違います」
「え? じゃあどうして?」
「いいですか、ひなたんさん。ここで噂になっているような生物は存在しません!」
「と、言いますと? 目撃証言も多数ありますが」
「だって、2メートルもあるんですよ? そんな大きな生物は壁に張り付いて移動することなんてできませんよ」
私も未確認生物など信じてはいなかったので、至極真っ当な意見で否定されると気持ちが良かった。
「確かに! 本当にいるんだったら写真の1枚くらいあってもいいですしね」
「でしょうっ!? ふふ、わかってるじゃないですか! 被害に遭ったペットの写真は数あれど、未確認生物は影も形もない。これは立派な都市伝説です」
「この街も都市伝説の舞台に?」
「そうです! いいですか、都市伝説には似たような話がいくつもあって、例えば人面犬。人の顔をした犬が時速100キロメートルで走るっていうんですよ? あり得ませんよね。それから、人面魚っていうのもいます。ツチノコは有名ですよね? 海外にもチュパカブラとかモスマンとか、とにかく人間は未確認生物を創作するのが好きで、スカイフィッシュなんて、ただビデオカメラの映像の性質上そう見えるだけなんですよっ。それにですね……」
延々と続く
「きゅ~……」
ばたんっ!
「おっかしいですよねー……って、あれっ、ひなたんさん倒れてるっ! 大変っ!」
季節は夏真っ盛り。私の貧弱な身体は、
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