第11話 黒い守護者
街中に貼られた張り紙を剥がして回った私と
「な、なにっ、なんですか?」
「落ち着きなさい。大丈夫、何かあったら私が守るから」
身を
「うわっ!」
民家の塀伝いに現れた黒い塊が、警官の身体に激突したのだ。いや、黒い塊に包まれたように見えた。そして警官は、電柱を背にして気を失ってしまった。
「
「えっ……って、わあっ!」
10メートルほど先にある電柱でくるりとターンして、再び黒い塊が迫ってくる。
「下がってて!」
言われるがままに電柱の影に隠れる私。私に背を向けた
「なにこれ、こんなのが本当にあるって……せいっ!」
遠ざかっては突撃を繰り返す黒い塊。
「だ、大丈夫ですか!?」
「任せておいて!」
黒い塊はスライムのように
「待って!」
私はなぜか叫んでいた。誰に対して言ったのか、自分でもわからなかった。黒い塊が一瞬動きを止める。
「はぁぁっ!!」
「わ、なにこれっ」
もう片方の黒い塊が私の足元に転がって来た。腰を抜かした私は、50センチメートルほどある黒い塊を間近に見る。
「え……?」
私にはそれが、ハエなどの無数の羽虫が群れになったものに見えた。私の身体の芯に悪寒が走る。
「ひぃぃぃぃっ!」
逃げた黒い塊を追おうとしてた
「何があったんですか! これは……」
「尻尾?」
私も
「これって、
「は、はい。私にもそう見えます」
その時、私は調べ物をした時のことを思い出した。
「いえ、トカゲだけではありません。ヤモリも
「ヤモリって壁を這う爬虫類ですよね? 塀を伝って行ったのはあれがヤモリだったから? 私はヤモリと戦っていたと? そんなことあり得ません」
「私にもわかりません。ただ、私はあの黒いモヤモヤを間近で見たのですが」
「モヤモヤ?」
「はい、黒い塊に見えていたのは……煙のようなものでした」
私はあれを、何かの見間違いだと思いたかった。
「煙? そんなっ! 確かに手応えはありませんでしたが、このお巡りさんは確かに」
「ごめんなさい、私にもよくわかりません」
「いえ、私にもあれがなんだったのか、皆目見当もつきません。私は今まで超常現象など存在しないと考えてきましたが、認識を改める必要があるのかも……」
その後、もうひとりの警官が応援に駆け付ける。気絶していた警官も、名前を呼ばれて無事に意識を取り戻した。交番まで同行を要求された私と
「それで、ばーっと逃げて行って……」
「結局あれが何だったのか、私にもわかりませんでした」
気絶していた警官も、「いつの間にか気を失っていた」と語る。もうひとりの警官は首を傾げながら言った。
「不思議なこともあるものですね。ただ、逃げたってことは、まだそいつがこの街に潜んでいるということでしょう。これから警戒を強化することにします」
そして、私たちは無事解放されることとなった。交番を少し離れると、
「じゃあ、私はこのまま走って帰りますので」
「ああ、ジョギングの途中でしたね。今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「はい。あ、そういえば、私の名前……」
「名前?」
「
「
「でも、さっき、黒い塊と戦ってる時に確かに」
「さあ、
「そ、そうですか」
「では、私はこれで。この街の情報はネットで追いますので、また何かあったら来ますよ。それと……」
「それと?」
「もうあのようにノートを使うのはやめてくださいね」
「は、はい。でも、あれって私のせいだったんですかね」
「さあ? 私には答えられません……それではさようなら」
「あっ」
扉にはまたヤモリが張り付いていた。しかし様子がおかしい。私が目を丸くしてよく見ると――
「この子、尻尾が無い……」
その時、私の頭は真っ白になっていた。私は何も考えずに両手でお椀を作り、扉のヤモリの下に差し出していた。すると、ヤモリはその
「そーらのー、おおきーさがー♪ つーちのー、ぬーくもーりがー♪ もりのーしーずかー、みずのかがーやきー♪ そしてーくさのやーさしーさがー……♪」
なぜか私は、ヤモリを見つめたまま歌っていた。
「ありがとう、ごめんね。モヤモヤのヤモリさん、モヤモヤモリさん……」
私は自分が何を言っているのか理解していなかった。私が微笑むと、ヤモリも微笑むように瞬きをした。
次の日、週初めの朝。起床した私は、
「はい、なにより、あなたが笑顔だと、こちらも笑顔になれます」
私はその時の
「おーだんほどーはしりぬけー♪ サッカーボールにじゃれつきー♪ テーブルクロスにもぐりこーむ♪」
私は笑顔で歌いながら歩いていた。それは、いつも
それからというもの、私が近所の犬に吠えられることはなくなった。そして、未確認生物の噂も忘れ去られていったのであった。
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