断頭台に眠る魔女 おまけss
第52話 何を着ていけばいいかな
世間を騒がせた魔術師選挙が終わってしばらく経ったある日のこと。
シュナちゃんからのお誘いで、わたしはカフェに来ていた。
「久しぶりだな、リーシャ。急に呼び出してすまない」
「んーん、全然。
むしろシュナちゃんに時間ができたらお祝いしなくちゃって思ってたところだよ! 当選おめでとう、シュナちゃん」
わたしの拍手に、シュナちゃんは「ありがとう」と穏やかに微笑み、コーヒーを口に運んだ。
あれ、なんか落ち着いた反応……。成長というか時の流れを感じてしまった。勇者パーティーの末っ子みたいな存在だったのに。お姉さんとしては嬉しいような寂しいような。
「——そういえばシュナちゃんがコーヒー飲んでるのって珍しいよね。紅茶のイメージがあったけど」
「ああ、最近飲み始めたんだ。クードがいつも飲んでいるから、私も同じものを飲んでみようと思って」
……。
あれ? カレ色に染まりがちな女子のセリフが聞こえたような?
か、考えすぎかな。もしかして今日の相談ってそういう系?
シュナちゃんが珍しく「会って相談したいことがあるんだ」なんていうからなんだろうって思ってた。一緒に旅をしていた時、シュナちゃんは悩みをクードに相談してることが多かったのに。
もしかして男性絡みの相談だからわたしを呼び出したってこと?
そ、そんなはずないよね。勇者パーティーのお姉さんたるわたしに浮いた話の一つもないのに、末っ子のシュナちゃんが先を越すなんてことはないよね。お姉さん信じてるからね?
それで、相談って? そう私が切り出すと、シュナちゃんは口をもごもごさせながら視線を泳がせた。
「デートにはどんな服を着ていけばいいのだろうか。そういうの……初めてだからよくわからなくて」
——。
思わず天井を仰ぐ自分がいたのに気づいたよ。
わたしが研究室に閉じこもってメカをいじっている間に、時間は経ってしまっていたんだね。
いいんだ……お姉さんとしては末っ子の成長を喜ばなきゃだよ。わたしは「彼氏ができたんだね! おめでとうっ!!」と大袈裟な笑顔でシュナちゃんの両手を握った。
「か、彼氏だなんて。そういうのじゃないんだ」
「いーのいーの、隠さなくったって。この指輪だって彼氏にもらったんでしょ?」
——気にしないようにしてたけど、実はさっきから気になってしょうがなかった部分にふれてみる。
実はシュナちゃんの指には赤い宝石の指輪が光っていた。シュナちゃんも年頃の女の子なみのオシャレはするけれど、指輪をしているのは見たことがない。
しかも、よく見たら指輪をつけてるのは左手の薬指じゃないの。
もしかしてこれ「彼氏じゃなくって
……なんだか目頭が熱くなってきちゃった。わたしは再び天井を仰いだ。
「ち、違うんだリーシャ。話を……」
「いいの、お姉さんに気を遣わなくて(?)。
けどね。年齢=彼氏なしで、ここ1ヶ月作業着しか着てないわたしにデート服の相談は荷が重いってものだよ。
そうだね……姫様に相談するのがいいんじゃないかな?」
こういうのは適材適所! わたしの言葉に、「姫様か……なるほど」とシュナちゃんは頷いた。
「確かに、姫様ほどオシャレな人はいないものな」
「そうでしょそうでしょ」
「では姫様に相談してみることにしよう。
クードとのデートに何を着ていけば良いでしょうかと」
「ちょっと待った」
反射的にシュナちゃんの目の前に手のひらを広げてしまった。
え? ん? 彼氏ってクード? いつの間に?
——よくよく聞けば、別にクードと付き合うとかそういう関係になったわけではないみたい。でも成り行きでデートをすることになったから、デートなりの準備をしなきゃっていうのがシュナちゃんの言い方だった。
まあそれは良しだよ。チャラ男のクードなら息をするようにデートって言葉も使うだろうし、深い意味じゃないってことはわかるよ。
でもそれを姫様に相談ってまずくない?
