第54話 シュナとデート

 夕日が沈み、街に灯りがつき始めた。


 この時間からいくつかの店が開き始め、昼間とはまた違った顔を見せ始める。どこからか楽器の音が流れ、乾杯の音が響き、次第に夜の空気へと染まってゆく。


 こんな時間に待ち合わせるのは初めてかもしれないな。


 雑踏の中でキョロキョロとしているシュナに、俺は「よ」と声をかけた。


「ひゃッ……! く、クード! 驚かせないでくれ」

 

「いや普通に声かけただけだろ」


「そ、そうだな。

 ふつつかものですが今日はよろしくお願いします」


「お、おう」


 なんだかわからないが頭を下げるシュナに、俺もつられてお辞儀をしてしまった。


 シュナとは昔から同じ師匠のもとで修行をしてきた。二人で出かけること自体は珍しいことじゃない。

 

 だが当時はシュナが未成年だったこともあり、なるべく早く家に帰すようにしていた。シュナからすれば夜遊びしているような感じで、緊張してるんだろうか。


「その指輪、いいな」

 

 変な沈黙になりそうなのを察した俺が雑談を振ると、「そうか? よかった!」とシュナの表情がふっと緩んだ。


「服装はどうだろうか? 夜にお出かけをするから、ちょっと大人っぽいものを選んでみたんだ」


「似合う似合う。もう少し待たせていたらナンパされるところだったな」 


「ふふん! そんなのについていくほどチョロい女ではないんだ」


「そうか?


 ——ようお嬢ちゃん。ちょっと俺たちに付き合えよ。

 あっちで子猫が木から降りられなくて困ってるんだぜ?」


「すぐに助けなくては! 案内してくれ!」


 別の意味でチョロい女じゃねーか。世の中悪い男もたくさんいるからなって小言を言ってやると、シュナは「今日はクードが悪い男から守ってくれるんだろう?」と上機嫌だった。やれやれ。


「それで、今日は何をするんだ? 劇場の前で待ち合わせなんて」


「そりゃ劇場なんだから、観劇に決まってるだろ」


 そう言って俺はシアターに掲げられた看板を指した。

 演目は“勇者ジェノブレイドの魔王討伐“。実話を元にした新作の冒険活劇らしい。


 そして実話を元にしているということは、当然、討伐パーティーに参加した俺とシュナも物語に登場することになる。


「めっちゃ気になるだろ?」


 俺がそういうと、シュナは興奮した顔で首を縦に振った。エンターテイメント向けにアレンジされているであろうとはいえ、自分がどんな風に描かれているのか楽しみで仕方がない様子だ。

 

 それから劇場入り口の黒服に声をかける。黒服は俺の顔を見ると、「お待ちしておりました。こちらへ」そう言って正面ホールへ向かう道とは別の通路へと案内した。


 背中に聞こえる人混みの声が次第に遠くなってゆく。シュナはキョロキョロとしながら、俺に耳打ちをした。


「いいのか、クード。こっちは関係者通路のようだぞ」


「関係者だからね。ちゃんと話も通ってる」


「ど、どういうことだ?」


 戸惑いながら横にぴったりついて歩くシュナ。廊下の突き当たりまで歩くと、ひときわ豪華な扉が俺たちを迎えた。


 ノブに手をかけ、扉を開く。

 そこは絢爛なステージを一望できる2階のテラス席だった。


支配人ともだちに頼んだら、ここのチケットを渡されたんだ。

 登場人物のモデルが一般席にいたら騒ぎになるだろうからってね」


 確かにここなら周囲の目を気にすることはない。アリアとかも普段はこういう場所で観てんだろうな。

 俺は肌触りのいいソファをポンポンと叩いた。


「いいのだろうか……こんな贅沢をしてしまって」


「ま、たまにはな。なんか飲む?」


 テーブルには趣味のいい酒とグラス、軽食が並んでいる。一応、支配人に頼んでジュースも用意してもらっておいた。

 しかしシュナは「せっかくだから」とシャンパンを選んだ。二人でグラスを突き合わせると、チン、と涼しい音がした。




 ——二時間の観劇を観た帰り道。シュナはずっと上機嫌だった。

 

「いやあ、痛快な物語だった! 魔王軍四天王との戦いは手に汗を握ったぞ。あの冒険がよみがえってくるようだ」


 嬉々として語るシュナに俺もうんうんと頷いた。当事者なんで話の顛末は誰よりも知っているはずなのに、それでも演出や役者の迫力に圧倒されっぱなしだった。


「それにしてもクードはずいぶんカッコよく演じられていたものだな。

 四天王戦の時のセリフ……私は忘れていないぞ?」


 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込むシュナに、俺はちょっと唇を噛んだ。劇中では「覚悟はいいか、行くぞ!」と言われていたシーンだが、実際は『逃げた方がいいと思う人ー! って俺だけかい!!』である。


 リーシャとシュナに冷めた目で見られた挙句、勇者に首根っこを掴んで連れて行かれた苦い記憶だ。あんまり世間様には知られたくない。


「シュナ……そんな俺のことイジってるけど、シュナこそ見過ごせないポイントがあったぞ。ほら、あの宿屋で寝るシーン」


 俺の言葉に、シュナは笑顔のまま固まった。上映中でも同じ反応をしていたが、やはり気になったポイントらしい。


「あ、あれどういうことなんだ。なぜ私がぬいぐるみを抱いて寝ていることが再現されているんだ……!?」


「誰がしゃべったんだろうな」


「お前かッ!?」


 シュナに拳をひらりと避けながら笑う。シュナの話は劇団の関係者の友達にちょっとしゃべったら、親しみが湧くからってことで即採用になった。ちなみにあの演出によって、シュナ役には子供のファンが増えたのだそうだ。


「ちなみに上映してから、あのぬいぐるみめっちゃ売れてるらしいぞ」


「それならよかった……よかったのか?」


 シュナはちょっと複雑そうに言いながらも「で……今はどこに向かっているんだ?」と話を変えた。


 シュナにとっては見覚えのある道だろう。アカデミーからの帰り道、よく迎えに行っていた俺と二人で歩いた道だ。


「いい時間だ。晩飯にしよう」と答えると「レストランにいくのか? 支払いは私がするからな」と可愛らしいお財布を突き出した。


 それから大通りの角を曲がって、路地裏に入る。


 ぼんやりと店先のランプが見えた時、シュナの足が止まった。


「この洋食屋は……」


「あ、知ってるんだ」


 そういえば昔、二人で飯を食いに来たことがあったか。でも一度だけだしよく覚えてたな。

 

 そんなことを考えていると、シュナは「旅に出る直前の日だった」と懐かしい目をして店を眺めた。


「魔王討伐パーティーに参戦することを決めた日の帰り道だ。迎えに来たクードが『寄り道をしよう』と言ってこの店に連れてきてくれた。


 本当は怖かったんだ。魔王討伐に参戦することは。でもそんな気持ちは、学長先生にも……エリィにも見せることができなかった」


「それが普通だ。相手は魔王軍だぞ。

 誰だって怖いだろ」


「あの時と同じことを言うのだな」


 あの時も、クードはそうやって言ってくれた……シュナがそう呟いて続ける。


「勇者一行に参加することを決めながら、私は心の中に弱さがあることが不安だった。でもクードはそんな私の未熟さを肯定してくれた。それで勇気が湧いた気がしたんだ。


 クードはいつだって私の欲しい言葉をくれる。

 昔からずっとそうだった」


「……そっか。ま、とりあえず中に」


 歩き出そうとすると、俺の服の裾をシュナの手が摘んだ。

 赤い宝石の指輪が、ランプの光を浴びて光っている。



 

「クード。今も……私の欲しい言葉がわかる?」

 



 少し上気した頬。潤んだ瞳が上目遣いで俺を見ている。


 ——。夜の街の空気にあてられちゃってるな。酒も入ってるし。

 俺はシュナの頭に手を置くと「シュナも大人になったねえ」としみじみ言った。


「なんていうか絶妙な彼女感だったぞ、今の。

 俺をドキっとさせるなんて大したヤツだぜ」


「……大人になった、か。

 そう言われているうちは、クードにとってまだまだ私は子供だということだな」


 そう言うとシュナは一つ小さなため息をついた。

 しかし次の瞬間にはいつもの表情に変わって、俺の手をぎゅっと握って引いた。


「しかしいつまでも子供ではないんだからな!

 ほら飲むぞクード!」


「お酒イコール大人と思ってるうちはお子様だからな」


 そんなやりとりをしながら店のドアを引く。


 からんからん。と、乾いたベルの音が夜の路地裏に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

顔ノナイ魔王 ここプロ @kokopuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