それとなーくシュナちゃんに言ってみるけど、「何がまずいんだ?」ときょとんとした顔。クードと姫様のあのビミョーな関係がシュナちゃんにはよくわかってないみたい。鈍感なわたしにもわかるのに。やっぱ末っ子だ、よかった。
じゃなくて。
「そ、その指輪は?」
「ああ、これか。クードからもらった石を指輪にしてもらったんだ。いつも身につけておくには大きかったから。
なかなか素敵だろう?」
そう言って輝く左薬指を見せるシュナちゃん。すっごい幸せそうな顔で。
これはまずい。これはまずいよ。きっとシュナちゃんは姫様にもおんなじ感じでしゃべっちゃうよ。
これじゃ単なる
「リーシャ? どうしたんだ?」
「ごめんねシュナちゃん、ちょっと考えさせてね」
シュナちゃんが姫様にしゃべる
→「この浮気者!(?)」ってことでクードは死ぬ
シュナちゃんが姫様にしゃべらない
→指輪のことがバレ次第、「隠してたんだ」ってことで結局クードは死ぬ
「うーーーーーーーん」
「な、何をそんなに悩んでいるのだリーシャ」
「……! あっ!!」
わたしはひねった首を勢いよく戻して、シュナちゃんの前に指を立てた。
「まっかせてよ! いいのがあるんだ!」
い、いいのがある? そう言ったシュナちゃんの声からちょっと引き気味のトーンが混じっていたのは気にしないことにして、わたしは「要するにデートの服が決まればいいんでしょ?」と話を進めた。
「こんな時のために作っておいたんだった。名付けて“服飾合成マシン”!
お似合いの服を勝手にコーディネートしてくれる発明品だよ」
「お、お似合いの服を勝手に? しかしリーシャはいつも作業着……」
「細かいことは気にしないよシュナちゃん。クードが死んでもいいの?」
「なぜクードが死ぬのだ!?」
シュナちゃんからの疑問はさておき、わたしは発明品の詳細を熱く語った。要するにシュナちゃんの口から姫様にデートの話が伝わらないのは絶対条件。ここは凌いで、それとなくわたしから「深い意味はないやつですよ」ってことを姫様のお耳に入れたらいい。
これならクードの命は助かるし、わたしは発明品の実験ができて一石二鳥! ウィンウィンってやつだよね!
わたしの熱量に押された、というか聞かないと話が進まないと思ったのかもしれない。シュナちゃんは「それで、そのマシンというのは」と尋ねた。
「今はね。データ収集と試用も兼ねて服屋さんに置かせてもらっているんだよ。
かなり昔に置かせてもらったからデータは十分集まったはず。シュナちゃんの相談で思い出せてよかった。
どうなったかな、どうなったかな? せっかくだから今から見に行こうよシュナちゃん!」
「あ、ああ」
二人分の支払いを済ませて足早にカフェを後にする。
さあ、わたしのマシンは活躍してくれているかな。魔王討伐パーティーとして出発する前に設置を依頼したから、もう2年近くになる。
店の場所まで行くと、そこにはデカデカと
“男の店”
と書かれた看板が掲げられていた。
——。
あれ? 2年前は確かに小さい服屋だったはず……。
シュナちゃんと入店してみると、道具やツナギが所狭しと陳列されていて、ずいぶん雰囲気が変わっている……というか別の店になっていた。店内にいるのも男性ばかり。
そんな様子を見回していると見覚えのある店主がわたしの顔を見て駆け寄ってきた。
「リーシャさんじゃありませんか! お久しぶりです。おかげさまで繁盛しております!」
そう挨拶したのは、確かにわたしがマシンを預けた服屋の店主さんだった。
「いやぁ、リーシャさんのマシンは大活躍ですよ。いえね、お客さんがやってくると、その人の体格や仕事に一番合った作業着を見繕ってくれるのです。
最初はお客さんが減ったんですが、だんだんと口コミでいろんな職人がやってくるようになりましてね。
今では道具を扱う服屋として売り上げが伸びているところでして」
どうやら製作者のわたしが作業着ばっかり着ているものだから、「自分のミッションはベストな作業着をご提案すること」と学習してしまったみたい。
結局、シュナちゃんの服は店主が同業の店にかけ合って取り寄せてもらうことになった。
わたしのマシンは今も、お客様に最適な作業着のご提案をし続けている。
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